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職人の矜持

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 円形の紐台に、中央の穴から放射状に色とりどりの糸がかかっている。台の周囲に垂れ下がる糸の端には、手のひらサイズの木製の糸巻きがぶら下がっている。
 フォルセの両手は、糸巻きを移動させて糸を交差させ、優しく締めたと思えばまた別の糸を交差させている。動きにつれて、糸巻きが台の四つ足に触れて柔らかな音が立つ。
 音が鳴るのと歩調を合わせて、中央の穴から下へと、紐が伸びた。

 糸巻きの数は40で多いが珍しくはない。だが色数は魔素の基本四色と銀糸の五色。糸巻きにかかる四色の糸は白を基調にしてゆるゆるとその色の濃淡を変えて束ねられている。
 目で見ていては、色の変化に手が惑わされる。だからフォルセは色を見ずに体の記憶の通りに手を動かし、糸の張力を指に感じて、正しい力加減で糸を締めていく。
 糸は規則正しく互いに絡まり、同時に、角張った紐の四面すべてに同じ鎖模様が浮き出るように、銀糸を織り込んでいく。
 誰にでもできる技ではない。

 いつもは女職人たちのささやきで賑やかな組紐工房が、とても静かだった。誰もが、フォルセの手元を固唾を飲んで見守っていた。
 不調を通り抜けて、ずっと規則正しく動き続けていたその手が止まって、紐の末端の飾り結びを施した時には、工房中が息をついた。
 巻き糸の少なくなった糸巻きを切り離し、端を整えてから、小指の爪ほどの幅の紐を巻き取りながら検分する。
 なめらかな綾。乱れのない光沢。きゅっと引っ張れば少し伸び、強靱にまた戻るしなやかさ。そして何より、基本魔素の四色を絡め取り封じ込めて煌めく、銀の鎖の鮮やかさ。
 凝り固まった首と肩を揉みながら、フォルセは満足げに微笑んだ。
 職人としての、誇らしい笑みだった。

 組み上がった紐を見て、メギナルは頬を赤らめてまで喜んでくれた。

「素晴らしいよ。僕のために、苦労して組んでくれて、本当にありがとう。魔術師の正装には、必ず身につけるよ」

 ここまで喜んでもらえるとは思わなかった。
 フォルセの頬が、ゆるりと上がる。
 もういいかな、と思った。前世の婚約者に、ここまで感謝されて、悔いはない。
 ――ただ最後に。
 フォルセは、記憶に別れを告げるために、狭かった自分の世界を広げることにした。




 糸工房へ、職人組合へ、組紐の卸先へと。
 それとなく、話を聞きに出かけた。
 魔術師は、憧れと畏怖の的。彼らは常に、人の注目を浴びている。
 だから、人と付き合い慣れていないフォルセでさえ、ちょっと話を振れば、知ることができた。
 魔術師メギナルと婚約者のプリア嬢は、幼い頃から婚約者の間柄で、魔術師として参加する公式な式典にはいつもプリアが寄り添い、相思相愛仲の良い二人なのだという。
 そこにフォルセの影など、微塵もなかった。

 どうしようもない理由で別れた初めの婚約者として、自分こそ正しい相手だと、どこかで思っていた。奪いたいとまでは思っていなかったけれど、プリアより近いところにいるかもしれないと、謂れのない優越感を感じたこともあるから、時間の問題だったのかもしれない。
 けれど実際は、仲の良い婚約者の間に勘違いして割り込んだ、横恋慕の女でしかない。割り込むことさえ、できていなかったと、今ならわかる。

 思わせぶりなメギナルの態度は、何だったのか。
 魔術師は前世をも見通して、今世は結ばれるつもりのない昔馴染みを、少し懐かしんで戯れたのだろうか。
 さすがに重い気持ちを抱えて街を彷徨っていたフォルセの横に、馬車が横付けされた。

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