上 下
4 / 49

04_初めてのアルバイト

しおりを挟む
 タクと暮らし始めて2週間が経った。
 
 俺が前に勤めていた会社を辞めたのは2年前。そして今は、FXトレーダーとして生活を送っている。だが、成績は芳しくなく、日に日に資金を減らしていく毎日だった。

 そんな俺の収入を補うため、タクをバイトに行かせる事を決めた。すぐに面接日も決まり、面接の翌日には採用との連絡があった。そして今日が初出勤となる。

「いいじゃん。なかなかイケてる。格好いいよタク」

「ありがとう。って言っても、職場に着いたらすぐ制服に着替えるけどね」

 先日買ったばかりの服を着て、鏡を前に襟や裾を整えるタク。AIの学習速度は驚異的で、最近はタクともごくごく普通に会話が出来る。俺がFXをやっている間にタク一人でテレビを見ている事もあり、ニュースなんかに関しては俺が教えられる事の方が多かった。

「じゃ、悪いけどここから先は俺がやるから。ちょっと休んでて」

「気にしないで。じゃまたバイト後に」

 タクが言い終わるのを確認して、ゴーグルをオンにした。タクが来て2週間経った今も、タクを外出させる時には俺が操作している。面接はもちろん、今日の初出勤も中身は俺だ。いつまでも子離れできない親のようだが、このバイトに慣れるまでは俺が操作するつもりでいる。


 バイト先は家から徒歩3分の、小さなカラオケボックス。タクを初日に連れ出したコンビニの2階にある。自宅から近い場所を選んだのは、何かあった時にフォローしやすいと考えたからだ。

 カラオケ店の自動ドアをくぐると、受付カウンターにいた、いかにも軽そうな男性店員が声をかけてきた。

「いらっしゃいませ!」

「初めまして、今日からバイトに入る斉藤です」

「ああ、斉藤さんですね! 店長から聞いてます。どうぞどうぞ、更衣室こちらっす」

 見た目通り、話し方も軽いその男性は、笑顔で更衣室まで先導してくれた。

 着替えを済ませ、改めて先ほどの男性と挨拶を交わす。名は山岡、24歳フリーターだそうだ。この時間帯はヒマな事が多いようで、一通りの説明を聞く事が出来た。俺がタクを操作している間もAIは稼働しているので、俺よりタクの方が仕事内容はしっかり把握出来ているのでは無いかと思う。

「斉藤さん、32歳なんすよね。めっちゃ若く見られません? 髪型も服装もイケてるし」

 先日、タクを服屋に連れて行った甲斐があった。店員に全部お任せで選んで貰ったのが正解だったようだ。——って言うか、何で俺の歳を知ってるんだ。

「いやいや、全然。そんなの言われた事無いですよ」

 俺自身はそんな風に言われた事が無いので、正直に答えておいた。

「またまたぁ。……って言うか全然タメ口で大丈夫っすよ。8つも先輩なんすから。——それより近々コンパあるんですけど、斉藤さん、そういうのは興味ないっすか?」

 唐突なコンパの誘いに少々驚いた。彼なりに気を使って、俺との距離を縮めようとしてくれているのだろうか……とりあえず直近の誘いは適当に断ったが、いつかは飲みに行きましょうよ、という流れになった。

「——実は俺、夜は酒も食事も取っちゃダメなんですよ。気を使わせちゃうんじゃないかと思って、泣く泣く断る事多いんですよね」

「やっぱり! 体締まってるし、何かやってると思ってたんすよ。格闘技とかですか?」

「いやいや、そういうのじゃ無いんですけど。——契約上、ホントは言っちゃダメなんですけど、治験って分かります? とある医薬品を毎日飲んでるんですけど、それを飲むと15時以降は水かお茶以外は摂取しちゃダメ、っていう決まりがあって」

 予め考えておいた言い訳だ。まさかバイト初日から使う羽目になるとは思わなかったが。

「なんすかそれ……それ守ったらお金貰えるんすか?」

「そうそう。製薬会社から。一応、守秘義務があるのでこれ以上は言えないんですけどね」

「へー、そんな仕事あるんですねぇ。でも俺は無理だ、夜に飯も酒もダメだなんて一生無理だ……斉藤さん、凄いっすね!」

 そう言って山岡はハハハと笑った。

 結局その日は数組の客が来ただけで、後は殆ど山岡と話をするだけの一日となった。人と話すのはそんなに得意じゃ無かったが、山岡が話し上手なのか、タクを介して話しているからなのか、驚くほどに会話が弾んだ。



「ただいま」

「おかえり、お疲れ様」

「お疲れって言っても、俺はコンビニで買い物しかしてないけどね」

 タクはそう言って笑った。コンビニに入る段階で、AIの自動運転に切り替えてみたのだ。自宅以外で自動運転にするのは初めての事だ。

「モニターで見てたけど、行動がまんま俺だね。コンビニ行くくらいならタク一人で十分だわ」

 タクを自動運転している際は、ゴーグルがモニター代わりになる。タクの行動もこれで確認できるから安心だ。

「今日のバイトの感じじゃ、俺一人で十分かな? とも思ったけど。山岡くん、良い感じの人で良かったね」

 ああ、確かに。と同意はしたが、タクの台詞に言いようのない違和感を覚えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...