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 異世界で「手相拝見」は、物凄くウケた。

 手相は人生が現れる。未来も。あまりよい手相ではなかったときに、言葉を選んで話さなくてはならないから、真剣に視ると結構疲れる。だから今回は、あくまで「さらっと」ちょっとだけドッキリな未来を予想したり、微エロを混ぜながらお嬢さん方やご婦人方の恋愛ネタをかました程度だったのだけれど、皆さま怖いくらい大喜びの大反響。
 ひとだかりが出来始め、「わたくしも!」と順番待ちが増えそうになり、三日後出陣する私は何やってるんだ、えらいことになった、と、思っていた矢先、妹君の大はしゃぎに苦言を呈しに来たウルマン少将とユーディト嬢が派手に言い争いをし始めたため、私はようやくこれ幸いとなし崩し的に中座することができたのだ。「楽しゅうございましたわ、また今度はわたくしの妹も視てやって頂きたく」「閣下、ぜひご無事のご帰還ののちにまた」「ぜひ我が家での茶会にお越しを」と猛烈に名残惜しまれつつ。いろいろと間違った方向で人気者になってしまったかもしれない。流行りの占い師と勘違いされたかもしれない。

 けれど、不可抗力的にお集まりの方々の顔と名前はだいぶ覚えた。当然、私は生きて帰ってくるつもりだから、となると今度は「戦勝の宴」が開催されるのかもしれない。その時まで忘れないようにしなくては。

 しかし、疲れたな。

 私は今度こそできる限り人目を避け、それでも声をかけてくるひとには礼を失さない程度のあしらいを返しつつ、ようやく庭園側に移動してひとりごちた。

 宴はたけなわといったところ。各々パートナーや友人知人を相手に大変楽し気に会話と食事を楽しんでいる。レオン様やオルギールは、と言えば、まだまだ多人数のひとびとに囲まれている。さすがに、私のようになんだかわけのわからない理由で逃げ出すことはできないらしい。皆にしてみれば、日常の業務時間中よりも、このような宴のほうが近い距離でレオン様他の公爵様方、オルギールなどの、いわば「雲上人」に近づけるチャンスでもあるから、人の輪は容易に解消しないようだ。

 庭園に出てみると、なんとなくだけれど、気楽なご身分の方々の集まりが多いような気がした。雲上人はそうそう広範囲に動かない。動こうとすると大名行列になってしまうからだ。優雅に、少ない範囲を移動するか、ほとんど一歩も動かないうちに、大量の取り巻きを捌いてゆくのだ。

 凄いなあ、と素直に感心しながら、私は庭園の探索を開始した。庭園は篝火にてらされているとはいえ、さすがに屋内よりはぐっと明度が下がるから、先ほどよりずっと個々の顔が視認しづらくなる。知り合い同士で談笑したり、ベンチでいい感じの男女が語らったり、という様子になっていて、極力暗がりづたいに歩いていれば、どうやら私を追いかけたり、覗きこまれたりすることはなさそうだ。庭園の暗がり、というのは事件やハプニングの温床だけれど、今日の私は礼服とはいえ軍人仕様だからわが身を守るくらいどうにでもなる。
 
 お城の広間が少し遠ざかり、でも、寂しくない程度にさんざめきが聞こえるあたりまで移動して、私は綺麗に剪定された木の根元に腰を下ろすことにした。ふんわりと芝生が敷き詰められているし、マントもある。お尻は痛くならなさそうだ。

 よいしょ、と言いながら座ろうとした、その瞬間。

 「──なんだよ、他所へ行けよ」

 と、ひどく不機嫌で邪険な声がした。

 害意がない気配だから気づかなかった。……先客らしい。

 「気づかなかった。失礼した」

 顔も見ないまま不機嫌な声の主に軽く詫びて、違う場所を探そうと方向転換をしたら、

 「!?おい、ちょっと待てよ!」

 と、今度は焦った声。

 うるさいな。他所へ行け、って言ったじゃん。木は何本でも植わってる。別にここじゃなくても構わない。

 無視してさっさとその場を立ち去ろうとすると、今度は、

 「お姫さ、じゃなかった、准将閣下」

 と、呼ばれてしまった。

 そう言われては無視もできない。仕方がない。
 不承不承、声のするほうに目をやると。

 闇色の髪、紅玉の瞳。

 ──アルフ・ド・リリーが慌てたように立ち上がったところだった。



 立ち上がったアルフは、その紅い双眸で、私を無遠慮に頭の先から足の先まで観察し、最後に真っすぐに私の目を見つめた。

 こんなにてらいなくまっすぐにひとを見る男だったかな?なんかこう、もうちょっと、斜に構えた奴だったような気がするけれど。

 私は内心首を傾げた。無遠慮に見られること自体は、そんなに気にならない。この世界へ迷い込んでからというもの、行く先々で私は珍獣扱いだ。品よくチラ見するかストレートにガン見するかの違いだけである。

 「……綺麗だな、お姫、じゃなかった、准将閣下」

 何を言うかと思えば、彼の口をついて出たのは思いがけない言葉だった。

 「っぷ!」
 
 思わず、吹き出してしまう。
 さっきから、お姫、と言いかけてはいちいち准将閣下、と言い換えるのがおかしくてたまらない。軍服着ているときに二度と姫君扱いするな、と言ったのを覚えているのだろう。色男は顔の形が変わるほどぶん殴られたら一大事ですからね。

 「褒めてるのに、何で笑うんだよ」

 アルフはむっすりと言った。

 「冗談だと思ってんだろ」
 「……いいぇ、そうではなくって」

 私はニヤニヤを我慢しながら言った。
 確かに、彼は真面目に話をしている。笑っていては失礼だ。

 こほん、と私は咳払いして、まじめな顔に切り替えた。

 「褒めてくれてありがとう、アルフ」
 「!?……そんな、マジに返事すんなよ、気色悪い」

 アルフは夜目にも明らかにうろたえた。木の幹にもたれかかり、そっぽを向く。
 真面目に言ってくれたから真面目に返しただけなのに。
 気色悪い、だと?失礼で面倒くさいひとだ。

 ちょっとムッとして私もそっぽを向くと、

 「でも、本当のことだ」

 ぼそりと呟く声がした。

 「?」
 「それ、准将閣下の礼装だろ?軍服なのに、着飾った女の夜会服姿よりずっと綺麗だ」
 「素敵でしょう!?」

 やっぱり、そう思うよね!

 私も心から同意した。
 微妙に、怪訝そうな目がこちらに向けられたけれど。

 「すっごい華やかな礼装よね。それにこの外衣マント!派手すぎてこっぱずかしいわ」
 「……おい、俺は礼装を着てるあんたのことを」
 「レオン様やオルギールの礼装、私今日初めて拝見したけれど、目が潰れるかと思ったわ。眩しいほど美しくて」
 「あんたの話をしてるんだが」
 「アルフ、あなたも割とイケてるじゃない。その軍服、支給されたの?傭兵のかっこうじゃなくて、レオン様の麾下きかの色になってる。ま、私がレオン様の麾下で、あなたは私の隊にいるから当たり前か」
 「俺の話、全然聞く気ねぇな」

 彼は盛大にため息をついた。
 ため息をつくアルフ・ド・リリー。似合わない。なぜ、辛気臭いため息などつく?
 それも、私だって彼のことを褒めてるのに。 

 社交辞令などではなく(彼に社交辞令は不要だから当然だ)、ラフな傭兵っぽい恰好ではない、武官の装いのアルフは大した男前だった。武官の礼服は、黒地にキラキラする白糸で飾縫いがしてある。徽章をみると、分隊長か小隊長か?そのくらいの身分を得たようだ。そういえば、今日の宴に出席を許されたのも、彼が別動隊の隊長になったからだった。馬術、剣技、頭の回転の速さ。寄せ集めの別動隊の中で、あっと言う間にアルフは人望を得て、別動隊の隊長を任命か他薦かどうしようかな、と皆の前で言ったら、圧倒的大多数で「アルフだ!」と声が上がり、そのまま決まってしまったのだ。あのオルギールでさえ異を唱えなかったのだから、彼が別動隊の中でも抜きんでた存在なのは認めているからなのだろう。

 そのアルフは、長い黒髪をいつもよりもいくらか綺麗に梳かして、首の後ろで結わえている。野性的な美貌で、武官の礼装の襟もとを少し緩めた彼は、初心なお嬢さんか、色っぽい人妻かが夢中になってもおかしくはない、危険な魅力に溢れた男だ。 

 わかります。この男は、要注意ですね。おもに性愛的な意味で。

 私はアルフを冷静に観察しながら考えた。
 気のせいか、奴はちょっとげんなりしているようだ。理由はよくわからないが。

 もてるのは構わないが、堅実に出世したいならシモは引き締めて頂かなくては。納得づくで、後腐れなく遊ぶのは結構だけれど、とにかく女性との付き合い方には細心の注意を払うように。

 「よおく、肝に銘じてね、アルフ・ド・リリー」

 いい機会なので、私は彼に釘を刺すことにした。

 オルギールと一緒にいると、私とアルフが直接話す機会はほとんどない。目の前にいても、アルフが私に話しかけるとオルギールが回答する。別動隊の隊長ともなれば、作戦遂行時には直接話すのだから、といっても、出陣したら直答を許しますよ、とオルギールは言い放ち、頑なに私とアルフの直接コンタクトを認めようとしない。
 
 アルフは、手を組んで、木にもたれかかった。

 「なんだよ」
 「あなた腕も立つし人望もあるのだから、間違っても女で道を踏み外しちゃダメよ」 
 「うっせぇな」

 アルフは吐き捨てるように言った。
 もともときつい目元を一層鋭くして、私を睨む。

 「俺のこと、知りもしないくせに余計な事言うんじゃねえ」
 「出世したかったらへんな遊び方しないほうがいい、って言ってるのよ。あなたのことなんて知らないわ。これからのことを言ってるの。あなた、無駄に見てくれだけはマシだから」
 「……お姫、いや、准将、あんた口が悪すぎるだろ」
 「褒めてるのよ。遊ぶな、って言ってるわけじゃなし、マシな容姿はうまく使えって言ってるの」

 私が熱心に言えば言うほど、アルフの機嫌は目に見えて悪くなっていった。
 もちろん、私の発言がダメージを与えていたことなど、知る由もない。
 この世界へ来て、初めて会ったのがレオン様、次にオルギール、という、人外レベルの美貌の男性に囲まれている私からすると、アルフの野性的な美貌も「納得のゆくレベル」におさまってしまう。申し訳ないが彼の「危険な香り」に惑わされることは全くない。

 「ね、わかった?アルフ」
 「……了解」

 念を押した私に、不機嫌かつ元気を無くしたアルフはおとなしく答えた。
 そして、すとん、と木の幹にもたれたまま腰を下ろし、私を見上げて、「座らないか?」と言った。

 さっきは気づかなかったが、よく見ると、くすねてきたらしい葡萄酒の瓶やちょっとしたつまみ、果物が転がっている。
 
 ひとり宴会していたのなら、邪魔をするべきではない、と私は思った。

 「ひとりでのんびりしていたのでしょう?どうぞごゆっくり」
 「待てよ!……いや、」

 いったん座ったアルフは、弾かれたように立ち上がった。その勢いのまま私の手をとろうとするので、私はひらりと身を躱す。
 こういうところ、油断も隙もない。なぜか時々、この男は私との距離を詰めすぎる。

 「待ってくれよ、准将閣下。あんただと知らなくて追っ払おうとしたんだ。さっきは悪かった」

 また、だ。こんな、話し方をする男だったっけ?
 どうも、落ち着かない気分だ。「腕のたつ斜に構えたチャラ男」という先入観が覆されそう。

 「あんたとずっと話がしたかった。座ってもらえないか」

 そう言って、私の返事を待たず、おもむろに武官の上衣を脱ぎ始める。
 なぜ脱ぐ。
 
 「あなた、何脱いでるの」
 「准将閣下のご立派な礼装が汚れるだろう?ここに座ってくれよ」

 ふわり、と脱いだ上衣を、彼は芝生の上に広げた。思いの外、優雅な挙措だ。

 ……どうも、調子が狂う。

 「マントがあるから、大丈夫」
 「マントもご立派だろう?俺のは気にしなくていいから」

 なんとなく、流れで勧められるままに、彼の隣に座ってしまった。
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