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 情報を、対価とする。

 その考えは気に入った。とにかく、実害はなくて罪を贖わせるためだけなのだから。戦争をしに行く我々に対して、労働も不要だから、なにかしら、生の現地情報をというのは有益だ。
 でも。

 「------対価と言えるほどの情報を得られることを期待しようか」

 オルギールは辛辣に言った。まあ、そのとおりだとは思う。

 あんたってやつは全く、と、アルフはあからさまに舌打ちしながらも、少年の傍らにしゃがみこんだ。
 そのまま、さっそく、ひそひそ話をし始めている。
 オルギールは人外の美貌である上、口を開けば少年相手でも全く容赦はないし、私はこの隊のトップだから、少年も気まずいかもしれない。その点、アルフは、話し上手だし人あしらいもそつがない。どのみち「尋問」と言うほど厳めしいものにするつもりもないのだから、少年を捕縛した当事者とはいえ、彼に任せておくのがいいのかもしれない。

 小休止の時間が思いのほか長くなってしまったので、このまま昼休憩とすることにした。縄を解かせ、アルフと少年だけで、少し隊を離れるように指示をする。周りを兵士に囲まれていては少年も話しづらいだろうし、どうせ情報取得を目的とするなら中途半端な時間で済ませてはもったいない。そう判断してのことだったのだけれど、さて、首尾はどうだろうか。

 
 「------トロ村、って」

 天幕を張ってもらい、オルギールと二人で陣中食---固パンをスープに浸したもの、削った干し肉、果物---のお昼を食べながら、私はオルギールに話しかけた。
 
 「私は、この作戦を立てるときに地図で見た程度の記憶しかないのだけれど、オルギールは何かもっと知っている?」
 「いいえ、特に何も。・・・と言うより、本当に特筆すべきものがない村というべきでしょう」

 オルギールはゆったりと頭を振った。

 「ウルブスフェルにそびえる山を挟んで裏手ではあるのですが、とにかく特産もなく、街道からは外れ、寒村、という記憶しかありませんね。・・・栄えた町が山の向こう側にあっても、山越えをする道の整備がなく、大回りするしかない。ウルブスフェルからしても、海路、陸路と整備があるので、山を越えてその裏手のトロ村へ行く必要は全くない」
 
 救いようのない解説に気分が重くなった。

 「・・・じゃあ、情報、って言っても期待できないわね。まあ、罪の対価、という名目なのだから、はっきりいって中身はどうでもいいのだけれど」
 
 無罪放免にしても、あの子はふりだしに戻るだけか。
 ため息とともにデザート替わりの木苺をつまんでいると。

 「准将閣下、失礼する」

 ばさっ、と天幕をからげて、案内も請わずアルフが入ってきた。
 
 「火急の用でなければこちらの応答を待ってから入れ」

 すぐに、オルギールの叱責が飛ぶ。
 彼の言うことは絶対に間違っていないのだけれど、アルフの言動には何かにつけいちいち突っ込むので、風紀委員長みたいでちょっと笑える。でも、こんなネタでこっそり笑っていることがオルギールにバレたらとんでもないお仕置きをされそうなのでもちろん内緒だ。

 「火急の用なので、大佐殿。・・・昼食コミとはいえ、ずいぶん時間をくってるんでしょう」

 アルフはオルギールの指摘を鼻であしらい、ずかずかと私の前に歩み寄り、仁王立ちになった。

 「・・・ちょっとばかり、役に立ちそうだぜ。お姫、じゃない、准将閣下」

 うす暗い天幕の中で、紅玉のような赤い瞳を光らせて、彼は言った。
 食事中なので私は床几に座ったままだから、必然的に彼を見上げることになる。黒づくめの甲冑、背中の真ん中くらいまである黒髪、褐色の肌。私にはもちろん、オルギールにも臆することのない彼の立ち姿は眼福ものだけれど、見下ろされたまま話を聞くほど私もお人よしではない。

 「立ったまま話をするならあと十歩、下がって。それが嫌なら膝をつくか、座りたいなら床几はそこ」

 私があえてそっけなく言うと、アルフはあからさまにムッとしながらも、結局は私の至近距離に跪いた。別に、無駄に威張りたいわけではないから、ちょっと下がって立ったまま話をしてくれればよかったのに。距離、近すぎるし。オルギールが怖いし。
 もの言いたげに凍てつく紫の瞳を見ないようにして、私は目線がほぼ並んだアルフのほうを向きなおる。目が合うと、アルフはそれは嬉しそうに破顔して、口の中だけで、お姫様、と呟いた。
 ・・・ほんのちょっと、胸が高鳴った。女子であれば許される程度だと思う。 

 「アルフ、お疲れ様。・・・どんな話を?」
 「俺たちの向かう、ウルブスフェルの裏山、ウル・モンティス。あの子にとって、あの山は庭のようなものらしい」
 
 前置きもなく性急に話し始めるアルフに、私は木苺の籠を差し出してあげた。
 彼はちょっと頭を下げて一つつまみ、ぽいと口に入れながら続ける。

 「シケた村だけに、あの山で採れる木の実や茸、山菜などを目当てに、幼少から今に至るまで、山には足繁く入るんだそうだ。いくつか山道があるらしいが、そのうちのどれを選ぶべきか、騎乗したままだとどこの地点で馬の扱いを気を付けるべきか、自分を一緒に連れて行ってくれたら詳細に説明できる、と言っている」
 「なるほどね!」

 俄然、興味がわいてきた。願ってもない情報。山岳ガイドだ。シェルパだ。お金を出してもいいくらいだ。
 もっとどうぞ、と木苺の籠を、アルフの鼻先までつきつける。

 「ウルブスフェル側へ下る道は?」
 「それは、山道と獣道の中間くらいのものが一本、あるだけらしい。調査どおりだな」

 そんなにいらねえよ、という顔をしながらも、アルフは二つ目の木苺を口に放った。
 どうやら思いのほか甘かったらしく、続けざまに三つ目をつまんだ。それは構わないのだけれど、その三つ目が、一際大きくてよく熟していて、いかにもおいしそうで、私が目を付けていたやつだったから、思わず、それは私の、と口を開くと。
 直ぐに気付いたアルフは、ほらよ、と言って、半開きの私の口にその木苺を押し込んだ。
 これは「あーん」というやつではないか!ちょっと失礼では!?
 ・・・と思いつつも、返却された木苺をまずは味わうことにする。

 うん。・・・絶品。なんておいしい木苺。・・・

 大粒の木苺をうっとりとしてもぐもぐしていたので、なぜだかご機嫌になったアルフと、反比例してご機嫌が急降下のオルギールに気づくのが遅れてしまった。

 いつの間にか私が手に持った木苺の籠はオルギールに撤収されていた。まだ食べるのに、とオルギールを振り返ると、彼は氷の魔王と化している。

 「オルギール」

 吹きすさぶ風雪の音が聞こえそうだ。
 不覚にも、自分の声が震える。寒いのか怖いのか。たぶん、両方だろう。

 「あの、木苺、もっと、」
 「これはまた次の小休止の際に。そろそろ出発を命じましょう、リヴェア様」

 いつものことながら、オルギールは、どちらが上官かわからない上から目線で言った。
 これもいつものことながら、こうなったときのオルギールに対して、私に否やはない。
 そうね、そうしましょう、と従順に同意して、アルフに情報の礼を言い、出発の指示をするように言ったところ、

 「俺の素行にうるさい割に、あんたも結構な態度なんだな、大佐殿」

 よせばいいのに、アルフはせせら笑った。
 膝を払いながら立ち上がり、挑戦的な目でオルギールを見つめる。
 氷の魔王も、紫水晶の瞳にあからさまに侮蔑の色を浮かべる。
 けれど、挑発に乗るつもりはないらしい。平然とスルーした。

 「・・・報告はそれだけか」
 「ああ、多少の細々はあるが、キモはそんなところだ」
 「後で私も話を聞こう。・・・とりあえず隊長、出発準備の指示を」
 「わかってますよ大佐殿。閣下に指示頂きましたからね、今」

 アルフの強心臓にはびっくりだ。無鉄砲というかなんというか。今のところ二人の立ち位置は全然違うのに、負けてない。いっそあっぱれ、って感じだけれど、オルギールを本気で怒らせたら文字通り抹消されるに違いない。
 もうやめて、いちいちつっかからないで。

 ハラハラして腰を浮かせた私は、ついついオルギールの肩を持ってしまい、ちょっと意地悪を言ってしまった。

 「お疲れ様、隊長。・・・ところで、昼食は馬上で済ませてね。当分、休憩せずに飛ばすから。あと、あの少年の面倒はあなたに任せるわね」
 「はぁ!?」

 なんで俺が!と騒ぐ彼に、罪の対価は得たし、あなたが捕まえたのだから生殺与奪の権利はあなたのものよ、凄いじゃない、と言い添える。

 凄くねぇよ!押し付けやがって!と、ぷりぷりしながら彼は天幕を出てゆき、それに続いて、やけくそのように、出発だ!早く支度しろ!と言って回る声が聞こえた。

 ふう。

 アルフは良くも悪くもエネルギッシュで、お品のよい方々とは全く異なるオーラがある。
 嫌いじゃないけれど、ちょっと疲れるような。でも、とっても気楽にお話ができるような。

 少しだけ、肩の力を抜いてぼんやり考えていると、オルギールは、私をそうっと抱き寄せ、耳孔に口を寄せ、私たちもそろそろ参りましょうか、と囁きかけた。
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