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お祭り騒ぎのその果ての、そのまた後の出来事。~街歩きをしました~1.

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 馬車の中でユリアスに抱かれ、気絶しているうちにシグルド様にかっさらわれ、静かだったのは一晩だけで、次の日には「俺がどんなに心配したか」を全身全霊をもって説明すると理屈をこねられ(断じてお仕置きではないと言い張っていたが)、早い話が私はオーディアル城でも朝から晩までヤられまくった。
 繊細で麗しい爽やかな美貌を誇る火竜の君も、たがが外れると手舐め魔、道具好きの変態様だ。

 さんざん啼かされまくり喘ぎまくり、オーディアル領特産の破廉恥な道具を使われて息も絶え絶えになった頃、オルギールに拉致されて、彼のけしからんテクの限りを尽くされヘデラ城でへろへろになっていたら、今度はレオン様が私の身柄を受け取りに来て、「次は俺だ」との禍々しい発言に身震いしたのだけれど。月照祭、夫たち全員のエロスイッチが入り、これはしばらくの間耐力勝負の無限ループか、と心底怯えたのだけれど。

 ────お祭り騒ぎのその果ての、そのまた後の出来事。
 他愛もないといってしまえばそれまでのことを、私は後年、繰り返し思い出すことになる。
 むず痒くなるほどの甘酸っぱさと、息が苦しくなるくらい全身を満たす幸福感と共に。


******

 
 エヴァンジェリスタ城に連れ戻されてから一昼夜の休息の後、日が沈んだばかりの藍色の空に月と星の輝きが増し始めた頃合いに、私は再び「月照祭」で賑わうアルバの街に繰り出した。 
 
 なんと正式に街歩きの許可を得たのだ。

 「さて、どこへ行きたい?リーヴァ」

 楽し気な声がする。
 しっかりと手をつなぎ、絡めた指に口づけを落としながら、レオン様は金色の瞳を柔らかく細めた。

 後で知ったのだが、ベニートを巻き込んだ私のお忍びは「そのうち」街に連れて行く、と夫たちが口々に約束しながら一向に連れてゆく気配がなかったから強硬手段に出たのだろう、と彼らなりに反省したとのこと。 
 だから、お祭りが終わる前に誰かが一度きちんと街歩きに連れ出してやろう、ということになって、くじ引きの結果勝利したのがレオン様らしい。
 それで彼は上機嫌なのだ。

 「どこ、って言われましても」

 私は口ごもる。

 あんな騒動を起こした後、街へ連れて行ってもらえるとは思っていなかったからまだ夢見心地だ。
 純金色の素晴らしい髪は、なんとか金茶色に染めてトーンダウンさせてから首の後ろで結わえて、「極力目立たない感じ」の簡素な服装に身をやつしたレオン様だけれど、どんなに頑張っても一般庶民とはゆかず、お忍びの貴公子にしか見えなくてカッコよすぎて悶絶する。きゅんきゅんする。 
 
 「街をふらふらして、お店を眺めて回って、喉が渇いたらお茶をして……」

 せっかくのデートのメニューを想像してみたけれど、あまり思い浮かばない。もどかしい。
 男性とつきあったことは皆無に等しいから(あの上司が初めてなのだから)当然なのだけれど情けない。
  
 黙り込んだ私の頭上で、レオン様はくすりと笑った。

 「まあ、目的なしに歩くのもいいものだ。街歩き、などそれが醍醐味だからな」
 「そうですね」
 「それなりに女性の好みそうなものは心得てるぞ。任せとけ」
 「存じ上げてますよ」

 思わず、ちょっとだけ声が尖る。

 普段、どろどろに溺愛されているからあまり考えないけれど、私の夫は、夫たちはとんでもない美形で権力者で。……いや、権力とか財力をとっぱらってもとにかくカッコいい。美しい。賢いし強いしちょっと変態なだけで痺れるほどに素敵な男性たちだ。その目に留まろうと望んだであろう女性の数たるや想像もできない。別に彼らが禁欲的でも特別に潔癖だったとも思わないから、それなりの女性遍歴があるだろう。

 特に、絵姿の売れ行き「一番人気」との誉れも高いレオン様。洒落者だしどうやら下情に通じているようでさばけているし、こうしてお忍びで女性とデートしたんだろうなあ、と思うと今さらながらもやっとする。実際、ちょくちょく私に対して非好意的な女性の一派から、「レオン様の過去ネタ」らしきものが耳に入ることはある。

 「どうした、リーヴァ」

 絡めた指をきゅうと握られて上を向くと、レオン様が微妙にニヤついている。
 さらに、もやもやっとした。

 「レオン様は何でもよおくご存じだなと思って」
 「君よりはずっと知ってるだろうな」

 さらりとレオン様は受け流す。
 
 「初心うぶでズレてて色々壊れている君よりは」 
 
 完全にからかわれている。
 
 「申しあげておきますけれどね、レオン様」

 街歩きが嬉しくてほわんとした頭が冷えて、私は厳しい声を出した。
 レオン様は形のよい金色の眉をおどけたようにちょっと上げて、続きを待ってくれているようだ。

 「男性とは確かにまともなお付き合いをしたことはありませんけれど。でも私のほうが民の生活はわかっていますよ!」
 「そうかな?」
 「もちろん。おエラい公爵様より張りぼてのトゥーラ姫のほうが、ん、むぅ」
 
 ぢゅ!と短く、濃厚に唇を吸われた。
 不意を突かれ間抜けにも目を見開いたままそれを受ける。
 
 「……俺の姫君。俺の愛しい妻」

 私の唇を、頬を舐めながらレオン様は歌うように囁きかけた。
 つないだ手を引き寄せられ、レオン様の腕の中に抱き込まれる。

 ……ここ、とっくに街中では。
 イチャイチャしてもいいようなトコだったっけと言葉を封じられながらぼんやり考えた。
 
 「張りぼて、などと。無礼な」

 金色の瞳が眇められる。
 レオン様の吐息も舌も唇も何もかもがうっとりするほど甘いのに、眼光の鋭さ、短い言葉の裏に潜む剣呑さに身震いする。

 ぴちゃり、とレオン様がわざと音をたてて唇を舐めた。

 「誰がそんな無礼を言った?」
 「んん、んぅ、……」
 「今さら素性を洗うものなどいない。せいぜいトゥーラが辺境だと言うくらいだろうが」
 「レオン、さま」
 「無礼者は仕置きだ」
 「……もう、言いません……」
 「ほう、犯人は君か」

 仕置きが必要だなと言われ顎を取られ、さらに本格的に深々とくちづけをされた、いや、されかけた時。
 
 お熱いねえとかおっぱじめないでくれよとか、あけすけなヤジと口笛で我に返った。
 慎ましい島国出身の私は飛び上がり、レオン様は平気な顔をしている。 
 見世物じゃないぞ、と眼光鋭く人睨みして言い放つと人々は思わず鼻白んで一歩二歩引いた。
 さすが公爵様、と言いたいところだけど、今はお忍びの貴公子。こんなところで威張ってはいけない。

 「行きましょ、レ、」

 レオン様はまずいな、と彼の袖を引きながら思い直す。

 「レオ、もう行きましょ」 
 「リーヴァ」

 レオン様は目を見張って私を見下ろして、長い金色の睫毛をぱちぱちとさせてから、

 「いいな、それ」
 
 輝く笑顔と共に言った。

 どんなに目立たないようにしていても、レオン様はオーラが違う。 
 いつもそばにいる私ですら「太陽神みたい」と常々見惚れて阿呆になりそうなのだ。
 たちまち野次馬たちからもほうっっ……とため息が聞こえた。
 そのへんのオヤジどもですら「お綺麗な野郎だな!」と言っている。 

 まずい。
 変装がばれては困る。

 私はレオン様の袖をさらに強く引っ張って、お祭りの雑踏に紛れ込んだ。 



 ────行き交うたくさんの人々。屋台で提供される美味しそうな食べ物の匂い。酒を飲ませる一角。芝居小屋もある。
 庶民の娯楽なのだろう。開演が近いのか?すごい人だかりだ。

 「……何これ?」
 「‘姫将軍、危機一髪’?物騒だな」

 小屋というにはけっこうちゃんとした木造の建物。何枚もの看板が貼ってあるのだけれど…

 「お二人さん!迷ってんならまず見るこった!空席残りわずかだぜ!」

 横合いから声をかけられた。
 と同時に、配役やあらすじが書いてあるらしい刷り物を手渡される。

 私はソレを受け取った。
 レオン様は看板を見上げて。……どんどんご機嫌が悪くなってゆくのがわかる。

 ────白い鎧を纏った女性(たぶん、私のことだ)。お供をひきつれ出撃してゆくが、大規模な盗賊団にさらわれる。手籠めにされかかるが姫将軍の機転と勇気で貞操を守り、それどころか盗賊団の跡取り息子を誑し込んで時間稼ぎをしてるうちに四人の夫のうちの一人が駆け付け無事に救出される。心配し、かつ安堵した夫は姫将軍といちゃいちゃ。盗賊団は解散、跡取り息子は姫将軍にイカレて義賊となることを誓いハッピーエンド。────

 なんてお粗末な脚本なんだ!
 それに姫将軍、ただの阿呆でないか?私は強いんだぞ!簡単に盗賊風情にさらわれてたまるか!?

 看板にはかなりいかがわしい感じのシーンが劇画タッチで描かれている。
 盗賊団の野郎どもに輪姦されそうになってるところとか。
 脳筋の親父に似ず知性派細マッチョの跡取り息子が姫将軍の胸に抱き寄せられて骨抜きにされてたり。
 助けに来た夫と抱擁を交わしているが……

 「毎日、夫役が代わるんでさあ!公爵様方、ヘデラ侯、みんなご婦人方に大人気でよ!」
 「跡取り息子役もなかなかよ」

 私はもう四回見たわ!と鼻息荒いご婦人が会話に参入した。
 レオン様は鼻にしわをよせたまま目深に被った帽子の中で剣呑に瞳を光らせている。

 「……女性も観るの?」
 
 傍らで無言で不機嫌オーラを醸すレオン様を気にしながら、私は言った。

 「結構ヤらしいと思うけれど」
 「あら、それも素敵なのよ。女優さんも俳優さんもからだキレイだし。肝心なところは見えないし」

 四回見た、今日が五回目と豪語するご婦人はあっさりと言った。
 
 「盗賊の親父のトコは好きではないけれどね。あの場面は男性がお好きみたいで固唾を飲んでるわ。でも姫将軍の切り抜けかたはとっても痛快でカッコいいのよ」
 「……公序良俗に反するぞ」

 むっすりとレオン様が口を挟んだ。

 陽気にお芝居を絶賛するご婦人は、それまで黙っていたレオン様に目を向けるなり、目も口もまあるく開けて、「あら、なんて素敵な方!」と、たいへんストレートに感嘆の声を漏らした。
 
 ふふん、と思わず私は胸を反らす。 
 当然だ。自慢の私の夫だ。レオン様だぞ。太陽神だ。
 もっと言って!とうきうきする私の横で、レオン様のご機嫌は急降下している。
 けしからん芝居だ、調査させて場合によっては打ち切りだ、とか不穏な発言が聞こえてくるけれど、幸い喧噪がすごくて耳を澄ませてやっと言葉を拾える程度。ミーハーなご婦人は気づく様子もなく、それどころか少女のように顔を赤らめて「役者さんみたいね、どきどきしてしまうわ」と呟いている。

 妻である自分の隣で夫の容姿が褒めそやされたら微妙な気持ちになるのかもしれないが、私の母よりちょっと若いかな、というくらいの人のよさそうなご婦人にはあまり反感を感じない。それどころか、そういえばあなたもとってもお綺麗な方ね、素敵なお二人ね、と持ち上げられ、私はたいへん気分がよくなった。

 「美男美女で素敵だわ。ウチの息子夫婦じゃこうはいかないわ」
 「……そうですか?」
 「そうよ!いえね、実直でいい息子だし嫁もよくしてくれるけれど心の潤いが欲しくて」

 だからここに通ってるのよとご婦人は言った。
 
 「あなたがたは新婚さん?ごめんなさいね、無遠慮に話しかけてしまって、お二人の時間をお邪魔して」
 「……お気になさらずに」

 私はちらちらと夫の顔色をうかがいつつ相槌を打った。
 私の機嫌がいいから我慢して下さっているのだろう、レオン様は黙り込んではいるものの立ち去ろうとまではしない。

 市井のひとと言葉を交わすのは本当に貴重な機会だ。 
 たくさんの使用人や部下たち、仲良しの侍女さんたち、それから私を溺愛する夫たち。
 お城は広大だしなかなか濃い人たちだから毎日があっという間に過ぎていくけれど、私は何かにつけこういう「普通の会話」「普通の街の人々」との接触に飢えている。
 だから先日はお祭りに行こうと強行突破してしまってえらい騒ぎを起こしてしまったのは記憶に新しい。
 反省したからおとなしくしよう、と肝に銘じたけれど、こうして思いがけず連れてきてもらえると、やはりちょっとしたことで立ち止まっておしゃべりをしたくなる。そして、市井の人々の会話に耳を傾けたくなる。「為政者として」などという堅苦しいものじゃない。傅かれ、人の上に立つのを当然と思われているけれど、私はただの「リヴェア・エミール」だったのだから。いくら、レオン様やオルギールが作ってくれた経歴が完璧でも。「張りぼて」なんて自分で言ったらそれこそお仕置きされてしまうけれど。

 そうこうするうちにご婦人から「そろそろ開場よ!ぜったいご覧になって、楽しいわよ!」とけしかけられ、それを聞きつけたらしいダフ屋が近寄ってきて(さっきの正規のチケット売りとは違う男らしい)「いい席空きましたぜお二人さん。直前だから負けときますぜ」と商われ。

 自分と夫たちがモデル、それもどうやらなかなか刺激的な大衆演劇、というものにお金を払ってまで観るのはどうかとも思ったが、好奇心とお祭りの高揚感が立ち勝って、私は渋るレオン様を焚きつけてダフ屋からチケットを購入してもらい(ちゃんと横から値切って差し上げた)、人込みに紛れて入場した。
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