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少しずつ見えてきて1
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それから数日経った今日、給仕をするエネの様子がおかしい。
シャルフィの居室まで数人で運んできて並べた朝食を、他の侍女が下がってから、一つ一つの皿を持ち上げて眺めている。
「なにをしてるの?」
「あっ、いえ、あの……」
要領を得ないのでシャルフィがグラスに手を伸ばせば、エネがそれをはっしと掴んだ。
「お、奥様、あの、その、毒味をいたします」
「……毒味?」
「つまりその」
「リウトが、私の食事に堕胎薬を入れているかもしれないと?」
エネはさすがに肯定を返さなかったが、グラスを離そうとしない。
「たぶん大丈夫よ」
「ですが、旦那様のご様子は普通ではないようでしたし」
「そうだけど、さすがに……。それに今更よ。今まで大丈夫だったじゃない。リウトなら、いつだって入れさせられるはずよ? 全部疑ってたら、何も食べられないで結局死んでしまう」
促すと、渋々エネは手を離した。
エネにつられてグラスを透かし見るが、特に色もついていない。飲んでも、只の水だ。
「いつもの水ね」
「き、気持ち悪くは?」
「ならないわ。香り付けのない水はまだ慣れないわね。」
食事の内容も、この頃は以前と何かが違う。もしかすると、料理長が変えられたのかもしれない。
何にせよ、シャルフィには為す術がないのだ。
食べたいものだけを摘まんで、また長椅子にだらりと寄りかかる。エネに最低限の身支度は調えてもらってあるが、気が塞いで、何をする気にもなれない。
ぼんやりとしていると、侍女長が、今日は午前中に庭を自由に散策してよいというリウトの許可を伝えにやって来た。
「お加減はいかがですか? アナ・マルゴ医師のお言い付けどおり、規則正しい生活と、奥様の体力を付けるためのお散歩、頑張りましょうね。お食事とお着替えがお済みなら、今から庭に行かれますか?」
あの日はひどく青ざめていた侍女長は、リウトがシャルフィのためにと気を配るたびに警戒を解いていき、今は憂いが取れたようににこやかだ。
シャルフィはしばらくその顔を見てから、黙って立ち上がった。帽子と日除けのショールを被り部屋を出る。
昨日も、散歩はした。
だから完全に部屋に引きこもっていたのは丸二日ほど。その間に体重は微増し、筋力は落ちた。歩くたびに自分の体の重みを感じるようになっていて、歩みはゆっくりだ。もどかしい歩調で階段を降り、踊り場のテラスから庭へと出た。
日はすでに高く、シャルフィは眩しさに目が慣れるのを待って、エネの差し出してくれる大きな日傘の下を歩いた。数歩遅れて、今日は侍女長も付いてきている。
庭は花盛り。明るい光を浴びて色とりどりに咲き誇っている花の間を、黙々と歩く。
少し疲れてきたな、というところで、シャルフィは立ち止まった。
「あそこに椅子の用意がございます。あそこまで行かれますか? 椅子をお持ちしましょうか」
少し先、背の高い生け垣に囲われた日陰に、一人がけの椅子が用意されていた。ご丁寧に膝掛けまで置いてある。散歩の途中に一息つくにはとても心地よさそうな場所だ。
「昨日はなかったわ」
「ええ、今日急いでご用意を」
「リウトに言われて?」
侍女長はさようでございます、と澄まして答えた。
「とても親身にいろいろとお考えのようですよ。こうすれば、無理なく奥様に散歩していただけるのだと、私、思い至らなかったことが少し悔しいほどでございます」
シャルフィの居室まで数人で運んできて並べた朝食を、他の侍女が下がってから、一つ一つの皿を持ち上げて眺めている。
「なにをしてるの?」
「あっ、いえ、あの……」
要領を得ないのでシャルフィがグラスに手を伸ばせば、エネがそれをはっしと掴んだ。
「お、奥様、あの、その、毒味をいたします」
「……毒味?」
「つまりその」
「リウトが、私の食事に堕胎薬を入れているかもしれないと?」
エネはさすがに肯定を返さなかったが、グラスを離そうとしない。
「たぶん大丈夫よ」
「ですが、旦那様のご様子は普通ではないようでしたし」
「そうだけど、さすがに……。それに今更よ。今まで大丈夫だったじゃない。リウトなら、いつだって入れさせられるはずよ? 全部疑ってたら、何も食べられないで結局死んでしまう」
促すと、渋々エネは手を離した。
エネにつられてグラスを透かし見るが、特に色もついていない。飲んでも、只の水だ。
「いつもの水ね」
「き、気持ち悪くは?」
「ならないわ。香り付けのない水はまだ慣れないわね。」
食事の内容も、この頃は以前と何かが違う。もしかすると、料理長が変えられたのかもしれない。
何にせよ、シャルフィには為す術がないのだ。
食べたいものだけを摘まんで、また長椅子にだらりと寄りかかる。エネに最低限の身支度は調えてもらってあるが、気が塞いで、何をする気にもなれない。
ぼんやりとしていると、侍女長が、今日は午前中に庭を自由に散策してよいというリウトの許可を伝えにやって来た。
「お加減はいかがですか? アナ・マルゴ医師のお言い付けどおり、規則正しい生活と、奥様の体力を付けるためのお散歩、頑張りましょうね。お食事とお着替えがお済みなら、今から庭に行かれますか?」
あの日はひどく青ざめていた侍女長は、リウトがシャルフィのためにと気を配るたびに警戒を解いていき、今は憂いが取れたようににこやかだ。
シャルフィはしばらくその顔を見てから、黙って立ち上がった。帽子と日除けのショールを被り部屋を出る。
昨日も、散歩はした。
だから完全に部屋に引きこもっていたのは丸二日ほど。その間に体重は微増し、筋力は落ちた。歩くたびに自分の体の重みを感じるようになっていて、歩みはゆっくりだ。もどかしい歩調で階段を降り、踊り場のテラスから庭へと出た。
日はすでに高く、シャルフィは眩しさに目が慣れるのを待って、エネの差し出してくれる大きな日傘の下を歩いた。数歩遅れて、今日は侍女長も付いてきている。
庭は花盛り。明るい光を浴びて色とりどりに咲き誇っている花の間を、黙々と歩く。
少し疲れてきたな、というところで、シャルフィは立ち止まった。
「あそこに椅子の用意がございます。あそこまで行かれますか? 椅子をお持ちしましょうか」
少し先、背の高い生け垣に囲われた日陰に、一人がけの椅子が用意されていた。ご丁寧に膝掛けまで置いてある。散歩の途中に一息つくにはとても心地よさそうな場所だ。
「昨日はなかったわ」
「ええ、今日急いでご用意を」
「リウトに言われて?」
侍女長はさようでございます、と澄まして答えた。
「とても親身にいろいろとお考えのようですよ。こうすれば、無理なく奥様に散歩していただけるのだと、私、思い至らなかったことが少し悔しいほどでございます」
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