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第18話 詩の題名は
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「彼女はそのまま魔王城に滞在した、表向きは人質としてな。彼女の熱意に押され、最初は一笑に付していた俺も、それから二人で話すようになった。種族平等の為にどうすれば良いのかを。一年近く話し合い、方針は決まった」
毎日、毎日、彼女の淹れる茶を飲みながら、これからの事を語った。
魔王を継いでから、あんなに安らげる日々を過ごせるとは思っていなかった。
「方針としてはエレオノーラがイシリアを継ぎ、彼女か、その後継者が大陸統一を果たし、種族平等を布告する⋯⋯それが俺たちが考えたプランだ」
カレーナはここまでの話を聞いて考え込んでいる様子だったが、彼女なりにある程度纏まったのか、俺に疑問を投げてきた。
「じゃあ、エレオノーラ様が『最後の魔王』を倒し、その功績でイシリア王国を継いだのは、貴方達の計画だったという事?」
「そうだ。そして、彼女にも内緒だが、俺は秘密裏に万全を期した。彼女の目的に反対しそうな人物は、事前に全員⋯⋯俺が変えた。あとはイシリア王国による、大陸統一の妨げになりそうな勢力にいた重要人物も、だ。 計画の障害となりかねない人物の選定は、彼女の従者ハーヴェルと相談して決めた。だから表のプランはエレオノーラと、裏のプランはハーヴェルと⋯⋯といった感じだ」
カレーナがはっとした表情をする。
俺が変えた、その言葉の意味を理解したのだろう。
そう、いくら魔王を誅したという功績があっても、第三王女であるエレオノーラが国を継ぐのは、普通に考えれば流石に不可能だ。
「じゃあ、ある意味で貴方が、帝国樹立の御膳立てをした、という事ね⋯⋯」
「ああ」
実際イシリア王国が大陸全土を征服する際、降伏を選んだ国家元首が多かったとされるのは、俺が彼らに言い含めていたからだ。
──イシリア王国による統一を支援しろ、と。
「でも、貴方が大陸を統一して、同じように布告しても良かったのでは?」
「いや、今でこそ魔王という存在は過去になりつつあるが⋯⋯当時の他種族から魔族への忌避感は、恐らく君の想像以上だ。それに⋯⋯これは説明し辛いが、種族が持つ活力という点では、やはり人間が一番だろうと思った」
「活力⋯⋯?」
「これは恐らく、人類が他種族に比べ寿命が短く、繁殖力が高い点が起因しているのだと思う。寿命が長い種族ってのは、良くも悪くも漫然と時を過ごしがちだ」
「確かにそうかもね」
「人類は世代交代が他種族より早く進む。それは記録は残っても、記憶はどんどん更新されるという事だ。なら、魔族への忌避感も、他種族より薄れやすいだろうと考えた」
「そうかもね⋯⋯エルフなんて、当時の生き残りが今もいるくらいだし」
彼女の言葉に頷き、俺は話を続ける。
「それに、人類は他種族と繁殖できるという点も利点だ。例えば俺たち魔族は、ドワーフやオーガとは繁殖できない。その点人類は繁殖を通じて、他種族の特性⋯⋯魔法や技術などを積極的に取り入れてきたという歴史的経緯がある。その上でまだ進化の余地がある、という点で、中心に据えるにはお誂え向きだと考えた」
「なるほど⋯⋯まあ、こんなやり取りは、当時エレオノーラ様と散々やってるでしょうし、今更私が異を唱えるつもりもないわ」
「まあ、それもそうだ。とにかく俺達はある程度、今の形を想定しながら話を進めた。その上で現状を評価するなら、まあ、ぼちぼち上手くいっていると思うな」
エレオノーラとの話でも、種族平等というのは建て前としては成立しても、実際にはかなり先になるだろう、と予想していた。
恐らく何百年、何千年という時を経て、ようやく実現するかもしない、そんな話だろう、と。
今もまだ途中経過だが、当時と今を知る俺からすれば、かなり状況は改善されている。
「それで話もある程度まとまった。大まかに言えば、エレオノーラが当時の施策を担当し、俺は一度封印され数百年後に復活、もし計画が大きく狂っているなら修正する役目を負うことになった」
「なるほど、それで貴方はこの時代に来たのね」
「ああ。封印には、神龍の対策として開発された技術を使用する事になった。この封印には致命的な欠陥があったせいで、実際に使用される事はなかった。俺はその欠陥を逆に利用する事にした」
ここまでの話を理解出来ているか、カレーナに視線で確認する。
彼女が相槌代わりの頷きを返すのを見て、俺は話を先に続けた。
「人々の間で、封印された対象への恐怖が薄れると、封印が弱まる。つまり神龍という恐怖を先送りする事しかできない。だから俺がこの時代に復活したのは、魔王という存在に対して、人々の恐怖が和らいだ証拠でもある」
「なるほど⋯⋯」
「魔王への恐怖が薄らぐケースについて、俺は二つのパターンを考えていた。一つは魔族への差別意識が減少している場合。もう一つは、逆に魔族が虐げられ、大きく数を減らした場合だ」
「どちらも魔族への脅威度が下がった場合ね。確かにそうなれば、魔王への恐怖も薄らぐわ。実際貴方がここにいるのがその証拠って事ね」
「そういう事だ。下手したら千年後になる事も想定していたが、思ったよりも早かったな。そして、実際計画を実行に移すに当たり、問題が起きた」
言葉を一旦区切り、カレーナを見る。
彼女は口を挟む事なく、次の言葉を待っていた。
おそらく、彼女もある程度予想していたのだろう。
「俺とエレオノーラは──強く惹かれ合ってしまった」
──────────────────────
エレオノーラの父、イシリア王国国王レオニダースが危篤だという報せが入り、俺達は計画を実行する事にした。
事前に『闇の精霊』を駆使し、エレオノーラの支持基盤を盤石な物にはしていたが、それでも国王の崩御に合わせ彼女が女王となるのが自然だからだ。
何より、これ以上彼女といると⋯⋯俺自身が、いつまでも踏ん切りを付けられそうになかった。
幸い彼女には魔法を使える素養⋯⋯つまり、魔族の血が流れていた。
元々大陸に現存する王家の殆どは、魔族から魔法を扱う素養を受け継いだ者たちが興した家柄なのだから、当然だが。
エレオノーラに封印術の手ほどきを終え、儀式を行う準備は整い、いよいよ実行する時が来た。
──────────
儀式を行うのは、奇しくも俺が魔王を継いだのと同じ部屋だ。
魔力を増幅する為の宝具や魔法陣など、この大陸でも他にはない設備が整っている。
ハーヴェルは気を効かせたのか外で待機していた。
俺とエレオノーラ、最後の二人きりで過ごす時間。
封印術は満月の夜、月が最も高い場所にある時に行わなければならない。
術を行使する、その時間は近付いていた。
「シモン⋯⋯封印されるのを目前に控えた、今の心境は?」
別れを暗いものにしないためか、エレオノーラは明るく振る舞っていた。
俺も彼女に合わせる事にした。
「そうだな⋯⋯君の手によって、未来に貸し出されるような気分だ」
俺が叩いた軽口に、エレオノーラはくすりと笑った。
彼女は俺の言葉に、負けじと冗談めかして言葉を返した。
「あら、詩的な表現ね。その詩に題名を付けるなら⋯⋯『レンタル魔王』かしら?」
「急に陳腐な響きになったな⋯⋯」
「気に入らない?」
「いや⋯⋯民を放り出して消える王に、相応しい名前かも知れないな。機会があればそう名乗ろうかな」
「それってどんな機会かしら?」
「それも、復活したら考えるさ⋯⋯時代が変われば、そんな機会もあるだろうさ」
「じゃあ⋯⋯代々伝える事にするわ。もし、どうしようも無い事が起きたら、レンタル魔王が助けてくれるって」
「悪い子はレンタル魔王に食べられるぞ! でもいいぞ?」
そんな軽口を叩き合ってると、エレオノーラは不意に表情を沈ませた。
「ねぇ、シモン」
「ん?」
「何もかも投げ出して、このまま二人で、どこかへ⋯⋯なんて事は考えなかった?」
「考えたさ、何度も」
「うん、私も」
だが、それはできない。
すでに俺は何人も、この計画の為に人を変えてしまった。
それに、エルベルワルドを、誰よりも魔族の行く末を案じた彼を変えてしまった俺が、今更自分の責任を投げ出すわけにはいかない。
そして、何よりも──。
「エレオノーラ」
「うん」
「俺が愛した女は、使命を全うする覚悟を持つ女だ。もし、その使命を放棄するなら──もう、きっと愛せない」
「いじわるね。でも──私も」
お高いの気持ちが通じ合っている事を感じている間も、時は過ぎていく。
「⋯⋯名残惜しいが、そろそろ時間だ」
「⋯⋯そうね」
エレオノーラは詩を吟じるように、呪文の詠唱を始めた。
彼女の言葉を借りれば、それは『レンタル魔王』を未来に貸し出す、別れの詩。
封印が進むにつれ、俺の意識は遠くに運ばれていく。
儀式が終わる間際。
エレオノーラが言ったのか、あるいは俺の願望が生み出した幻聴なのか、彼女の囁きが聞こえた気がした。
『私、きっと生まれ変わって、貴方に会いに行くから──』
毎日、毎日、彼女の淹れる茶を飲みながら、これからの事を語った。
魔王を継いでから、あんなに安らげる日々を過ごせるとは思っていなかった。
「方針としてはエレオノーラがイシリアを継ぎ、彼女か、その後継者が大陸統一を果たし、種族平等を布告する⋯⋯それが俺たちが考えたプランだ」
カレーナはここまでの話を聞いて考え込んでいる様子だったが、彼女なりにある程度纏まったのか、俺に疑問を投げてきた。
「じゃあ、エレオノーラ様が『最後の魔王』を倒し、その功績でイシリア王国を継いだのは、貴方達の計画だったという事?」
「そうだ。そして、彼女にも内緒だが、俺は秘密裏に万全を期した。彼女の目的に反対しそうな人物は、事前に全員⋯⋯俺が変えた。あとはイシリア王国による、大陸統一の妨げになりそうな勢力にいた重要人物も、だ。 計画の障害となりかねない人物の選定は、彼女の従者ハーヴェルと相談して決めた。だから表のプランはエレオノーラと、裏のプランはハーヴェルと⋯⋯といった感じだ」
カレーナがはっとした表情をする。
俺が変えた、その言葉の意味を理解したのだろう。
そう、いくら魔王を誅したという功績があっても、第三王女であるエレオノーラが国を継ぐのは、普通に考えれば流石に不可能だ。
「じゃあ、ある意味で貴方が、帝国樹立の御膳立てをした、という事ね⋯⋯」
「ああ」
実際イシリア王国が大陸全土を征服する際、降伏を選んだ国家元首が多かったとされるのは、俺が彼らに言い含めていたからだ。
──イシリア王国による統一を支援しろ、と。
「でも、貴方が大陸を統一して、同じように布告しても良かったのでは?」
「いや、今でこそ魔王という存在は過去になりつつあるが⋯⋯当時の他種族から魔族への忌避感は、恐らく君の想像以上だ。それに⋯⋯これは説明し辛いが、種族が持つ活力という点では、やはり人間が一番だろうと思った」
「活力⋯⋯?」
「これは恐らく、人類が他種族に比べ寿命が短く、繁殖力が高い点が起因しているのだと思う。寿命が長い種族ってのは、良くも悪くも漫然と時を過ごしがちだ」
「確かにそうかもね」
「人類は世代交代が他種族より早く進む。それは記録は残っても、記憶はどんどん更新されるという事だ。なら、魔族への忌避感も、他種族より薄れやすいだろうと考えた」
「そうかもね⋯⋯エルフなんて、当時の生き残りが今もいるくらいだし」
彼女の言葉に頷き、俺は話を続ける。
「それに、人類は他種族と繁殖できるという点も利点だ。例えば俺たち魔族は、ドワーフやオーガとは繁殖できない。その点人類は繁殖を通じて、他種族の特性⋯⋯魔法や技術などを積極的に取り入れてきたという歴史的経緯がある。その上でまだ進化の余地がある、という点で、中心に据えるにはお誂え向きだと考えた」
「なるほど⋯⋯まあ、こんなやり取りは、当時エレオノーラ様と散々やってるでしょうし、今更私が異を唱えるつもりもないわ」
「まあ、それもそうだ。とにかく俺達はある程度、今の形を想定しながら話を進めた。その上で現状を評価するなら、まあ、ぼちぼち上手くいっていると思うな」
エレオノーラとの話でも、種族平等というのは建て前としては成立しても、実際にはかなり先になるだろう、と予想していた。
恐らく何百年、何千年という時を経て、ようやく実現するかもしない、そんな話だろう、と。
今もまだ途中経過だが、当時と今を知る俺からすれば、かなり状況は改善されている。
「それで話もある程度まとまった。大まかに言えば、エレオノーラが当時の施策を担当し、俺は一度封印され数百年後に復活、もし計画が大きく狂っているなら修正する役目を負うことになった」
「なるほど、それで貴方はこの時代に来たのね」
「ああ。封印には、神龍の対策として開発された技術を使用する事になった。この封印には致命的な欠陥があったせいで、実際に使用される事はなかった。俺はその欠陥を逆に利用する事にした」
ここまでの話を理解出来ているか、カレーナに視線で確認する。
彼女が相槌代わりの頷きを返すのを見て、俺は話を先に続けた。
「人々の間で、封印された対象への恐怖が薄れると、封印が弱まる。つまり神龍という恐怖を先送りする事しかできない。だから俺がこの時代に復活したのは、魔王という存在に対して、人々の恐怖が和らいだ証拠でもある」
「なるほど⋯⋯」
「魔王への恐怖が薄らぐケースについて、俺は二つのパターンを考えていた。一つは魔族への差別意識が減少している場合。もう一つは、逆に魔族が虐げられ、大きく数を減らした場合だ」
「どちらも魔族への脅威度が下がった場合ね。確かにそうなれば、魔王への恐怖も薄らぐわ。実際貴方がここにいるのがその証拠って事ね」
「そういう事だ。下手したら千年後になる事も想定していたが、思ったよりも早かったな。そして、実際計画を実行に移すに当たり、問題が起きた」
言葉を一旦区切り、カレーナを見る。
彼女は口を挟む事なく、次の言葉を待っていた。
おそらく、彼女もある程度予想していたのだろう。
「俺とエレオノーラは──強く惹かれ合ってしまった」
──────────────────────
エレオノーラの父、イシリア王国国王レオニダースが危篤だという報せが入り、俺達は計画を実行する事にした。
事前に『闇の精霊』を駆使し、エレオノーラの支持基盤を盤石な物にはしていたが、それでも国王の崩御に合わせ彼女が女王となるのが自然だからだ。
何より、これ以上彼女といると⋯⋯俺自身が、いつまでも踏ん切りを付けられそうになかった。
幸い彼女には魔法を使える素養⋯⋯つまり、魔族の血が流れていた。
元々大陸に現存する王家の殆どは、魔族から魔法を扱う素養を受け継いだ者たちが興した家柄なのだから、当然だが。
エレオノーラに封印術の手ほどきを終え、儀式を行う準備は整い、いよいよ実行する時が来た。
──────────
儀式を行うのは、奇しくも俺が魔王を継いだのと同じ部屋だ。
魔力を増幅する為の宝具や魔法陣など、この大陸でも他にはない設備が整っている。
ハーヴェルは気を効かせたのか外で待機していた。
俺とエレオノーラ、最後の二人きりで過ごす時間。
封印術は満月の夜、月が最も高い場所にある時に行わなければならない。
術を行使する、その時間は近付いていた。
「シモン⋯⋯封印されるのを目前に控えた、今の心境は?」
別れを暗いものにしないためか、エレオノーラは明るく振る舞っていた。
俺も彼女に合わせる事にした。
「そうだな⋯⋯君の手によって、未来に貸し出されるような気分だ」
俺が叩いた軽口に、エレオノーラはくすりと笑った。
彼女は俺の言葉に、負けじと冗談めかして言葉を返した。
「あら、詩的な表現ね。その詩に題名を付けるなら⋯⋯『レンタル魔王』かしら?」
「急に陳腐な響きになったな⋯⋯」
「気に入らない?」
「いや⋯⋯民を放り出して消える王に、相応しい名前かも知れないな。機会があればそう名乗ろうかな」
「それってどんな機会かしら?」
「それも、復活したら考えるさ⋯⋯時代が変われば、そんな機会もあるだろうさ」
「じゃあ⋯⋯代々伝える事にするわ。もし、どうしようも無い事が起きたら、レンタル魔王が助けてくれるって」
「悪い子はレンタル魔王に食べられるぞ! でもいいぞ?」
そんな軽口を叩き合ってると、エレオノーラは不意に表情を沈ませた。
「ねぇ、シモン」
「ん?」
「何もかも投げ出して、このまま二人で、どこかへ⋯⋯なんて事は考えなかった?」
「考えたさ、何度も」
「うん、私も」
だが、それはできない。
すでに俺は何人も、この計画の為に人を変えてしまった。
それに、エルベルワルドを、誰よりも魔族の行く末を案じた彼を変えてしまった俺が、今更自分の責任を投げ出すわけにはいかない。
そして、何よりも──。
「エレオノーラ」
「うん」
「俺が愛した女は、使命を全うする覚悟を持つ女だ。もし、その使命を放棄するなら──もう、きっと愛せない」
「いじわるね。でも──私も」
お高いの気持ちが通じ合っている事を感じている間も、時は過ぎていく。
「⋯⋯名残惜しいが、そろそろ時間だ」
「⋯⋯そうね」
エレオノーラは詩を吟じるように、呪文の詠唱を始めた。
彼女の言葉を借りれば、それは『レンタル魔王』を未来に貸し出す、別れの詩。
封印が進むにつれ、俺の意識は遠くに運ばれていく。
儀式が終わる間際。
エレオノーラが言ったのか、あるいは俺の願望が生み出した幻聴なのか、彼女の囁きが聞こえた気がした。
『私、きっと生まれ変わって、貴方に会いに行くから──』
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