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私の命の使い道1

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「シャル、本当に産むの?」

 抱き締め合ってから、対面で座ってすぐに、母がぽつりと問うた。
 シャルフィはつい眉をひそめてしまったけれど、問い自体は予想していた。

 両親の愛を疑ったことはない。けれど往々にしてその愛はシャルフィの意志を見ないふりをするもので、シャルフィにとっては少なからず息苦しい重石でもあった。
 だから、愛称で呼ばれ、抱き締められ、心配され、何くれとなく構われながら、シャルフィはこれまで、あまり母と深い話をしてこなかった。

 だから、話し始めは少し、よそよそしいものになったかもしれない。

「お母様、私、婚姻時の契約書の二枚目を見ました。将来の妊娠を妨げない方法で、と制限していたことは一応読みました。薬の服用をやめれば体に副作用も後遺症も残らぬことも、女医に説明を受けました。将来的な選択肢は残してくれたのでしょうけど。けれど私の未来を勝手に狭められたこと、いくら私への愛ゆえとおっしゃられても、許せません」

 母は黙って聞いている。落ち着いた表情からは、何も読み取れない。
 だが少なくとも、契約書の内容を娘に知られて驚いている様子はまるでなかった。

「もしかすると私は一生、自分が子を宿せない体なのかと自問し続け、真相を知らぬまま終わったかもしれませんね。たまたま私が我を張って薬をやめたから、運良く、こうして子を授かった。何度思い返しても、幸運だったとしか思えません。……たとえ死の危険があろうとも、私は、産みたい。お父様とお母様にいただいた命ではありますが、私は私の命の使い道を決めます」

 少し、シャルフィと同じ紅茶色の目が、揺れたかもしれない。
 シャルフィは息をついた。

「そう傲慢に思っていました。ごめんなさい」

 母の目があまりに大きく見開かれたので、つられてシャルフィも目を瞠った。
 もしや謝ったせいだろうか。そこまで驚くことだろうか。……驚くべきことなのかもしれない。

 邪魔はしないで。
 両親の愛を煩わしいと思ったとき、そう言ってたびたび駄々をこねてきたことを思い出した。仕方がない、そうして主張しないと、シャルフィは何にも挑戦できなくなってしまう。息ができなくなってしまう。だから目一杯強く言い張っていた。
 そうしないと自分か消えてしまうと信じていたから、謝ったことなど、一度もなかったかもしれない。

「自分の体の中に命を預かってるんだと先日やっと自覚ができた時から、しばらく考えていたんです。私とこの子は今一心同体で、私が苦しむとこの子が苦しくて、この子が苦しむと……ううん、そんな思いはさせたくありません。私の守れる限り。この子が生まれて、私とは切り離されても。
 そしてそれは、私とこの子だけに限らなくて。私が、さも私の自由だとばかりに苦しむのは、お父様とお母様も苦しませることだったんですね。私一人で生きているかのように勘違いして、皆の心配も助けもただ煩わしがって感謝もせず。いつも、私を思ってくれてのことだったのに」

 母の目に涙が浮かび、すっと頬に流れ落ちた。
 シャルフィの心が一層暗く塞いだ。

「でもそれでも、皆にまた心配と面倒をかけてでも、やっぱり産みたい。産みたいの。親不孝をお許しください、お母様」

 母は黙って立ち上がってシャルフィの傍らへ寄り、我が子の大きさを確かめるように、シャルフィを抱き締めた。

「シャル、貴女の体が弱くて、親なのにどうにもしてあげられないことをもどかしく思ったわ。でも、親不孝だなんて思ったことはない。貴女の小さな体が燃えるように熱かった日、貴女の息が溺れる人のように湿った泡の音がして苦しんでいた夜、いつも生きた心地がしなくて、私たちはすっかり臆病になってしまったけれど。大人の怯えを吹き飛ばす勢いの貴女は、輝いていて、美しい。自慢の娘よ。
 今だって、貴女は気がついた。気がついて偉いわ、シャル。何も遅くはない。ええ産みなさいな。そして育て上げるのよ」

 初めて聞く母の心のはずだ。
 けれど不思議と、知っていた気がした。心配で縛り付けるようにあれこれ駄目駄目と言われたけれど、反対にそれ以外は、何をしてもこうして褒められていた記憶がある。
 シャルフィはだから、両親の愛を疑ったことはない。

 同じようにシャルフィも、疑いなく腹の子を愛せるはずなのに。
 鬱屈したこの頃は、まるで自分を縛り付ける鎖のようで、つらい。息ができない。つらい。

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