(仮)婚約中!!

佐野三葉

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それぞれの1日 その3 ~匠side~

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「おおーい、相原、社食行こうぜ。」

同僚の坂野が声をかけてきた。
4人でぞろぞろと社員食堂へ向かった。
今の部署は、割と仲が良く昼食をよく一緒に食べる。

匠の会社の社員食堂は充実しているので、利用する人も多い。

ー今日は、何を食べようか。気分は味噌ラーメンだけど、話しながら食べるのには向いていないな。日替わり定食は、生姜焼きか。これにしよう。

坂野は、面倒見がいいタイプで、先にスーツを席に置いて場所取りをしてくれている。

「いつも悪いな。次回は僕がするよ。」
匠は坂野に声をかける。

「いいのいいの。じっとするのが性に合わないから、むしろ動いている方が気が楽だから。」
坂野は、気にするなと言う感じで答えた。
坂野は、今日はカツカレーとサラダを選んだ。

それぞれ席に座り食べ始める。

「相原、しょうゆ取って。」
細井さんが、匠に頼んだ。

「はい。」

「ありがと。」

匠も自分の分を食べ始めた。
ー今日の生姜焼きは、当たりだな。肉の火の入りがいい感じで、肉が柔らかい。すりおろした生姜のパンチが効いていて、ご飯が進む。お米も、水加減がよく、お米の噛み応えが心地いい。


全員、黙々と食べる。急に仕事が入ってくることもあるので、話すより先に食べるのが習慣になっている。8割がた食べ終わったところで、坂野が話を振ってきた。

「そういえば、昨日は大事な日だったんだろう?どうだった?」

「そうですね。彼女のお兄さんたちまで来てくれてお祝いをしてくれました。」

「へえ。じゃあ、相沢さん、結婚するんですね。おめでとうございます。」


「おめでとう。」「おめっとさん。」

口々にお祝いの言葉を言ってくれた。

「じゃあ、今2月だから、結婚式は10月くらいか?」
細井さんが聞いてきた。


ー普通だったら、その流れですよね。でも僕の場合は違うんで・・・。

匠は用意しておいた言葉を話した。
「いえ、まず先に彼女の花嫁修業を1年間するそうです。結婚の準備はその後になりました。」

「へえ。今時、そんなことしてくれる家があるのか。」
坂野が目を丸くして言った。

「やっぱり珍しいでしょうか。」
匠は、説明に無理があったかと内心焦る。

「僕の周りでは聞いたことないですねえ。」
後輩の須藤が箸を止めて言う。

「聞かないなあ。」
細井さんは、アジフライを食べつつ同意する。

「でも、いいじゃないですか。なんか自分の為に頑張ってくれるのって嬉しいですよね。」
須藤が前向きなコメントを言う。

ー須藤、そのコメント助かるよ。
匠は心の中で須藤に感謝した。

「ああ。なんかいいよな。」

「うちも付き合って4年だから、そういう初々しいところ見たら、ぐっとくるだろうなあ。」

細井さんも坂野も好意的な見方で、匠はほっとした。

「そうですよね。僕も始めは花嫁修業と聞いて驚いたんですけど、お互いにいい準備の時間になるなと思いましたよ。」
このメンバーに嘘だけを言うのはしっくりこない。匠は、自分も努力することをそれとなく伝えた。


「1年の準備があるとすると・・・。そっかあじゃあ。結婚当初に嫁の手料理が下手で、食べ切るのに困ったっていう苦行は、相原は味わなくていいんだな。」
坂野が、結婚あるあるを出してきた。坂野は、年上の先輩ともよく話すタイプなので、そういう雑学(?)に詳しい。

「先輩。なんすか、それ。」

「幸せ一色の新婚生活と思いきや、結婚して3か月くらいは、料理のようなそうでないような物が食卓に出るんだってよ。」

「だって、結婚決めるまでに、彼女の手料理食べるでしょう。結婚前に気がつくでしょう。普通。」
須藤が納得いかないっという表情で聞く。

「いや、レパートリーが少ないのをごまかしてるらしい。弁当は実は嫁のお母さんが、4~5割、作ってたってのがよくある話だ。実家暮らし彼女のあるあるの1つだと先輩から聞いたことがあるぞ。」

「うわあ。俺の彼女そうじゃないといいんだけど・・・。」
須藤が不安そうに言う。須藤の彼女もそう言えば、実家暮らしだった。

「とんかつが、恐ろしくしょっぱい事件てのがあってな。どのくらい塩こしょうしたら、下味がつくか分からないから、なんかもう塩食ってるんじゃないかというくらい振りかけたとんかつを、先輩が新婚時代に食ったって言ってたぞ。」
心配そうにする須藤に、坂野が楽しそうに話す。

「うわあ。」


「目玉焼きをフライパンからうまく取れないっていうのも聞いたことがあるな。10回に8回は、いつもお皿に、黄身が流れ出た目玉焼きが出てきたらしい。」
細井さんも聞いた情報を披露する。

「ああ、あれはこつがいりますよね。フライ返し使いなれていないと、ぐちゃっとなりますよね。」
テフロン加工でないフライパンだと、目玉焼きをうまく皿に移すのには、意外と難しい。匠にも経験があるので、そうコメントした。

「そんなの。軽い軽い。料理をほぼしたことがないのに、本を見ずに作る奥さんだった場合には、見た目は美味しそうにできても、味はどこか分からない国の味がするらしいぞ。」

「それはさすがにキツイな。」
細井さんが、想像したらしく苦笑いになる。

「食べきれそうにないですね。」
ー我慢すれば。いや、難しい・・・な。

「こっそり確認する方法はないでしょうか。」
話を聞いている内に、須藤の心配が増したらしく、相談してくる。

「そうだなあ。」

「どうですかねえ・・・。」
ーそもそも隠しているとしたら、こっそりは難しいんじゃないかな。

「こっそりは無理だろう。真正面から行った方がいい。一緒に手の込んだ料理の料理教室に行けば、手っ取り早いんじゃないか?ごまかしようがないだろう?」
坂野が具体的なアドバイスを言った。


「そ、そうですね。考えてみます・・・。」
須藤は料理は、まあまあできると言っていたから、一緒に料理教室に参加すれば、彼女の腕も何となく分かるだろう。


ー楓ちゃんは、料理上手だと思う。お弁当を食べたこともあるし、昨日も新さんと奈央子さんから料理のリクエストが出ていたくらいだから。今、言うのはやめておこう。料理が苦手な彼女を持つ人の反感を買うだろうから。

匠は同僚たちが盛り上がる中、そんなことを考えた。

「それに今できないとしても料理が下手って決まったわけじゃない。さっきのとんかつの話は、相馬(そうま)課長のとこの話しだ。」
坂野が視線で、相馬課長のいる場所を示す。

「え!」「本当ですか」「まじか!」

相馬課長のいるテーブルに4人の視線が集まる。
ランチジャーに入ったお弁当を今日も美味しそうに食べている。
相馬課長が昼食を抜いて仕事をすることを知った奥さんが、昼食を持たせることにしたらしい。
もう10年以上続いていると前に部の先輩が言っていた。

お弁当を持ってくる社員は他にもいるが、相馬課長のお弁当が有名なのにはわけがある。
何でも、後輩が許可なく、おかずを食べたらしい。その時は、相馬課長は笑顔だったのだけど、その後の1週間、仕事の山が、おかずを食べた後輩を襲ったらしい。

「美味かった。代償は大きかった。」
その後輩(匠たちからすれば先輩)の言葉は、今も社内で語り継がれている。



「ああ。だいぶ前に隣で昼飯を食べた時に、のろけを交えて教えてくれたんだ。」
坂野がのろけを思い出したらしく、ちょっと疲れた表情になった。

「どうなったら、塩まみれとんかつの悲惨な状況をのろけられるんですか・・・?」
須藤が聞いた。

ーその話は、僕も興味がある。


「あー。聞くか。すごいぞ・・・。奥さんとは高校からの知り合いらしくて、どうやら奥さんは何でもできるやり手らしいんだ。そんな奥さんが、一生懸命作ったところで胸がいっぱいになって、とんかつを失敗して涙目になったのを見て、可愛くて心臓がどきどきして、相馬課長が美味しいって言ってとんかつを全部食べたのを見て、再び泣いたのを見て、奥さんを護りたいと思い、奥さんが料理の勉強を始めたのを見て惚れ直し、料理が上達する姿に感動した。思い出を振り返ったら、ますますお弁当が美味しく感じられる。これを聞かされたよ。」
坂野は思い出しつつ話、最後の方は遠い目になった。

「す、すごいのろけですね。」

「よく耐えたな。」
細井さんが坂野を労った。

「本当に・・・。」
相馬課長の世代でそこまでのろける人は珍しい。

「ああ。隣で聞いてて、こっちが恥ずかしくなったよ。」
坂野は、水をぐびりと飲んだ。

「まあだから、須藤の彼女にも大丈夫な可能性は十分あるってことだよ。」

「いや。まだ、料理できないって決まったわけじゃないですから。坂野さんと細井さんの彼女はどうなんですか?」

「うちは彼女は一人暮らしだし、4年も付き合ってれば、隠さなくなるよ。最初よりは、上達したと思うぞ。まあ、食える。」

「俺は、まだ結婚を考えているわけじゃないからな。料理の腕をそこまで求めてない。須藤は、考えているのか?結婚。」

細井さんが核心を突いた質問を須藤にした。

「・・・。あ、まあ。そうですね。大学からの付き合いなので、そろそろかなと思ってるんです。」
須藤は、確か今年入社4年目。大学受験で浪人したとは聞いたことがないから、今年26歳だ。5~6年の付き合いと言えば、この中で誰より交際期間が長い。

「じゃあ、もし須藤の彼女が料理が下手だった時は、相馬課長を手本にして、乗り越えろ。」

「応援してるぞー。」
細井さんが軽ーいエールを口にする。

「そ、そうですね。僕も色々覚悟しなきゃですよね。」

「きっとうまく行くよ。須藤がそれだけ真剣に考えているんだから。彼女さんにも伝わるはずだよ。」
匠は、須藤の結婚に向き合う姿に、共感を覚えた。何より26歳という若さで、結婚を決意したところは、感心するばかりだ。

「相原さん!ありがとうございます。俺、頑張ります!」
須藤は嬉しそうに匠に答えた。




「何かいいところ持ってかれたな。」

「まあ、俺らさんざん須藤をからかって遊んだからな。」

細井と坂野が、小さい声で会話した。




「それにしても、相原さんの彼女さん、親御さんの方から花嫁修業って言葉が出る辺り、かなりの箱入り娘ですね。」
なぜかまた須藤が匠の方に話を振ってきた。切り抜けたと思ったのに、思わぬ伏兵だ。

「名前、なんていうんだっけ」
坂野がにやにやしながら聞いてくる。

「減るんで、教えません。」
匠は、すっぱりと拒否をした。

周作から、信頼できる人以外には、瀬戸家の話をしないで欲しいと頼まれている。
家の敷地が広いと何かとあるそうなのだ。
このメンバーは、信頼できるとは思うが結婚するまでは内緒にしようと思っている。

「出たよ。相原の彼女ガードが。本当に、相原は彼女溺愛だよな。」

「そうだよな。普段クールな相原が彼女の名前の時だけこうやってガードが堅いし、のろけるんだもんなあ。」

「まあ、そんなところが相原のいいところじゃんか。」

「こうまで隠されると、結婚式で相原の彼女、いや奥さんか。会うのが楽しみになってくるよな。」

「だな。」

今度は、匠で坂野と細井さんが遊び始める。
匠は、言い返すことはせずに、ただ笑ってみせた。

「でもこうやって彼女のこと話せるのはいいですよ。何だかんだ言って、お互いの彼女の愚痴で、俺ら仲良くなりましたもんね。」
須藤が楽しそうに言った。

ーいや。僕はまだそれほど愚痴ったことはない。主に聞き役だと思うんだけど。

匠は心の中で、つっこみを入れつつ、味噌汁を飲んだ。
 

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相馬課長の名前は、相馬渉(そうま わたる)です。(^v^)

「それぞれの1日」が、長くなりましたが、もう少しだけお付き合いください。
あと1話で終わります。

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