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第13話 凶行
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倉庫の中に入る。
中は暗いものだと思っていたが、意外と明るい。
最近普及しつつあるガス灯が設置されていた。
最新設備とリフォームの影響か、外観ほどの古さは感じなかった。
それなりに広い空間は、一部オフィスに転用されているようだ。
壁の近くに幾つかの机と椅子が並べられている。
反種族共存主義連中のアジトといった所だろう。
五人ほどの騎士と、彼らに囚われた魔族の子が二人──クラリスと弟のロイだ──あとはヴァイスとカルミッドがいた。
子供たちは縄でくくられ、猿轡を噛まされたうえで眠らされている。
睡眠妖精の気配は感じない、恐らく睡眠薬の類いだ。
質の悪い物なら、解毒しないと副作用が出る。
少なくとも子供に使う代物じゃない。
一瞬怒りを覚えそうになるが、無理やり抑えた。
──怒りは禁物だ⋯⋯まだ、今は。
「さっきはよくも、ボクに恥をかかせてくれたな⋯⋯魔族ごときが」
ヴァイスの馬鹿馬鹿しい言葉に、俺の心中は少し穏やかになる。
「カレーナ様にフラれた八つ当たりはお止め下さい。元々は、ご自身が招いた事でしょう?」
「うるさい⋯⋯魔族、いいからまずは解除しろ」
「解除?」
「とぼけるなッ! ボクにかけた魔法だ!」
⋯⋯あー。
嘘ついたら苦痛に苛まれるってカレーナがデタラメ言った奴か。
すっかり忘れてた。
沸きかけた怒りは、すっと波が引くように収まる。
「ああ、申し訳ありません。完全に失念しておりました、只今解除します」
俺はパチンと指を鳴らした。
「はい、解除しましたよ」
「⋯⋯本当か? 実は解除してなくて、ボクが嘘をついたら苦しむようにしている、とかは無いか?」
「子供たちが人質に取られている状況で、そんな事しませんよ」
「ふん⋯⋯まあ、そうか」
「ただ、一言言わせて頂けるなら、嘘はお控え頂いた方がよろしいかと」
「黙れ、お前はボクの言うとおりにすればいいんだ」
「私に何をご所望ですか?」
俺の問いに、ヴァイスは口元に笑みを浮かべた。
「カレーナに、婚約破棄を思いとどまるように説得しろ」
「私が? 今日出会ったばかりの私の進言など聞き入れて貰えるとは思えませんが」
「うるさい、いいからやれ。魔法でも何でも使って、彼女の考えを変えるんだ」
人の考えを変える、まあ、そういう魔法もあるにはあるが。
そんなに便利じゃない。
「そんな魔法はありません」
嘘は控えろと言った舌の根も乾かないうちに、適当に答える。
俺の返答に、ヴァイスは「チッ」っと舌を鳴らした。
「お前に選択肢は無い。了承すれば、すぐにでもあの二人は解放する」
ヴァイスがチラッと子供たちを見る。
しかし、自分がやっている事の重大さがピンと来ていないらしい。
王家の人間が、種族平等を旨とする共和国で、種族差別ともいえる犯罪に手を染める。
おそらく、自分の置かれた立場を大きく勘違いしているのだろう。
「こんな事が表沙汰になれば、あなたは失脚します。婚約破棄どころの騒ぎじゃない、一大スキャンダルです」
「皇帝になれないなら、我が身など破滅も同然だ」
かなり思い詰めている。
あまり煽ると、二人に危害を加えようとしかねない。
そうなると⋯⋯俺は怒らざるを得ない、それは避けたい。
「⋯⋯分かりました、一応説得は試みますが、首尾は期待しないでください」
「ダメだ。必ず説得しろ」
取り付く島もない。
まあ、説得する気なんてさらさら無いのでお互い様だが。
「まあいい、ボクから誠意を見せよう。カルミッド、あの二人を解放しろ」
ヴァイスから意外な提案が出た。
カルミッドもまた、眉をひそめ、真意を尋ねた。
「どういう事でしょうか、ヴァイス様」
「知れた事よ。こんな人質なんて不要だろ? その気になれば⋯⋯同志に頼みさえすれば魔族なんて、いつでも、どうとでもできる。スラムの見回りを強化するとか、な」
ヴァイスは俺の反応を伺うように、ニヤリと笑みを浮かべた。
なるほど。
脅迫材料をあの二人に限定せず、魔族のスラム全体に広めよう、って話か。
彼らが騎士団にどれほど食い込んでいるか分からないが、今日の動員数から考えれば、嫌がらせする気なら幾らでもできるだろう。
それこそゲリラ的にやられたら、俺が守ろうにも限界はある──手段を選ばなければ、別だが。
俺がヴァイスの言葉について考えていると⋯⋯。
「ヴァイス様」
「なんだ? カルミッド」
「魔族の子供を解放するのは、承服致しかねます」
「なぜた?」
「ここにいる魔族は、皆殺しにすべきだからです。あの男は、特に」
カルミッドは俺を指差した。
その眼差しには、何か暗い物を感じる。
怨みを買った覚えは⋯⋯いや、わからん。
自信が無いかも知れない。
「ボクの命令に逆らうのか? カルミッド」
「ええ。なので──計画は変更です」
パンッ! と。
乾いた音が倉庫内に鳴り響く。
──カルミッドは素早く銃を抜くと同時に、ヴァイスの頭を弾いた。
俺は一瞬駆け寄って治療する事を考えたが、無駄だとすぐに結論付けた。
即死だ。
治癒魔法も効かない。
「何故殺した?」
俺の問いに、カルミッドは表情一つ変えずに答えた。
「ん? 殺したのは、お前だろ?」
その答えで察する。
俺にヴァイス殺害容疑という濡れ衣を着せようとしているのだろう。
「何のためだ?」
「ヴァイス様が皇帝になるのを防ぐべく、魔族のテロリストが暴走して行われた凶行⋯⋯ってところか?」
「⋯⋯そんなストーリーが、世間に受け入れられるとでも?」
「新聞社に普段のヴァイス様の、反種族共存主義的思想に基づいた発言の数々がタレコミされる⋯⋯そんな彼を、暴力によって殺害した魔族のせいで、種族共存原理主義者の危うい思想が露呈し、取り締まり強化の名目になる⋯⋯まあ、その辺は適当でいいんじゃないか?」
「それで⋯⋯お前は何がしたい?」
「私か? 魔族を殺せれば何でもいい。お前らは──根絶やしにされるべき存在なんだよ。その為にも、お前のような力を持つ魔族は、やれるときに排除しておかないとな」
最強と名高い騎士の目の奥は、先ほどよりも一層深い、暗い情念を感じさせた。
中は暗いものだと思っていたが、意外と明るい。
最近普及しつつあるガス灯が設置されていた。
最新設備とリフォームの影響か、外観ほどの古さは感じなかった。
それなりに広い空間は、一部オフィスに転用されているようだ。
壁の近くに幾つかの机と椅子が並べられている。
反種族共存主義連中のアジトといった所だろう。
五人ほどの騎士と、彼らに囚われた魔族の子が二人──クラリスと弟のロイだ──あとはヴァイスとカルミッドがいた。
子供たちは縄でくくられ、猿轡を噛まされたうえで眠らされている。
睡眠妖精の気配は感じない、恐らく睡眠薬の類いだ。
質の悪い物なら、解毒しないと副作用が出る。
少なくとも子供に使う代物じゃない。
一瞬怒りを覚えそうになるが、無理やり抑えた。
──怒りは禁物だ⋯⋯まだ、今は。
「さっきはよくも、ボクに恥をかかせてくれたな⋯⋯魔族ごときが」
ヴァイスの馬鹿馬鹿しい言葉に、俺の心中は少し穏やかになる。
「カレーナ様にフラれた八つ当たりはお止め下さい。元々は、ご自身が招いた事でしょう?」
「うるさい⋯⋯魔族、いいからまずは解除しろ」
「解除?」
「とぼけるなッ! ボクにかけた魔法だ!」
⋯⋯あー。
嘘ついたら苦痛に苛まれるってカレーナがデタラメ言った奴か。
すっかり忘れてた。
沸きかけた怒りは、すっと波が引くように収まる。
「ああ、申し訳ありません。完全に失念しておりました、只今解除します」
俺はパチンと指を鳴らした。
「はい、解除しましたよ」
「⋯⋯本当か? 実は解除してなくて、ボクが嘘をついたら苦しむようにしている、とかは無いか?」
「子供たちが人質に取られている状況で、そんな事しませんよ」
「ふん⋯⋯まあ、そうか」
「ただ、一言言わせて頂けるなら、嘘はお控え頂いた方がよろしいかと」
「黙れ、お前はボクの言うとおりにすればいいんだ」
「私に何をご所望ですか?」
俺の問いに、ヴァイスは口元に笑みを浮かべた。
「カレーナに、婚約破棄を思いとどまるように説得しろ」
「私が? 今日出会ったばかりの私の進言など聞き入れて貰えるとは思えませんが」
「うるさい、いいからやれ。魔法でも何でも使って、彼女の考えを変えるんだ」
人の考えを変える、まあ、そういう魔法もあるにはあるが。
そんなに便利じゃない。
「そんな魔法はありません」
嘘は控えろと言った舌の根も乾かないうちに、適当に答える。
俺の返答に、ヴァイスは「チッ」っと舌を鳴らした。
「お前に選択肢は無い。了承すれば、すぐにでもあの二人は解放する」
ヴァイスがチラッと子供たちを見る。
しかし、自分がやっている事の重大さがピンと来ていないらしい。
王家の人間が、種族平等を旨とする共和国で、種族差別ともいえる犯罪に手を染める。
おそらく、自分の置かれた立場を大きく勘違いしているのだろう。
「こんな事が表沙汰になれば、あなたは失脚します。婚約破棄どころの騒ぎじゃない、一大スキャンダルです」
「皇帝になれないなら、我が身など破滅も同然だ」
かなり思い詰めている。
あまり煽ると、二人に危害を加えようとしかねない。
そうなると⋯⋯俺は怒らざるを得ない、それは避けたい。
「⋯⋯分かりました、一応説得は試みますが、首尾は期待しないでください」
「ダメだ。必ず説得しろ」
取り付く島もない。
まあ、説得する気なんてさらさら無いのでお互い様だが。
「まあいい、ボクから誠意を見せよう。カルミッド、あの二人を解放しろ」
ヴァイスから意外な提案が出た。
カルミッドもまた、眉をひそめ、真意を尋ねた。
「どういう事でしょうか、ヴァイス様」
「知れた事よ。こんな人質なんて不要だろ? その気になれば⋯⋯同志に頼みさえすれば魔族なんて、いつでも、どうとでもできる。スラムの見回りを強化するとか、な」
ヴァイスは俺の反応を伺うように、ニヤリと笑みを浮かべた。
なるほど。
脅迫材料をあの二人に限定せず、魔族のスラム全体に広めよう、って話か。
彼らが騎士団にどれほど食い込んでいるか分からないが、今日の動員数から考えれば、嫌がらせする気なら幾らでもできるだろう。
それこそゲリラ的にやられたら、俺が守ろうにも限界はある──手段を選ばなければ、別だが。
俺がヴァイスの言葉について考えていると⋯⋯。
「ヴァイス様」
「なんだ? カルミッド」
「魔族の子供を解放するのは、承服致しかねます」
「なぜた?」
「ここにいる魔族は、皆殺しにすべきだからです。あの男は、特に」
カルミッドは俺を指差した。
その眼差しには、何か暗い物を感じる。
怨みを買った覚えは⋯⋯いや、わからん。
自信が無いかも知れない。
「ボクの命令に逆らうのか? カルミッド」
「ええ。なので──計画は変更です」
パンッ! と。
乾いた音が倉庫内に鳴り響く。
──カルミッドは素早く銃を抜くと同時に、ヴァイスの頭を弾いた。
俺は一瞬駆け寄って治療する事を考えたが、無駄だとすぐに結論付けた。
即死だ。
治癒魔法も効かない。
「何故殺した?」
俺の問いに、カルミッドは表情一つ変えずに答えた。
「ん? 殺したのは、お前だろ?」
その答えで察する。
俺にヴァイス殺害容疑という濡れ衣を着せようとしているのだろう。
「何のためだ?」
「ヴァイス様が皇帝になるのを防ぐべく、魔族のテロリストが暴走して行われた凶行⋯⋯ってところか?」
「⋯⋯そんなストーリーが、世間に受け入れられるとでも?」
「新聞社に普段のヴァイス様の、反種族共存主義的思想に基づいた発言の数々がタレコミされる⋯⋯そんな彼を、暴力によって殺害した魔族のせいで、種族共存原理主義者の危うい思想が露呈し、取り締まり強化の名目になる⋯⋯まあ、その辺は適当でいいんじゃないか?」
「それで⋯⋯お前は何がしたい?」
「私か? 魔族を殺せれば何でもいい。お前らは──根絶やしにされるべき存在なんだよ。その為にも、お前のような力を持つ魔族は、やれるときに排除しておかないとな」
最強と名高い騎士の目の奥は、先ほどよりも一層深い、暗い情念を感じさせた。
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