魔法少女に転生したけど、俺はオジサンです

第1話: 「オッサン、転生して美少女になる」

俺の名前は田中和也。45歳、独身。仕事はIT系の企業でシステムエンジニアとして働いていた。まあ、働いていたと言っても、実際にはデスクに座ってコードを書いてるだけの地味な毎日だ。年収はそこそこだが、彼女ができたことなんて一度もない。そう、俺は生まれてから一度も恋愛経験がない、生粋の「童貞」だ。

趣味といえば、家でゲームをすることと、たまにコンビニで買うビール。それから、休日は家でネットサーフィン。SNSは見る専門で、投稿なんてしたことはない。友達は少ないというか、ほぼいないに等しい。会社の同僚とも最低限の会話しかしないし、プライベートで誰かと会うことなんて、もう何年もなかった。

そんな俺がなぜ死んだか？ それはまさに、俺のこの退屈で無意味な生活を象徴するような事故だった。

その日は金曜日の夜だった。俺はいつものように、会社でのクソみたいな一日を終え、最寄りのコンビニでビールとチキンを買った。家に帰って、パソコンの前に座り、オンラインゲームの世界に没頭する予定だった。唯一の楽しみと言ってもいい時間だ。

だが、その日は何か違った。帰り道、突然猛烈な疲労感に襲われたんだ。歩いている途中で意識が遠のき、気がついた時には、目の前にトラックが迫っていた。

「あ、やばい…」

そう思った瞬間には、もう遅かった。トラックが俺を跳ね飛ばし、そのまま道路に叩きつけられた。痛みもほとんど感じなかった。ただ、「あぁ、終わったな」と思いながら意識が遠ざかっていった。

目を覚ました時、俺は全く知らない場所に立っていた。青い空、草原が広がり、どこかのファンタジーRPGにでも出てきそうな異世界風景だった。

「ここ…どこだ？」

だが、もっと驚いたのは自分の姿だ。俺の体は完全に変わっていた。身長は小さくなり、手足は細く華奢になっている。鏡を見ると、そこに映っていたのは、可憐な金髪の美少女だった。

「えっ…？ これ、俺か？」

信じられないが、どうやら俺は美少女になってしまったらしい。しかも、どう見てもアニメとかで見る「魔法少女」っぽい姿だ。フリフリの服にリボン、そしてやたらときらびやかな装飾。俺が着たい服のはずがない。

「あぁ…俺、こんな可愛い姿に…どうしてこうなった？」

自分の顔を何度も確認し、呆然と立ち尽くしていると、突然、頭の中に何かが流れ込んできた。

『あなたは、魔法少女リリィとして、この世界を救う使命を負っています。魔王を討伐し、人々を救うのです』

「はあ？ なんだそれ！？」

訳のわからない声が俺の頭の中に響き渡る。どうやら、俺は「魔法少女リリィ」として、この世界に転生したらしい。しかし、いくら見た目が少女でも、中身は45歳のオッサンだ。

「待て待て待て！ 俺、こんなこと聞いてないぞ！」

俺の抗議もむなしく、次々に情報が頭に流れ込んでくる。どうやら、俺はこの世界で「魔法少女」としての能力を持っているらしい。魔法を使って戦い、魔王を倒さなければならないらしい。普通ならワクワクするような展開だが、俺にとってはまさに悪夢だった。

「いや、なんで俺がこんなことに…俺はただ普通にビール飲んでゲームして、寝て過ごしたかっただけなのに…」

こうして、俺の異世界生活が始まった。

「はぁ、どうすりゃいいんだよ…」

草原にポツンと立ちながら、俺は呆然と自分の状況を考えていた。転生してしまったのは仕方がないとして、問題はこれからどう生きていくかだ。この世界に知り合いはいないし、俺のオッサン的なスキルが役に立つとも思えない。

「魔法…使えるのか？」

試しに、両手を広げてみるが、何も起きない。俺が知ってる魔法少女って、もっと派手な魔法をバンバン使うものじゃなかったか？ 俺の頭の中にあるのは、現実世界での無駄な知識と経験ばかりだ。

「なんだよ、これじゃ普通のオッサンじゃねえか…」

ため息をつきながら座り込んでいると、突然、背後から何かの気配を感じた。振り返ると、そこには大きな狼がこちらを睨みつけていた。牙をむき出しにして、今にも飛びかかってきそうだ。

「うわっ、マジかよ！」

瞬時に逃げ出そうとしたが、足がすくんで動けない。まさか、転生していきなり死ぬのか？ 俺の頭はパニック状態だった。

「頼む、何か出ろ！ 魔法でも何でもいいから！」

必死に祈るような気持ちで手をかざすと、突然、俺の手元にキラキラと光る缶が現れた。それは…

「…ビール？」

そう、召喚されたのは冷えた缶ビールだった。魔法少女が出すべき魔法ではない。だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

「とりあえず飲むか…」

俺は冷えたビールを一気に飲み干した。不思議と体が少しリラックスする。そして、思わず叫んだ。

「うまいっ！」

その瞬間、俺の体から不思議な力が湧き上がり、なんと狼を一撃で吹き飛ばしてしまった。

「…え？」

呆然と狼が消えるのを見送りながら、俺は自分が何をしたのかよく分からなかった。だが、一つだけ確かなことがある。この世界では、オッサンの「ビール魔法」が強力な力を発揮するらしい。

「俺、これで世界救えるのか？」

自分の新たな力に戸惑いながらも、俺の異世界生活は始まった。