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海岸編

長老の葛藤

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 長老は回帰主義者の二人を認知しながら、静かに歩み寄り、リックへと懺悔をするように告げる。

「すまんな、里の裏切り者の炙り出しに利用する形になってしもうた」

 そう言って長老は、焦げた兵士たちの方を見ながら、悲痛な表情をうかべ 

「彼らにも、すまん事をした……」

 絞り出すように言った。

「兄上、ご無沙汰しております」

 長老の認知範囲の中にいるにも関わらず、アールトがいつもの余裕を感じさせる笑みを浮かべながら、悪びれもせずに挨拶をする。

「軽口を叩くでないわ、裏切り者が」

 にべもない長老の言葉に、アールトは口元に笑みを残しつつも、スッと目を細めた。

「裏切っているのは、兄上でしょう? 高貴な存在であるエルフが、人間どもの風下に立つような扱いをされ、それを受け入れている。我々はエルフの誇りを忘れたあなたとは、違う」

「その誇りとやらの為に、この世界を滅ぼすのか?」

「私はやつらを…… 飲み込んでみせますよ」

「無理じゃ!」

 長老は叫んだあと、アールトの横にいるサイートを見る。

「まさか貴様も、そのような下らんことに唆されたのか!? いつから奴等と通じておった!?」

 サイートは長老の質問には答えず、肩を竦めてアールトに話し掛ける。

「この場は、引こう。さすがに不利だろう」

「そうだな」

 アールトも頷いて認める。

 二人は逃走の為に「チェンジ」を発動しようと認知を分割し、術を使うために解析をするが──

「逃がさん!」

 長老の認知分割からの素早い解析、反論により、回帰主義者二人の術は防がれる。

(流石だ!)

 そう心の中で賞賛しながら、長老が二人へと反論することと、その成功を信じていたリックは既に駆け出していた。

 想像以上の速度で間合いを詰めてくるリックを見て、止める手段が見つからなかったアールトが──サイートの背中に手を添え、リックの方へと押し出す。

「なっ!?」

 突然仲間に背中を押され、体勢を崩したサイートの表情が驚愕に染まる。アールトはその表情を確認することも、気にすることもせず走り出し、ミーロードのもとへ駆け寄った。

 押し出されたサイートは、間合いを詰めてきたリックの攻撃を、なんとか躱そうと踏ん張るが……

「うっ!」

 鳩尾辺りにリックの拳が埋め込まれる。腹部に強烈な一撃を貰い、苦悶の表情を浮かべながら地に伏した。

 サイートを囮にすることによって、時間を稼ぐことに成功したアールトは、今も倒れたままのミーロードへとたどり着き、腰に装備していたダガーを鞘から抜き、ミーロードの首に添えた。

 場が、しばし膠着する。

 本来なら彼らの仲間でも何でもないはずのミーロードが、人質として機能するのかどうかは少し不安だったが──リック達が動きを止めたその様子を見て、アールトがいつもの笑みを浮かべながら、少し挑発するように話す。

「どうする? この無実の男の命を奪ってまで私を止めるか? もし良かったらこの男の命と引き換えに見逃してくれないか? あと逃がしてくれるなら…… サイートも癒して貰えないかな?」

 アールトの発言に、リックは長老を見る。

「判断は、お任せします」

 そう言った後で、長老がどう判断してもすぐに動けるようにアールトの方へ向き直る。

 長老は少し考えた後…… カスガとミルアージャの方を向いて

「すまんが、あの裏切り者の治療を頼む…… こんな争いにこれ以上の犠牲は出せん……」

 とサイートの治療を乞う。

「わかりました」

 とっさに襲われてもカスガよりは対応できるだろう、そう考えてミルアージャが返事をしながら頷き、サイートへ近付いた。膝を付いて胸の前で手を組んで祈る。

 リックの一撃で内臓にダメージを受け、激しい痛みに気絶していたサイートが目を覚まし、回りを見て状況を確認しながら立ち上がり、アールトの元へ向かう。

 サイートは怒りを隠さず、アールトを睨み付けた。

「貴様……」

 怒りの表情を浮かべるサイートの、針のように鋭い視線を受け流し、アールトは笑みを浮かべながら、あっさりと発言する。

「さっき助けられたから、ちゃんと君の治療もお願いしたんだよ? 置いて逃げるようなマネをしなかったし、兄上の登場で、この場を逃れる良い方法も他に無かったんだから、そんなに怒るなよ」

 サイートは笑みを浮かべるアールトとは対称的に、しばらく睨み付けていたが──アールトの悪びれもしない態度に目を閉じなから嘆息し──

「まぁ、そうだな。腹の虫が収まったとはとても言えんがな」

 そう言った後、二人は魔術を使用してこの場から消えた。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 二人が去った後、カスガが急いでミーロードの治療を始めた。

 まずはちぎれた両腕を仮に繋げ、少し失われていた組織を再生して補強したのち、神経を繋げていった。

「凄い……」

 自らも神学術を使うミルアージャが、思わずそう口にした。ミルアージャもあえて魔術、武術、神学術の3つの内、一番自信があるものはなにか? と聞かれれば神学術と答えるだろう。
 
 そんな彼女から見ても、今カスガが行っているのは神業としか思えないほどの緻密な作業だった。

「これで大丈夫だと思うんだけどなぁ」

 その作業の緻密さとは反対に、カスガは曖昧に感想を述べた。

 大量に出血していた両腕が繋がり、出血は止まっていた。

 しばらくして、気絶していたミーロードが目を覚ました。まだ立ち上がる程の気力はないのだろうが、なんとか上体を起こす。

「きちんと繋がったと思いますが、一応確認して貰えますか?」

 カスガの言葉に、ミーロードが両手を閉じたり開いたりしながら確認して、告げる。

「うむ、問題ない、助かった」

「大量の出血で体力が落ちています、しばらくは無理をしないでください」

 カスガの言葉に素直に頷くミーロードに、カルミックがバツの悪そうな顔で近付いて、目線を合わせるように膝を折り、頭を下げる。

「すみませんでした…… あの男は僕…… いや私の親の仇で…… 我を失ってしまったとはいえ……」

 歯切れ悪く話すカルミックに対して、ミーロードは首を振りながら、カルミックの肩へと手を乗せた。

「気にするな、私は生きている。私は奴がこの件に関わっているのを理解してしたのに、君達の言葉を信じずに行動した、その責任がある。それに……」

 ミーロードがリックへと顔を向け、尋ねる。

「あの男が、闘神の発生に関わっているという話は、本当か?」

「はい、間違いありません」

 リックの返事を聞いて、ミーロードは少し考えたあとでカルミックへと顔を戻し、告げる。

「なら君の気持ちもわかる。ロットマイルは…… 私の弟だ」

 カルミックははっとしてミーロードを見る。

 リックは交渉中に「闘神」と言った際に、ミーロードがそれまでの頑なな態度を、少し変えた理由が分かった気がした。

 表情はそのままで、少し遠くを見るように目を細めながらミーロードが話を続ける。

「親を早くに亡くし、二人で生きてきた。出来の良い弟とは言えなかったな…… いつも私と比較され、悩んでいた。そこを付け込まれたのかもしれん。今となっては確認のしようもないが……」

 そう言ってまたリックを見る。

「詳しい話を、聞かせてくれ」

 リックが頷いた。

「すみません、その前に」

 そう言ってカルミックはミルアージャの前まで歩いて行き

「これをお返しします。僕は規則を守れませんでした、除名してください」

 ミルアージャに支給されていた装備を差し出す。

 ミルアージャは腕を組みながら、黙ってそれを見ていた。その後、リックとカスガを順番に見て、また視線を戻し告げる。

「……罰として、今回使用分の魔石の購入は、私費で行って下さい、以上です」

「しかし……」

「こういうのは少し恥ずかしいのですけれど……私達には、あなたが必要ですわ」

 そう言った後でミルアージャが発言内容を証明するように、恥ずかしそうにプイッと顔を横に反らす。

 カルミックが周囲を見る。リックが目を閉じて笑みを浮かべながら静かに首肯し、カスガは胸の前で両手で握りこぶしを作りながらブンブンと首を縦に振っていた。

「ありがとう、みんな……」

 カルミックが、何かを我慢するように、声を震わせて呟いた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「しかし、良かったのか?」

逃走した二人の回帰主義者が、話をしていた。

「何が?」

 サイートの問いかけに、アールトが返事をする。

「王子……いや今は王か。奴を闘神の『素体ベース』にするために動いていたのだろう? この状況だともう城には戻れまい」

「それよりも闘神を倒すほどの戦力の確認が優先だと思ってね、それに君の話だと寒波が収まりそうなんだろ?」

「ああ、監視員の帰還を確認した」

「なら、そっちが優先だ。王が闘神になれば強力な存在だったろうが、あそこに封印された闘神ほどじゃあないだろう。まぁうまくやろう」

「そうだな」

 そのまま二人は、何処かへと姿を消した。
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