魔法陣はいらない

ヤクモ

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「邪魔なんだけどぉ。誰ぇ、ゴミここに置いたの」

 机に置いていた筆箱は、幸いにも今回は中身は散乱することなく、運動部エースの手によって綺麗にゴールした。

「上手ーい」
「さっすがー」
 拍手喝采を背後に聞きながら筆箱を回収する。すぐそばの扉が開き、教師が入ってきた。いつもと変わりなく授業がはじまる。

「席につきなさい」
 ちりぢりに席につく生徒たちは、私の姿なんて気にもしない。
「どうした?」
 この教師もまた、この「世界」のルールに従っていた。
「体調が優れないので、保健室に行ってもいいですか」


 もちろん保健室になんていくわけがない。あの養護教諭は私の身に起こっている事態にすぐに気づき、声をあげた。そのせいで体操着が一着駄目になってしまったことは、彼女には伝えていない。彼女は自身の正義でことを行ったなすぎない。それを私が咎めることなんてできないのだ。

 しかし、彼女は少しばかり他人を理解する力が弱いと言わざるを得ない。いや、空気が読めないのだろうか。いずれにせよ、彼女のプラスの覇気は私には疲労を招くだけの毒である。今の私に必要なのは、独りになることだ。
 屋上が自由に出入りできていたのは半世紀も前の話で、今や屋上でのプチイベントは漫画とかのフィクションにすぎない。フェンスだけでは安全性に欠けると、この国は判断したのだ。それでも、空を近くで見上げたい奴はどんな手を使ってでもやってくる。

「寒…」
 カーディガンの裾を引っ張る。風の冷たさが肌を刺す。
 誰もいないここは私の孤独を助長し、同時に慰めた。あの嫌な声たちは聞こえない。ただ、風の通る音だけが耳に響いている。
「何してるんだ」
 唐突に投げられた言葉に、過剰に肩が跳ね上がった。ゆっくり振り向くと、そこに白衣を纏った男性教諭が立っていた。この教師は常に寝癖のような無防備な髪と、陰鬱な表情のため生徒たちに遠まきにみられている。しかし、それなりに整った容姿のためか女子生徒からの人気は悪くはなかった。私はこの教師が嫌いだが。
「先生こそ、まだ授業の時間では?」
「私は受け持っているクラスは授業はない」
「‥‥‥‥そうですか」
 教師は無言で見つめている。こちらの行動を待っているのか、単に観察なのか、いずれにしろ不快だ。
「では、失礼します」
 立ち入り禁止の屋上を出入りしたことに対してもなにも言われそうにない。これ以上ここにいる理由はなくなった。
「理解されたいか」
 背後にかけられた見透かしたような問いかけに、思わず食いつくように言った。
「あなたに何がわかる」
「やる」
 投げられたそれは鈍い音を響かせて足元に転がった。日光に反射して光るそれを拾う。
「鍵?」
 どこの、と聞こうと喉を震わせたが、頭を殴るようなチャイムに掻き消された。
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