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26_混乱
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仕事を終え、自宅の最寄り駅で降りる。6時半で終業なので、駅には7時前後に着くことが多い。
「タク、今日だけ。ちょっとだけ飲ませて。明日からまた頑張るから」
心の中でタクに許しを請い、チェーン店の居酒屋に入った。以前、タクと白石さんの歓迎会で使ったあの店だ。特別美味いものを食べたいわけじゃない。安い酒でいいから酔えればよかった。
この店には、お一人様用のカウンター席が6つほどある。他の客席からは目に入りにくい位置にあるのが、今の俺には有り難かった。
「ふう」
思わずため息がもれる。
今、タクはどこで何をしているのだろう。
——————————
水さえあれば食事も宿も要らない
——————————
タクが残した手紙の一文だ。
食事が要らないのは分かるが、宿も要らないという部分に胸を痛める。持って出たのは、たったの5万円。宿を渡り歩くなんていうのは不可能だろう。夜は人気の無い公園などで、体を休めているのだろうか。それとも無尽蔵な体力にものを言わせ、夜通し歩いているのだろうか。
何もしなくてもいいから、俺の家に居てくれれば良かったのに。深夜に1人、屋根も無い場所に居るタクを想像すると涙が溢れそうになる。
この現状を誰かに相談したらどうなるだろう?
いや、相談したところで、タクがロボットだなんて、誰一人として信用しないだろう。信用して貰うには、あの人形が俺へと変化するのを動画にでも収めておくべきだったのだろうか。そんなものがあっても「フェイク動画だ!」と一蹴されてしまうのがオチだろう。
何より、白石さんには相談出来ない。次に会おうと約束しているのは、タクではなく、従兄弟の斉藤拓也なのだから。
よくよく考えると、今の俺は人をだまし続けている事になる。悪いことをしているつもりは無かったが、いつしか、色々な人を傷つけてしまうのだろうか。
「いらっしゃいませー」
居酒屋の入り口に目をやると、山岡と彼の友人らしき人物が入ってきた。カラオケボックスの店員に会うかもしれないとは思っていたが、本当にそうなってしまうとは。ちなみに、白石さんは今日のバイトは休みだ。
彼と友人は4人掛けのテーブルに着いた。俺は山岡の事はよく知っているが、俺と彼は会ったことがない。挨拶しない方が自然だろう。
数分も経たず、「いらっしゃいませー」という声が再び聞こえてきた。入り口に顔を向けた俺の目に飛び込んできたのは、白石さんと彼女の友人と思われる女性だった。白石さんは店内をキョロキョロと見渡し、山岡に気付くと小さく手を振って彼らの席に向かった。
何という日だ……
俺は白石さんと付き合っている訳じゃ無い。彼女が誰と会おうと、俺には何も言う資格は無い。だが、他の男たちと飲んでいる所なんて見たくなかった。山岡は良い奴だが、普段から女性付き合いが多く、彼の友人も同じタイプなのでは? と勘ぐってしまう。
彼らの会話なんて聞きたくも無いのに、知らず知らずのうちに、聞き耳を立ててしまった。だが、他の客の会話や店舗のBGMのおかげで、俺の耳まで届くことは無かった。時々上がる、山岡の大きな笑い声を除けば。
彼らはこの店にどのくらい滞在するのだろうか。トイレは彼らの前を通らずに済むが、俺が先に店を出るとなる場合、彼らの席の前を通らないといけない。
タクが家を出たことだけで頭がいっぱいだったのに、この店に来たおかげで、それどころでは無くなってしまった。
「タク、今日だけ。ちょっとだけ飲ませて。明日からまた頑張るから」
心の中でタクに許しを請い、チェーン店の居酒屋に入った。以前、タクと白石さんの歓迎会で使ったあの店だ。特別美味いものを食べたいわけじゃない。安い酒でいいから酔えればよかった。
この店には、お一人様用のカウンター席が6つほどある。他の客席からは目に入りにくい位置にあるのが、今の俺には有り難かった。
「ふう」
思わずため息がもれる。
今、タクはどこで何をしているのだろう。
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水さえあれば食事も宿も要らない
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タクが残した手紙の一文だ。
食事が要らないのは分かるが、宿も要らないという部分に胸を痛める。持って出たのは、たったの5万円。宿を渡り歩くなんていうのは不可能だろう。夜は人気の無い公園などで、体を休めているのだろうか。それとも無尽蔵な体力にものを言わせ、夜通し歩いているのだろうか。
何もしなくてもいいから、俺の家に居てくれれば良かったのに。深夜に1人、屋根も無い場所に居るタクを想像すると涙が溢れそうになる。
この現状を誰かに相談したらどうなるだろう?
いや、相談したところで、タクがロボットだなんて、誰一人として信用しないだろう。信用して貰うには、あの人形が俺へと変化するのを動画にでも収めておくべきだったのだろうか。そんなものがあっても「フェイク動画だ!」と一蹴されてしまうのがオチだろう。
何より、白石さんには相談出来ない。次に会おうと約束しているのは、タクではなく、従兄弟の斉藤拓也なのだから。
よくよく考えると、今の俺は人をだまし続けている事になる。悪いことをしているつもりは無かったが、いつしか、色々な人を傷つけてしまうのだろうか。
「いらっしゃいませー」
居酒屋の入り口に目をやると、山岡と彼の友人らしき人物が入ってきた。カラオケボックスの店員に会うかもしれないとは思っていたが、本当にそうなってしまうとは。ちなみに、白石さんは今日のバイトは休みだ。
彼と友人は4人掛けのテーブルに着いた。俺は山岡の事はよく知っているが、俺と彼は会ったことがない。挨拶しない方が自然だろう。
数分も経たず、「いらっしゃいませー」という声が再び聞こえてきた。入り口に顔を向けた俺の目に飛び込んできたのは、白石さんと彼女の友人と思われる女性だった。白石さんは店内をキョロキョロと見渡し、山岡に気付くと小さく手を振って彼らの席に向かった。
何という日だ……
俺は白石さんと付き合っている訳じゃ無い。彼女が誰と会おうと、俺には何も言う資格は無い。だが、他の男たちと飲んでいる所なんて見たくなかった。山岡は良い奴だが、普段から女性付き合いが多く、彼の友人も同じタイプなのでは? と勘ぐってしまう。
彼らの会話なんて聞きたくも無いのに、知らず知らずのうちに、聞き耳を立ててしまった。だが、他の客の会話や店舗のBGMのおかげで、俺の耳まで届くことは無かった。時々上がる、山岡の大きな笑い声を除けば。
彼らはこの店にどのくらい滞在するのだろうか。トイレは彼らの前を通らずに済むが、俺が先に店を出るとなる場合、彼らの席の前を通らないといけない。
タクが家を出たことだけで頭がいっぱいだったのに、この店に来たおかげで、それどころでは無くなってしまった。
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