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6.-4

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 芝生は柔らかだしアルフの上着があるし、その上に自分のマントを引いたので、お尻の感触はとても快適だった。
 思わず、体操座りをして空を眺める。

 ──知らない星の並び。変わった色の星々。月らしきものはあるけれど、その下にはいくつか、真珠の首飾りのようにさらに小さな星が並んでいる。実際、「月の首飾り」という通称なのだとか。

 異世界、なんだなあ、と実感する。

 一か月ちょっと、がむしゃらにやってきたけれど、三日後には出陣なんて。
 隣にいる男が、私の部下、なんて。

 まだ時々、夢を見てるのじゃないかとこっそり思ってしまう。
 ちなみに、レオン様と一緒のときに「夢」発言は禁句だ。うっかり、寝室のバルコニーで夜景を眺めながらそう言ったら、お怒りの琴線に触れたらしく、現実を思い知らせてやるとかなんとか言って、強烈に激しく、死にそうなくらい恥ずかしいことをさんざんされたのだ。あれは大変だった。レオン様がそうだから、オルギールの反応も同じく怖いので、彼の前でも「夢」発言には気を付けている。

 その点、この男は気楽だ。トゥーラ姫、になってから知りあったのだから、「私が元いた世界では」なんていう話、私が語らない限り想像すらしないに違いない。ぼんやりお空を見上げていても、「(元の世界に)帰りたいのか」と気色ばんで聞かれることもない。

 異世界の空は美しいな。圧倒的に、光源が少ないから。
 でも、人間、どこにいても同じだな。
 恋したり愛したり戦ったり。

 私は、飽かず、空を見上げていた。


 「──礼を、言いたかったんだ。ずっと」
 「礼?」

 どのくらい空を見上げていたのか自覚がないけれど、気が付けば思ったよりずっと近く、すぐ隣にアルフ・ド・リリーが私と並んで座っていた。
 上着を私のお尻に敷いたので、アンダーシャツ一枚だ。言うまでもないが、女子一般にウケること間違いなしの、美麗な細マッチョである。

 不快というほどではないにせよ、やっぱりちょっとこの男は私の考える適正距離よりも踏み込み過ぎだ。
 まあ、言葉は荒いけれど、案外気遣いさんみたいだから今は不問に付すことにしましょうか。

 「あんた、俺に、右を庇うクセって言ったろ?」
 「そうだったわね」

 賭け試合のときだ。
 そういえば。せっかく巻き上げた賭け金はどこへ。私の、貴重な現金は。

 「その通りなんだ。……俺の右目、ゆっくり悪くなってる。いつまでもつかわからないそうだが、いずれ右目は失明すると言われてる」
 「失明?」

 お金どころの話ではない。 
 私は、思わず聞き返した。
 まじまじと、紅玉のような瞳を見つめてしまう。

 「原因、わからないの?治せないの?」
 「そうらしい」

 あっさりと、彼は頷いた。きっと、たくさん悩んで、乗り越えたからだろうか。拗ねてもいないし、自虐的にもなっていない。澄んだ眼。

 返答に窮して黙っていると、彼はわざとのように、ふ、と笑ってみせた。
 皮肉っぽくもなく、感じのいい笑い方するようになったなぁ、と一瞬思考が現実逃避する。

 「深刻な話にするつもりじゃなかったんだ。礼、って言ったろ?クセは訓練で克服できるって。だから俺は訓練した。あんたにやられたときより、マシになったと思わないか?」
 「……」

 ごめんなさい。ちゃんと見てなかったかも。

 沈黙をもって応えたら、奴はこちらの意図を汲んだようだった。
 やれやれ、という感じで肩をすくめる。

 「まあ、あの時から一か月たったかどうか、という程度だしな。俺の自覚だけかもしれないが。とにかく、楽になったんだ。片目、見えなくなってもどうにかなるって。……ありがとうな」
 
 こんな表情も見せるのか、この男は。陽気で、真剣で。

 ……不覚にもちょっと見惚れてしまい、どういたしまして、という私の返事は上の空になってしまった。

 「お姫様、いや、准将、俺は」

 アルフは律儀に言い直しながら、熱っぽく続けた。
 さっきのお嬢様方以上に前傾姿勢気味なので、思わずお尻で後ずさる。
 いくらも動かないうちに木の幹に背中が当たってしまった。

 「あんたの言うことしか聞きたくない。あんたのために戦って、あんたのそばにいたい。あんたに負けたときから、そう思うようになったんだ」
 「それは、どうも……」

 彼の気迫に押され、間の抜けた返事しかできない。
 なんかこの流れ、まずいような気がする。
 騎士として私に入れあげてるならまだしも、勘違いならいいのだが、告られてる的な。
 ……考えすぎならいいのだが。

 私は、ひきつった笑いを浮かべた。

 「アルフ、お気持ちだけありがたく頂くけれど、傍にいるとかなんとか、あなたが本当に好きになった相手に言ったほうがいいと思うの。あなたの、華麗なる女性遍歴の有終の美を飾る女性に対して」
 「ふざけんな!」
 
 唾が飛びそうな距離で、アルフが吠えた。
 と同時に、彼の両手が、私の顔の両側にあります。木の幹に手をついているのです。
 壁ドンならぬ、幹ドン?

 まずいです。この状況と距離は危険です……

 「マジで好きになったから言ってんだ。女性遍歴?ああ、結構遊んだぜ。否定はしない。でも、お姫様、あんたで終わりだ。最初で最後、俺が惚れたのは、俺が欲しいのはあんたしかいない」

 今ぐらいお姫様、て呼んでもいいだろ、と、最後は切なくも聞こえる甘いバリトンを響かせて、アルフは言った。

 ここまで直球で言われたらとぼけることはできない。
 この恋愛童貞、頭が煮えている。どうしたら冷静にさせられるのか?

 「あんたが好きだ。トゥーラ姫」

 これ以上まずい雰囲気にしないようにどうしたらいいのか、無い知恵をひっくり返して考えつつ沈黙していると、それをどう捉えたのか、アルフは囁くように続けた。
 紅い瞳は、怖いくらい真剣だ。

 「俺は、もっと強くなって偉くなって、あんたの傍にいたい。今はまだあんたのほうが強いかもしれないが」

 そのとおりだよ!自分より強い女に惚れるなよ!

 ……って、到底言える雰囲気ではない。

 「きっと、お姫様より俺のほうが強くなる。強くなってみせる。あんたを守るのは俺だ。……カルナック大佐だけに、させとく義理はない」 

 闘争心むき出しですね。
 でもって、私は追い抜くけれどオルギールを追い抜くとは言わないところが、意外にまだ冷静なのか。

 「エヴァンジェリスタ公があんたを溺愛してることは知ってる。堅物で有名だったオーディアル公もあんたに夢中だと」

 わずかに、口を歪めて、早口に、アルフは言った。

 「でも、俺の気持ちは自由だ。お姫様、例えあんたが公爵のものでも、俺はあんたが好きだ。それを今後も隠す気はない」
 「いや、それはまずいって」

 私は即答した。
 だって、仮にも私はいま権力者の恋人?ですよ。
 その私に好きだとかそれを隠さないとか。レオン様が知ったらどう思うか?

 ……あれ?
 意外と、なんとも思わないかも。誇り高い方だし、嫉妬してるレオン様?……想像が難しい。

 それはそれで、なんか落ち込む……

 「なんで下向くんだよ、あんたの立場が悪くなるようなことはしない」

 彼は幹ドン体勢のまま、自分の想像によって項垂れた私を下から覗き込んだ。

 「俺が、勝手に好きなだけだ。それを、あんたにも知っていてほしい。そのくらいいいだろう?」

 いいだろうと言われても、私は途方に暮れるだけだ。

 男のひとから向けられる感情、自分から向ける感情。絶対的に経験値が足りない私。
 オーディアル公の執着、オルギールの不可解なあれこれ。一妻多夫。
 この上、いきなり告られても。剣で打ち負かしたり、ぶん殴った相手から。

 どうしたらいいのかわからない。
 確かなのは、私が愛しているのはレオン様、ということだけだ。

 私を混乱させないでほしい。そっとしておいてほしい。

 言葉に出せないまま、唇を噛んでアルフを見返すと、一瞬、息をのむ気配があって。

 お姫様、と言いながら、熱を含んだ吐息とともに、アルフは私に唇を寄せてきた。
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