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黒づくめの男が三人、かと思いきや、よく見れば暗灰色のシャツと黒いズボンで黒づくめに見えただけのようだ。ぱっと見には、目立たない平服、といった様子。
……?この平服の男、どこかで。
「お姿を見失い、遅参仕りまして面目次第もございません」
一人が深々と頭を下げたまま丁重に言った。あとの二人も一層深く頭を垂れる。
やっぱり。
今、「見失い」って言った。
走っているとき振り返ったら、こんな感じの平服の男たちがいたような気がする。
まさかその男たちとは思わなかったが、ひとりきりになるためにわざといきなり走る速度を上げたり道を逸れたりしたからそのうち誰にも会わなくなったのだけれど、たぶんこの者たちは。
「顔を上げて下さい」
私の求めに、彼らは揃ってゆっくりと顔を上げた。
深い青の瞳、茶色の髪。あとの二人、……全員、同じ髪の色、瞳。
背格好も顔も似通っている。
「我らは‘影’。グラディウス一族の身辺をお守りし、版図の安寧のため目となり耳となることが務め」
「……なるほどね」
私は深く頷いた。
「オルギールからそういう存在は聞きました」
「あのお方は我らの直接の主」
低い、淡々と紡がれる言葉。
無表情、無感動に話すのは、主に似るのだろうか。
けれど、抑えきれない強い感情、おそらくは畏敬の念が垣間見える。
「主のお仕えする方に、我らも身命を賭するものと教えられております」
「オルギールがそう言ったの?」
「代々、そのように教え込まれ、育ちました」
なるほど、わかってきた。
オルギールの、つまり、侯爵家の立ち位置。
陰惨な過去があっても、完全に排除することができなかった意味。
彼らの主がグラディウスに反逆すれば、‘影’たちも制御不能となりうる。
上手く機能していれば問題はないのだろうけれど……このような中央集権的な組織において、‘影’が三公爵以外の人物の支配下にあるというのは……
あまり望ましくない。
オルギールのことはいい。信頼、という単純な言葉では言い表せないほどに信頼しているから、彼が当主であるうちはいいだろうけれど。
今回、オルギールは侯爵位を復権させた。
つまり、‘影’を率いる者が、実質的な身分と権力を取り戻した、ということだ。
三公爵の統治下における、巨大な「もうひとつの勢力」だ。
妻を共有することさえ許すほどの侯爵位。
──いいこと思いついた。
さっきから思っていた。衛兵とか、兵士の訓練、質の向上。
この‘影’にしたって、私に簡単にまかれてしまうようでは心許ないと思うのだ。たとえ、私が尾行も隠密活動も得意、そういう訓練を受けているプロであるにせよ。
私が訓練を施し、鍛えつつ、一族の「情報」を司る組織を再編できないか。
‘影’をゆるやかに公爵家の制御下に置くよう仕向けられないか。
うん。ちょっとこのあたりしっかり考えてレオン様にご提案を……
「姫君、それはそうとお怪我を」
彼らを眺めながら考え事をしていたら、足元から控えめな声がかけられた。
「……そういえば」
ずっと、跪かせっぱなしだった。
それに、確かに。
「皆、立って、楽にして。……でまあ、確かにちょっと痛いかな」
「失礼、姫君」
おもに私と応答していた男が一礼して近寄り、私の腕をそっととり、傷の具合を確かめるとわずかに眉を顰め、懐から小さな蓋物を取り出した。
「それは?」
「あのお方が皆に持たせておられます。……薬です」
「薬はけっこう」
私は軽く腕を振り払った。
そして、困惑した表情で私を見る男を、あえて冷たく見返す。
「話はわかる。あなた方の身元、身分はおそらく間違いないのでしょう。けれど、今初めて顔を合わせ、身元を明かしたものに薬を塗らせるほど私はお人よしではない」
「……」
「あなた方は私の護衛?私を見失うなど尾行術にも問題がありそうね」
「申し訳ございません」
はっとしたように、彼らはまた頭を下げる。
「今、ここではあなた方で全員なの?敵の総数は確認した?絶命したものは?負傷したものの確保は?自害されてはいない?逃げられたものはいない?森を抜けたところまで確認に誰か行かせている?城へ、またはあなた方の主に加勢は頼んである?」
「森を抜けた湖への確認は、人をやっております。あと、城への使いも」
取り出した薬をしまい込みながら、男は言った。
「すぐにでもお味方が参上致しましょう。が、姫君、負傷した者どもの確保よりも、我らは姫君のご無事を確認致したく」
「私の無事の確認など一名、いいところ二名いればいい。三名も雁首揃える必要はないでしょう」
「ははっ……」
「仰せのとおりにて」
男たちは言葉を失い、またも額づかんばかりに頭を下げ続ける。
我ながらきつい物言いだとは思うけれど、間違ってはいないはずだ。
さらに容赦のないことを言ってしまえば、あと数名は私でも斃せた。彼らには助けてもらった、と恩義に感じることはない。じんじん傷が痛むけれど、そのせいで革靴から立ち上るシュルグの臭気にやられることはもうないのだから。
それに、自分でつけた傷。浅手だし、放置して心配するほどのものではない。
私はオルギールや、公爵方だけにおとなしく守られている「姫君」ではない。
戦争にも行ったし、今も頑張って戦ったし、この者達にもわかってはいるだろうけれど、あえて傲慢な物言いをするのは今後に関わるダメ押しだ。
誰が命令し、誰がそれに従う立場なのか。
最初は肝心、なのだ。
「ここは一人ついていてくれればよいから、早く!生存者の確保、自害の防止。遅すぎなければいいけれど」
「ははっ!」
「承知仕りました!」
一人だけ残って、あとは再び森へと入って行った。
湖側へも行ったとかいう味方たちと合流することだろう。
******
それからほどなくして、土煙を上げて「味方」が大量に駆けつけたのだけれど、なんと三公爵とオルギール、それぞれの衛兵達、という物々しさ。
煌びやかな式典の礼服のまま馬を駆る姿は、あまりの麗しさ、綺羅綺羅しさに目が潰れそうだ。
眼福……!昇天しそう……!
うっとりとその様に見惚れていた、もとい、見惚れたかったのだけれど、彼らが至近距離にやってきてその表情が視界に飛び込んでくると、私は慄然とした。
全員、蒼白だ。
どうしよう。物凄く心配させた?それに、怒られる?
「……何よ、あなた、いったいだれに報告したのよ!?」
四人全員来るなんて!、と思わず隣の‘影’を詰る。
憎たらしいことに、男は返事をせずに黙って深々と頭を下げた。
ザッ!と勢いよく下馬の音がした。
ほとんど同時に、四人全員飛び降りたようだ。
いきなり背が軽くなったためか、彼らの馬が皆いなないたり、蹄を鳴らしたりしている。
レオン様もオルギールもシグルド様もユリアスも。
見たことがないほど強張った顔つきで、青ざめている。
来てくれて嬉しいし、お礼とか心配させたお詫びを言うべきなのだろうけれど、怖くて頭が働かない。
ある意味、ひとりで複数の敵に遭遇したときより怖いくらいだ。
だって。この四人には色々な意味で絶対に敵わないとわかっているから。
「あの、ええと、ご心配をおかけし、……っつ!」
最後まで言い終える前に、一番早く駆け寄ったレオン様が、無言で私を抱きしめ---ようとして、私の思わず漏らしてしまった声と左腕の傷に同時に気づき、
「怪我をしたのか、リーヴァ」
悲痛な面持ちで、呻くように言った。
そして、心なしか震える手で、私の乱れてしまった髪を(そういえば、頭だけは宝石をつけて結い上げたままだった)そうっと撫で付ける。
「失礼。……リヴェア様」
傍らから、オルギールの厳しい声がした。
いつものようでいていつもどおりではない、氷の礫のような声。
怒っているのか心配しているのかそのすべてなのか。
腕をとられ、傷をあらためられながら、私は「大丈夫」と上ずった声で口走った。
──もちろん、無視されたけれど。
レオン様はずっと私の髪を撫で、柔らかく、けれど、指にはしっかりと力を込めて私の腰を抱いている。
恐る恐るあとの二人に目を向けると、秀麗な面をくもらせ、眉を寄せ、こちらの方が胸が痛くなるほど沈痛な表情(かお)を見せている。
合図をされたのだろう。酒か消毒薬か?小瓶と布らしきものを捧げ持った兵士が進み出てオルギールに差し出した。
無言で受け取った彼が、沁みますよ、と一声かけて、流れるような所作で傷を洗い、あて布をし、包帯を巻きつけてくれる。
実際、ぴりぴりと沁みて飛び上がりそうに痛かったし、緊張が解けてきたせいか、今まで感じなかった痛みも感じ始めたのだけれど、私は唇を噛んでそれらを押し殺した。
誰も、何も言わない。
この空気、怖すぎる。
私、かすり傷だったし、そもそも自分でつけた傷だし、軍人なんだし、傷の一つや二つ。
と、とても言えない雰囲気である。
「帰るぞ」
レオン様は短く言い捨てると踵を返して馬に跨り、私を抱き上げて前に乗せた。
横座りで自分に凭れさせてから、傷のある左腕に触れないように細心の注意を払ってそっと私を腕で囲み、手綱をとる。
「シグルド、ユリアス。お前達も一緒に」
「……ああ」
「わかった」
抱き込んだ私の耳の後ろに鼻先を埋めながら、レオン様は振り向きもせず言った。
短く応じて、すぐに騎乗する二人の気配がわかる。
「オルギール。……いや、侯爵」
「は」
「後を頼むぞ」
「お任せを」
「当座の処置を終えたらお前も来い。……俺の城へ。……寝所へ」
え?
皆様の無言の圧は猛烈に怖かったのだけれど、とりあえずレオン様の腕の中でちょっとだけ一息ついていた私は思わずびくりとした。
最後の一言。寝所、って。どうして。……
報告なら執務室で聞けばいい。百歩譲って、居室でいいのに。
問い質す勇気はなく、けれど無視できない何かを感じて恐る恐るレオン様を見上げると。
濃い金色の瞳を底光りさせて私を見下ろすレオン様と目があった。
「覚悟しろ、リーヴァ」
掠れた、艶めいたテノールで、レオン様はたしかにそう言った。
……?この平服の男、どこかで。
「お姿を見失い、遅参仕りまして面目次第もございません」
一人が深々と頭を下げたまま丁重に言った。あとの二人も一層深く頭を垂れる。
やっぱり。
今、「見失い」って言った。
走っているとき振り返ったら、こんな感じの平服の男たちがいたような気がする。
まさかその男たちとは思わなかったが、ひとりきりになるためにわざといきなり走る速度を上げたり道を逸れたりしたからそのうち誰にも会わなくなったのだけれど、たぶんこの者たちは。
「顔を上げて下さい」
私の求めに、彼らは揃ってゆっくりと顔を上げた。
深い青の瞳、茶色の髪。あとの二人、……全員、同じ髪の色、瞳。
背格好も顔も似通っている。
「我らは‘影’。グラディウス一族の身辺をお守りし、版図の安寧のため目となり耳となることが務め」
「……なるほどね」
私は深く頷いた。
「オルギールからそういう存在は聞きました」
「あのお方は我らの直接の主」
低い、淡々と紡がれる言葉。
無表情、無感動に話すのは、主に似るのだろうか。
けれど、抑えきれない強い感情、おそらくは畏敬の念が垣間見える。
「主のお仕えする方に、我らも身命を賭するものと教えられております」
「オルギールがそう言ったの?」
「代々、そのように教え込まれ、育ちました」
なるほど、わかってきた。
オルギールの、つまり、侯爵家の立ち位置。
陰惨な過去があっても、完全に排除することができなかった意味。
彼らの主がグラディウスに反逆すれば、‘影’たちも制御不能となりうる。
上手く機能していれば問題はないのだろうけれど……このような中央集権的な組織において、‘影’が三公爵以外の人物の支配下にあるというのは……
あまり望ましくない。
オルギールのことはいい。信頼、という単純な言葉では言い表せないほどに信頼しているから、彼が当主であるうちはいいだろうけれど。
今回、オルギールは侯爵位を復権させた。
つまり、‘影’を率いる者が、実質的な身分と権力を取り戻した、ということだ。
三公爵の統治下における、巨大な「もうひとつの勢力」だ。
妻を共有することさえ許すほどの侯爵位。
──いいこと思いついた。
さっきから思っていた。衛兵とか、兵士の訓練、質の向上。
この‘影’にしたって、私に簡単にまかれてしまうようでは心許ないと思うのだ。たとえ、私が尾行も隠密活動も得意、そういう訓練を受けているプロであるにせよ。
私が訓練を施し、鍛えつつ、一族の「情報」を司る組織を再編できないか。
‘影’をゆるやかに公爵家の制御下に置くよう仕向けられないか。
うん。ちょっとこのあたりしっかり考えてレオン様にご提案を……
「姫君、それはそうとお怪我を」
彼らを眺めながら考え事をしていたら、足元から控えめな声がかけられた。
「……そういえば」
ずっと、跪かせっぱなしだった。
それに、確かに。
「皆、立って、楽にして。……でまあ、確かにちょっと痛いかな」
「失礼、姫君」
おもに私と応答していた男が一礼して近寄り、私の腕をそっととり、傷の具合を確かめるとわずかに眉を顰め、懐から小さな蓋物を取り出した。
「それは?」
「あのお方が皆に持たせておられます。……薬です」
「薬はけっこう」
私は軽く腕を振り払った。
そして、困惑した表情で私を見る男を、あえて冷たく見返す。
「話はわかる。あなた方の身元、身分はおそらく間違いないのでしょう。けれど、今初めて顔を合わせ、身元を明かしたものに薬を塗らせるほど私はお人よしではない」
「……」
「あなた方は私の護衛?私を見失うなど尾行術にも問題がありそうね」
「申し訳ございません」
はっとしたように、彼らはまた頭を下げる。
「今、ここではあなた方で全員なの?敵の総数は確認した?絶命したものは?負傷したものの確保は?自害されてはいない?逃げられたものはいない?森を抜けたところまで確認に誰か行かせている?城へ、またはあなた方の主に加勢は頼んである?」
「森を抜けた湖への確認は、人をやっております。あと、城への使いも」
取り出した薬をしまい込みながら、男は言った。
「すぐにでもお味方が参上致しましょう。が、姫君、負傷した者どもの確保よりも、我らは姫君のご無事を確認致したく」
「私の無事の確認など一名、いいところ二名いればいい。三名も雁首揃える必要はないでしょう」
「ははっ……」
「仰せのとおりにて」
男たちは言葉を失い、またも額づかんばかりに頭を下げ続ける。
我ながらきつい物言いだとは思うけれど、間違ってはいないはずだ。
さらに容赦のないことを言ってしまえば、あと数名は私でも斃せた。彼らには助けてもらった、と恩義に感じることはない。じんじん傷が痛むけれど、そのせいで革靴から立ち上るシュルグの臭気にやられることはもうないのだから。
それに、自分でつけた傷。浅手だし、放置して心配するほどのものではない。
私はオルギールや、公爵方だけにおとなしく守られている「姫君」ではない。
戦争にも行ったし、今も頑張って戦ったし、この者達にもわかってはいるだろうけれど、あえて傲慢な物言いをするのは今後に関わるダメ押しだ。
誰が命令し、誰がそれに従う立場なのか。
最初は肝心、なのだ。
「ここは一人ついていてくれればよいから、早く!生存者の確保、自害の防止。遅すぎなければいいけれど」
「ははっ!」
「承知仕りました!」
一人だけ残って、あとは再び森へと入って行った。
湖側へも行ったとかいう味方たちと合流することだろう。
******
それからほどなくして、土煙を上げて「味方」が大量に駆けつけたのだけれど、なんと三公爵とオルギール、それぞれの衛兵達、という物々しさ。
煌びやかな式典の礼服のまま馬を駆る姿は、あまりの麗しさ、綺羅綺羅しさに目が潰れそうだ。
眼福……!昇天しそう……!
うっとりとその様に見惚れていた、もとい、見惚れたかったのだけれど、彼らが至近距離にやってきてその表情が視界に飛び込んでくると、私は慄然とした。
全員、蒼白だ。
どうしよう。物凄く心配させた?それに、怒られる?
「……何よ、あなた、いったいだれに報告したのよ!?」
四人全員来るなんて!、と思わず隣の‘影’を詰る。
憎たらしいことに、男は返事をせずに黙って深々と頭を下げた。
ザッ!と勢いよく下馬の音がした。
ほとんど同時に、四人全員飛び降りたようだ。
いきなり背が軽くなったためか、彼らの馬が皆いなないたり、蹄を鳴らしたりしている。
レオン様もオルギールもシグルド様もユリアスも。
見たことがないほど強張った顔つきで、青ざめている。
来てくれて嬉しいし、お礼とか心配させたお詫びを言うべきなのだろうけれど、怖くて頭が働かない。
ある意味、ひとりで複数の敵に遭遇したときより怖いくらいだ。
だって。この四人には色々な意味で絶対に敵わないとわかっているから。
「あの、ええと、ご心配をおかけし、……っつ!」
最後まで言い終える前に、一番早く駆け寄ったレオン様が、無言で私を抱きしめ---ようとして、私の思わず漏らしてしまった声と左腕の傷に同時に気づき、
「怪我をしたのか、リーヴァ」
悲痛な面持ちで、呻くように言った。
そして、心なしか震える手で、私の乱れてしまった髪を(そういえば、頭だけは宝石をつけて結い上げたままだった)そうっと撫で付ける。
「失礼。……リヴェア様」
傍らから、オルギールの厳しい声がした。
いつものようでいていつもどおりではない、氷の礫のような声。
怒っているのか心配しているのかそのすべてなのか。
腕をとられ、傷をあらためられながら、私は「大丈夫」と上ずった声で口走った。
──もちろん、無視されたけれど。
レオン様はずっと私の髪を撫で、柔らかく、けれど、指にはしっかりと力を込めて私の腰を抱いている。
恐る恐るあとの二人に目を向けると、秀麗な面をくもらせ、眉を寄せ、こちらの方が胸が痛くなるほど沈痛な表情(かお)を見せている。
合図をされたのだろう。酒か消毒薬か?小瓶と布らしきものを捧げ持った兵士が進み出てオルギールに差し出した。
無言で受け取った彼が、沁みますよ、と一声かけて、流れるような所作で傷を洗い、あて布をし、包帯を巻きつけてくれる。
実際、ぴりぴりと沁みて飛び上がりそうに痛かったし、緊張が解けてきたせいか、今まで感じなかった痛みも感じ始めたのだけれど、私は唇を噛んでそれらを押し殺した。
誰も、何も言わない。
この空気、怖すぎる。
私、かすり傷だったし、そもそも自分でつけた傷だし、軍人なんだし、傷の一つや二つ。
と、とても言えない雰囲気である。
「帰るぞ」
レオン様は短く言い捨てると踵を返して馬に跨り、私を抱き上げて前に乗せた。
横座りで自分に凭れさせてから、傷のある左腕に触れないように細心の注意を払ってそっと私を腕で囲み、手綱をとる。
「シグルド、ユリアス。お前達も一緒に」
「……ああ」
「わかった」
抱き込んだ私の耳の後ろに鼻先を埋めながら、レオン様は振り向きもせず言った。
短く応じて、すぐに騎乗する二人の気配がわかる。
「オルギール。……いや、侯爵」
「は」
「後を頼むぞ」
「お任せを」
「当座の処置を終えたらお前も来い。……俺の城へ。……寝所へ」
え?
皆様の無言の圧は猛烈に怖かったのだけれど、とりあえずレオン様の腕の中でちょっとだけ一息ついていた私は思わずびくりとした。
最後の一言。寝所、って。どうして。……
報告なら執務室で聞けばいい。百歩譲って、居室でいいのに。
問い質す勇気はなく、けれど無視できない何かを感じて恐る恐るレオン様を見上げると。
濃い金色の瞳を底光りさせて私を見下ろすレオン様と目があった。
「覚悟しろ、リーヴァ」
掠れた、艶めいたテノールで、レオン様はたしかにそう言った。
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