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第6話 撃ってみろ
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食堂を出て街中を歩く。
ベリスの態度からするに、他の五人長にもカルミッドから捜査協力が要請されているかも知れない。
念のため、自分にも認識阻害をかける事にする。
こうすれば、俺とカレーナは魔族と人間のカップルだ。
珍しいが、いないわけではない。
種族融和が叫ばれて久しいが、それでも、純血主義は一定の支持を集めている。
裏を返せば、別種族同士の恋愛に眉を顰める者は一定数いるという事だ。
「さっきの騎士⋯⋯ベリスさんだったかしら」
「ん?」
「たぶん、私に気付いていたと思うんだけど⋯⋯?」
「ああ。気付いていたよ。アイツは上に報告してないが四属性適応だからな。認識阻害くらいは魔法無しで見抜く」
「どうして、その、見逃してくれたのかしら?」
「アイツが五人長に出世したのは、俺を上手く利用してるからさ。俺もアイツを利用しているし、まあ、共生関係だな」
「利用?」
「アイツは魔族のクォーターでね。ご存知の通り、人間と魔族のハーフの場合、魔族の外見的特徴は僅かに受け継がれるが、クォーターならほとんど人間と変わらない」
「それは知ってるけど⋯⋯そもそも人間が魔法を使えるようになったのは、魔族との混血だって言われてるし」
魔族と人間の子は、ほとんど人間と変わらない。
魔族と人間、その外見的な差異で一番大きいのは耳の形だが、クオーターになればほとんどわからない。
彼女が言うように、人間が魔法を操る力を獲得したのは魔族との混血の結果だと言われている。
人間離れした魔法を行使したと言われる初代皇帝『仮面帝』を含め、人間が魔法を使える場合は源流を辿れば魔族に行きつく、と言われている。
「ベリスは魔族のじいさんに育てられ、魔族のコミュニティーで育った。騎士になったのも、差別されやすい魔族を守りたいって動機だ⋯⋯さて。俺が何に執着してるか⋯⋯だったな?」
話を戻し、彼女の反応を見る。
カレーナはすぐに「そうよ」とは答えず、頭を下げた。
「その前に⋯⋯ごめんなさい。貴方に迷惑を掛けてるみたいね」
申し訳なさそうに呟いたカレーナに、俺は首を振った。
「依頼を受けた以上、それによって発生するトラブルを迷惑だとは思わないな」
「でも⋯⋯」
「そもそも皇女を連れ回すなんて依頼、トラブルと無縁だと思っちゃいないさ──」
パーン!
話の腰を折るように、乾いた音が響いた。
銃声だ。
カレーナの肩を抱きながら、音の発生方向に俺が視線を向けると、五人組の騎士と、別の格好をした男、計六人がこちらに向かってくる。
ベリスのチームとは別の五人組だ。
騎士と別の格好をした男は、スーツに身を包んだ優男。
目が緑光を発している、魔法使いだ。
こちらの認識阻害を貫通し、実像を捉えているのだろう。
ただ、魔法無しでそれができないあたり、手練れでは無いが。
「動くな!」
先頭の男が警告を飛ばしてくる。
十歩程度離れた場所で、彼らは俺たちを半円状に取り囲んだ。
銃をこちらに構えた男、恐らくこの集団の五人長が、スーツ男に確認した。
「エイル、間違いないか?」
「ああ、カレーナ様と、手配書にあった男だ」
もう手配書が回っているのか。
騎士団の動きが早い。
「街中で銃を簡単に撃つなぁ? 通行人に当たったらどうするんだ?」
俺の軽口に、五人長らしき男は苛立った様子で答えた。
「黙れ、魔族。お前にはカレーナ様誘拐容疑がかけられている。大人しく連行されるなら弁明の余地も⋯⋯」
「誘拐などではありません!」
カレーナが声を上げ、相手の言葉を否定した。
「皇女様はこう仰ってるが?」
俺の確認に、相手は忌々しげに呟く。
「現場の下っ端で判断できる事じゃない。取りあえず連行する──全員、構えろ!」
号令に従い、他の四人も銃を抜いた。
銃を構えたまま、五人がにじり寄ってくる。
俺は肩を抱いたままのカレーナへと顔を向けた。
「君はどうしたい?」
「おい、喋るな魔族!」
「文句があるなら、撃っていいぞ? カレーナ様へ当てずに、俺を撃ち抜く自信があるなら、だが」
「くっ、この⋯⋯」
銃は強力な武器だ。
魔法を使えない人間が、魔法使い相手に、治安を維持するために開発された武器。
魔法ほど訓練も要らないぶん、手軽に火力を手にする事ができる。
一年足らずの訓練で、強力な兵隊を育成できるのは、治安維持において大きなメリットだろう。
反面、どうしょうもない弱点がある。
手加減できない事だ。
命中率に自信があれば、撃ち抜く部位で殺傷力を変化させる事は可能だが、威力そのものを下げる事はできない。
この状況で、少しでも的を外せばカレーナに当たる。
そして、魔法使いってのは殺さない限り無効化できない。
俺が明らかな害意を示せば容赦なく発砲するだろうが、そうで無いなら事情を確認するために、連行を優先するはずだ。
発砲できるはずがない。
──という前提は、取りあえず無視する。
「カレーナ、取りあえず要望はあとで聞こう。危ないから俺から離れろ」
「えっ?」
肩を押し、カレーナから一旦離れる。
その上で、目の前の男達に警告した。
「不意に銃を撃たれて、周りに迷惑を掛けるような事があったらイヤだからな。そんなモノが俺に通用すると思うなら⋯⋯撃ってみろ」
俺は手を広げ、彼らを挑発した。
「き、貴様⋯⋯」
撃ってみろという俺の挑発に、場の緊張感が増す。
剣や魔法とは違い、ただ引き金を引きさえすれば弾丸が発射され、相手を殺傷せしめる武器。
ドワーフの名工が四百年前に基礎を作り出し、やがて進化し、万能では無いが、現在ではあらゆる武器に優位性を持つ。
命中させるのに弓ほどの鍛錬を必要とせず、貫通力により鉄鎧を過去の遺物に格下げし、剣の達人すら躱す事ができない速度を有する凶器──銃。
五丁の銃が俺に狙いを定めている。
先頭にいる五人長が、忌々しげに口を歪めた。
「我々が、撃てないとでも?」
「ああ、撃てないね」
俺の即答に、五人長は眉尻を吊り上げた。
「舐めるなよ、魔族風情が。お前一人撃ち殺した所で、後始末はなんとでもなる」
「それはそうだろうが、撃てないんだよ⋯⋯お前等は」
「戯れ言ほざきやがって⋯⋯」
「戯れ言? よかろう、なら⋯⋯俺が命令してやろう」
彼らにとって、意味不明な言葉に違いない。
その証拠に、五人長は表情に疑問符を浮かべながら呟いた。
「貴様、何を⋯⋯?」
「──『撃て』」
俺が『呪言』で命令した瞬間、五人長を除く四人が引き金を引いた。
カチャン、と撃鉄の音が鳴り響く。
──しかし、ただそれだけだった。
「なっ⋯⋯! お前等、勝手に何を!」
慌てふためく五人長に、四人の中から一人が報告なのか、言い訳なのか、即座に答えた。
「ち、違うんですチーフ、ゆ、指が勝手に⋯⋯!」
「流石に部隊を率いているだけはあるな、大した自制心だ。ならばもう少し強く命令してやろう──『撃て』」
俺の命令に、今度は五人長を含め、全員が引き金を引いた。
しかし、また何も起こらない。
『撃て、撃て、撃て⋯⋯』
俺が命令する度に、彼らの意志を無視してカチャン、カチャンと撃鉄の音がする。
騎士団の銃、その弾丸装填数と同じ数となる六回ほど命令を繰り返し、止めた。
五人長は、足止めのために先に一度発砲している。
これで全員の、引き金を引いた数が揃った、という事だ。
「な、何をした⋯⋯? 貴様⋯⋯」
震えた声で五人長が声を漏らす。
俺は無視し、次の命令をした。
「では、次に⋯⋯『銃口を上に向けろ』」
五人が銃口を俺から外した瞬間──。
ボンッと。
「う、うわっ! な、なんだっ!」
「ぐわっ!」
騎士たちの悲鳴を伴い、銃が暴発した。
何が起きたのか──俺には分かる。
装填されている銃弾に、一気に着火されたのだ。
結果、上を向いた銃口からは弾丸が各々、一発ずつ発射され、他の弾丸はシリンダーに残ったまま暴発した。
銃は爆発によって粉々に分解され、破片が彼らを襲う。
銃を持っていた右手を抑える者。
顔に破片が突き刺さり、呻《うめ》き声を上げながらその場に転がり、顔を両手で塞ぐ者。
騎士たちが全身を使ってそれぞれに苦しみを表現する中、長としての矜持なのだろう。
指が二本吹き飛び、激しく出血する右手を左手で抑えながら、五人長が叫んだ。
「貴様ぁっ! 何をしたぁああああッ!」
「見てただろ? 俺は何もしていない。五人全員が銃の整備不良とは、不運だな?」
「ふざけたことを⋯⋯」
「ふざけてなどいない」
俺は五人長へと歩み寄りながら、彼の足元に転がる指を二本拾い上げた。
「いやはや、痛々しいな──どうする? 良かったら俺が全員治療してやるが?」
「⋯⋯どういう、ことだ?」
「本来ならレンタル料を払って貰う所だが、無料にしてやろう。その代わり、俺にお願いするんだ、五人長《ペンタチーフ》。追跡は一時中断するから、ケガを治してくれ、と」
「そんな事、できるか」
「ふぅん。苦しむ部下の為に、下げる頭はないか?」
俺の言葉に、五人長はハッとして振り返る。
五人の中で、一番暴発による被害が軽微だったらしい男が、顔を抑えて転がっていた男のそばにしゃがんだまま声を上げた。
「チーフ! セッツァーの目に、破片が! このままだと失明は免れません!」
部下からの報告に、五人長は『ギリッ』と、俺に聞こえるほど激しく歯を鳴らしながら、一度目をつぶり、再び開いた目で俺を見据えた。
「治せるか?」
「ああ。すぐに処置すれば失明も防げる」
「⋯⋯頼む」
「頼み方はさっき言ったはずだが?」
「⋯⋯あくまで、俺のチームだけだ」
「ああ。それでいい」
「陛下と政府に誓って、我々のチームはお前の追跡を断念する。俺はいいから、部下を治療してくれ」
誓いの言葉に、わざわざ陛下と政府の二つを付け加えてきた所から、信用しても良いだろう。
俺は頷き、五人長の肩に手を置いた。
「己の矜持より、部下を大事にする。それができる男は好きだ」
この判断によって、彼は降格させられるかも知れない。
だが、自分の保身より部下を優先する態度に、この男の、騎士としての誇りが見える。
「ちなみに⋯⋯お前の治療はもう済んでいる。痛みがあると、判断を誤る可能性があるからな」
俺の言葉に、五人長はハッとした表情で自らの右手を見る。
既に繋がっている指を見て、彼の口から呟きが漏れた。
「いつの間に⋯⋯?」
「お前が部下の方に振り返った時だ」
彼の疑問に答え、俺はセッツァーと呼ばれた男の治療を始めた。
──────────────────
治療が終わると、約束は反古にされる事もなく、彼らは撤退した。
それを見届けてから、俺はようやくカレーナに声を掛けた。
「済まない、デート中に待たせたな?」
「ううん、それは、全然構わないのだけど⋯⋯」
暴発したとはいえ、銃撃戦の末に流血騒ぎだ。
それなりにショックを受けたのだろう、彼女の顔がやや青ざめている。
しばらく黙ったまま二人で歩いていると、少し落ち着いたのかカレーナが聞いてきた。
「何をしたの? 全員の銃が暴発するなんて⋯⋯普通なら考えられないわ」
「まだ、何に執着しているのか答えてないが、次の質問かい?」
「取りあえず、今はこっちが気になるわ」
「なるほど。君にはどう見えた?」
少し考えてから、カレーナは答えた。
「まず、貴方が『撃て』と命じたら、彼らは引き金を引いた。なぜ彼らが貴方の命令を聞いたの?」
「呪言という魔法でね。相手の精神に作用し、強制力を生じさせる⋯⋯意志が強いほど効きにくいが、動揺すればするほど抗えないんだ」
「呪言⋯⋯聞いた事ないわ」
「古い魔法だからな。恐らく現代には、俺以外に使い手はいない。彼らは俺が事も無げに『撃ってみろ』と言った事で動揺したんだ」
まあ、俺が敢えて動揺を誘ったわけだが。
危険な状態ならともかく、無抵抗の人間を、容赦なく一方的に撃つ奴はなかなかいない。
「なるほど⋯⋯って、完全にわかったとは言えないけど⋯⋯それよりも、なんで銃が暴発したの?」
「精霊の加護だ」
「精霊の?」
「俺は幾つか精霊を使役しているが、彼らは過保護でね。俺に害意を与える現象を勝手に抑制する」
「⋯⋯よく、わからないけど」
「なら、まずは銃について、だな」
俺は右手で銃の形を真似ながら、説明を続けた。
「銃ってのは簡単に言えば、引き金を引く事で火薬に着火し、その爆発力で弾を飛ばす⋯⋯ここまでは分かるな?」
「ええ」
「なら、引き金を引いても、着火しなかったら?」
「それはもちろん、弾は飛ばないわ」
カレーナが導き出した答えに頷きながら、俺はさらに解説をする。
「そう、過保護な火の精霊は、俺に向かって害意のある火器が使用されても、現象を発現させない。つまり弾への着火を自動的に保留するんだ」
「えっ⋯⋯」
「そして俺への害意が取り除かれてから、現象を発現させる。彼らが銃口を俺から外した瞬間に弾が爆発したのもそれが理由だ、つまり──」
人類が手にした、魔法を超える技術。
敵を討ち滅ぼすのに最適な兵器。
戦いの質を一変させた発明。
だが、例外がある。
「──俺に銃は効かない。なんせ、俺に向かって撃てないからな」
ベリスの態度からするに、他の五人長にもカルミッドから捜査協力が要請されているかも知れない。
念のため、自分にも認識阻害をかける事にする。
こうすれば、俺とカレーナは魔族と人間のカップルだ。
珍しいが、いないわけではない。
種族融和が叫ばれて久しいが、それでも、純血主義は一定の支持を集めている。
裏を返せば、別種族同士の恋愛に眉を顰める者は一定数いるという事だ。
「さっきの騎士⋯⋯ベリスさんだったかしら」
「ん?」
「たぶん、私に気付いていたと思うんだけど⋯⋯?」
「ああ。気付いていたよ。アイツは上に報告してないが四属性適応だからな。認識阻害くらいは魔法無しで見抜く」
「どうして、その、見逃してくれたのかしら?」
「アイツが五人長に出世したのは、俺を上手く利用してるからさ。俺もアイツを利用しているし、まあ、共生関係だな」
「利用?」
「アイツは魔族のクォーターでね。ご存知の通り、人間と魔族のハーフの場合、魔族の外見的特徴は僅かに受け継がれるが、クォーターならほとんど人間と変わらない」
「それは知ってるけど⋯⋯そもそも人間が魔法を使えるようになったのは、魔族との混血だって言われてるし」
魔族と人間の子は、ほとんど人間と変わらない。
魔族と人間、その外見的な差異で一番大きいのは耳の形だが、クオーターになればほとんどわからない。
彼女が言うように、人間が魔法を操る力を獲得したのは魔族との混血の結果だと言われている。
人間離れした魔法を行使したと言われる初代皇帝『仮面帝』を含め、人間が魔法を使える場合は源流を辿れば魔族に行きつく、と言われている。
「ベリスは魔族のじいさんに育てられ、魔族のコミュニティーで育った。騎士になったのも、差別されやすい魔族を守りたいって動機だ⋯⋯さて。俺が何に執着してるか⋯⋯だったな?」
話を戻し、彼女の反応を見る。
カレーナはすぐに「そうよ」とは答えず、頭を下げた。
「その前に⋯⋯ごめんなさい。貴方に迷惑を掛けてるみたいね」
申し訳なさそうに呟いたカレーナに、俺は首を振った。
「依頼を受けた以上、それによって発生するトラブルを迷惑だとは思わないな」
「でも⋯⋯」
「そもそも皇女を連れ回すなんて依頼、トラブルと無縁だと思っちゃいないさ──」
パーン!
話の腰を折るように、乾いた音が響いた。
銃声だ。
カレーナの肩を抱きながら、音の発生方向に俺が視線を向けると、五人組の騎士と、別の格好をした男、計六人がこちらに向かってくる。
ベリスのチームとは別の五人組だ。
騎士と別の格好をした男は、スーツに身を包んだ優男。
目が緑光を発している、魔法使いだ。
こちらの認識阻害を貫通し、実像を捉えているのだろう。
ただ、魔法無しでそれができないあたり、手練れでは無いが。
「動くな!」
先頭の男が警告を飛ばしてくる。
十歩程度離れた場所で、彼らは俺たちを半円状に取り囲んだ。
銃をこちらに構えた男、恐らくこの集団の五人長が、スーツ男に確認した。
「エイル、間違いないか?」
「ああ、カレーナ様と、手配書にあった男だ」
もう手配書が回っているのか。
騎士団の動きが早い。
「街中で銃を簡単に撃つなぁ? 通行人に当たったらどうするんだ?」
俺の軽口に、五人長らしき男は苛立った様子で答えた。
「黙れ、魔族。お前にはカレーナ様誘拐容疑がかけられている。大人しく連行されるなら弁明の余地も⋯⋯」
「誘拐などではありません!」
カレーナが声を上げ、相手の言葉を否定した。
「皇女様はこう仰ってるが?」
俺の確認に、相手は忌々しげに呟く。
「現場の下っ端で判断できる事じゃない。取りあえず連行する──全員、構えろ!」
号令に従い、他の四人も銃を抜いた。
銃を構えたまま、五人がにじり寄ってくる。
俺は肩を抱いたままのカレーナへと顔を向けた。
「君はどうしたい?」
「おい、喋るな魔族!」
「文句があるなら、撃っていいぞ? カレーナ様へ当てずに、俺を撃ち抜く自信があるなら、だが」
「くっ、この⋯⋯」
銃は強力な武器だ。
魔法を使えない人間が、魔法使い相手に、治安を維持するために開発された武器。
魔法ほど訓練も要らないぶん、手軽に火力を手にする事ができる。
一年足らずの訓練で、強力な兵隊を育成できるのは、治安維持において大きなメリットだろう。
反面、どうしょうもない弱点がある。
手加減できない事だ。
命中率に自信があれば、撃ち抜く部位で殺傷力を変化させる事は可能だが、威力そのものを下げる事はできない。
この状況で、少しでも的を外せばカレーナに当たる。
そして、魔法使いってのは殺さない限り無効化できない。
俺が明らかな害意を示せば容赦なく発砲するだろうが、そうで無いなら事情を確認するために、連行を優先するはずだ。
発砲できるはずがない。
──という前提は、取りあえず無視する。
「カレーナ、取りあえず要望はあとで聞こう。危ないから俺から離れろ」
「えっ?」
肩を押し、カレーナから一旦離れる。
その上で、目の前の男達に警告した。
「不意に銃を撃たれて、周りに迷惑を掛けるような事があったらイヤだからな。そんなモノが俺に通用すると思うなら⋯⋯撃ってみろ」
俺は手を広げ、彼らを挑発した。
「き、貴様⋯⋯」
撃ってみろという俺の挑発に、場の緊張感が増す。
剣や魔法とは違い、ただ引き金を引きさえすれば弾丸が発射され、相手を殺傷せしめる武器。
ドワーフの名工が四百年前に基礎を作り出し、やがて進化し、万能では無いが、現在ではあらゆる武器に優位性を持つ。
命中させるのに弓ほどの鍛錬を必要とせず、貫通力により鉄鎧を過去の遺物に格下げし、剣の達人すら躱す事ができない速度を有する凶器──銃。
五丁の銃が俺に狙いを定めている。
先頭にいる五人長が、忌々しげに口を歪めた。
「我々が、撃てないとでも?」
「ああ、撃てないね」
俺の即答に、五人長は眉尻を吊り上げた。
「舐めるなよ、魔族風情が。お前一人撃ち殺した所で、後始末はなんとでもなる」
「それはそうだろうが、撃てないんだよ⋯⋯お前等は」
「戯れ言ほざきやがって⋯⋯」
「戯れ言? よかろう、なら⋯⋯俺が命令してやろう」
彼らにとって、意味不明な言葉に違いない。
その証拠に、五人長は表情に疑問符を浮かべながら呟いた。
「貴様、何を⋯⋯?」
「──『撃て』」
俺が『呪言』で命令した瞬間、五人長を除く四人が引き金を引いた。
カチャン、と撃鉄の音が鳴り響く。
──しかし、ただそれだけだった。
「なっ⋯⋯! お前等、勝手に何を!」
慌てふためく五人長に、四人の中から一人が報告なのか、言い訳なのか、即座に答えた。
「ち、違うんですチーフ、ゆ、指が勝手に⋯⋯!」
「流石に部隊を率いているだけはあるな、大した自制心だ。ならばもう少し強く命令してやろう──『撃て』」
俺の命令に、今度は五人長を含め、全員が引き金を引いた。
しかし、また何も起こらない。
『撃て、撃て、撃て⋯⋯』
俺が命令する度に、彼らの意志を無視してカチャン、カチャンと撃鉄の音がする。
騎士団の銃、その弾丸装填数と同じ数となる六回ほど命令を繰り返し、止めた。
五人長は、足止めのために先に一度発砲している。
これで全員の、引き金を引いた数が揃った、という事だ。
「な、何をした⋯⋯? 貴様⋯⋯」
震えた声で五人長が声を漏らす。
俺は無視し、次の命令をした。
「では、次に⋯⋯『銃口を上に向けろ』」
五人が銃口を俺から外した瞬間──。
ボンッと。
「う、うわっ! な、なんだっ!」
「ぐわっ!」
騎士たちの悲鳴を伴い、銃が暴発した。
何が起きたのか──俺には分かる。
装填されている銃弾に、一気に着火されたのだ。
結果、上を向いた銃口からは弾丸が各々、一発ずつ発射され、他の弾丸はシリンダーに残ったまま暴発した。
銃は爆発によって粉々に分解され、破片が彼らを襲う。
銃を持っていた右手を抑える者。
顔に破片が突き刺さり、呻《うめ》き声を上げながらその場に転がり、顔を両手で塞ぐ者。
騎士たちが全身を使ってそれぞれに苦しみを表現する中、長としての矜持なのだろう。
指が二本吹き飛び、激しく出血する右手を左手で抑えながら、五人長が叫んだ。
「貴様ぁっ! 何をしたぁああああッ!」
「見てただろ? 俺は何もしていない。五人全員が銃の整備不良とは、不運だな?」
「ふざけたことを⋯⋯」
「ふざけてなどいない」
俺は五人長へと歩み寄りながら、彼の足元に転がる指を二本拾い上げた。
「いやはや、痛々しいな──どうする? 良かったら俺が全員治療してやるが?」
「⋯⋯どういう、ことだ?」
「本来ならレンタル料を払って貰う所だが、無料にしてやろう。その代わり、俺にお願いするんだ、五人長《ペンタチーフ》。追跡は一時中断するから、ケガを治してくれ、と」
「そんな事、できるか」
「ふぅん。苦しむ部下の為に、下げる頭はないか?」
俺の言葉に、五人長はハッとして振り返る。
五人の中で、一番暴発による被害が軽微だったらしい男が、顔を抑えて転がっていた男のそばにしゃがんだまま声を上げた。
「チーフ! セッツァーの目に、破片が! このままだと失明は免れません!」
部下からの報告に、五人長は『ギリッ』と、俺に聞こえるほど激しく歯を鳴らしながら、一度目をつぶり、再び開いた目で俺を見据えた。
「治せるか?」
「ああ。すぐに処置すれば失明も防げる」
「⋯⋯頼む」
「頼み方はさっき言ったはずだが?」
「⋯⋯あくまで、俺のチームだけだ」
「ああ。それでいい」
「陛下と政府に誓って、我々のチームはお前の追跡を断念する。俺はいいから、部下を治療してくれ」
誓いの言葉に、わざわざ陛下と政府の二つを付け加えてきた所から、信用しても良いだろう。
俺は頷き、五人長の肩に手を置いた。
「己の矜持より、部下を大事にする。それができる男は好きだ」
この判断によって、彼は降格させられるかも知れない。
だが、自分の保身より部下を優先する態度に、この男の、騎士としての誇りが見える。
「ちなみに⋯⋯お前の治療はもう済んでいる。痛みがあると、判断を誤る可能性があるからな」
俺の言葉に、五人長はハッとした表情で自らの右手を見る。
既に繋がっている指を見て、彼の口から呟きが漏れた。
「いつの間に⋯⋯?」
「お前が部下の方に振り返った時だ」
彼の疑問に答え、俺はセッツァーと呼ばれた男の治療を始めた。
──────────────────
治療が終わると、約束は反古にされる事もなく、彼らは撤退した。
それを見届けてから、俺はようやくカレーナに声を掛けた。
「済まない、デート中に待たせたな?」
「ううん、それは、全然構わないのだけど⋯⋯」
暴発したとはいえ、銃撃戦の末に流血騒ぎだ。
それなりにショックを受けたのだろう、彼女の顔がやや青ざめている。
しばらく黙ったまま二人で歩いていると、少し落ち着いたのかカレーナが聞いてきた。
「何をしたの? 全員の銃が暴発するなんて⋯⋯普通なら考えられないわ」
「まだ、何に執着しているのか答えてないが、次の質問かい?」
「取りあえず、今はこっちが気になるわ」
「なるほど。君にはどう見えた?」
少し考えてから、カレーナは答えた。
「まず、貴方が『撃て』と命じたら、彼らは引き金を引いた。なぜ彼らが貴方の命令を聞いたの?」
「呪言という魔法でね。相手の精神に作用し、強制力を生じさせる⋯⋯意志が強いほど効きにくいが、動揺すればするほど抗えないんだ」
「呪言⋯⋯聞いた事ないわ」
「古い魔法だからな。恐らく現代には、俺以外に使い手はいない。彼らは俺が事も無げに『撃ってみろ』と言った事で動揺したんだ」
まあ、俺が敢えて動揺を誘ったわけだが。
危険な状態ならともかく、無抵抗の人間を、容赦なく一方的に撃つ奴はなかなかいない。
「なるほど⋯⋯って、完全にわかったとは言えないけど⋯⋯それよりも、なんで銃が暴発したの?」
「精霊の加護だ」
「精霊の?」
「俺は幾つか精霊を使役しているが、彼らは過保護でね。俺に害意を与える現象を勝手に抑制する」
「⋯⋯よく、わからないけど」
「なら、まずは銃について、だな」
俺は右手で銃の形を真似ながら、説明を続けた。
「銃ってのは簡単に言えば、引き金を引く事で火薬に着火し、その爆発力で弾を飛ばす⋯⋯ここまでは分かるな?」
「ええ」
「なら、引き金を引いても、着火しなかったら?」
「それはもちろん、弾は飛ばないわ」
カレーナが導き出した答えに頷きながら、俺はさらに解説をする。
「そう、過保護な火の精霊は、俺に向かって害意のある火器が使用されても、現象を発現させない。つまり弾への着火を自動的に保留するんだ」
「えっ⋯⋯」
「そして俺への害意が取り除かれてから、現象を発現させる。彼らが銃口を俺から外した瞬間に弾が爆発したのもそれが理由だ、つまり──」
人類が手にした、魔法を超える技術。
敵を討ち滅ぼすのに最適な兵器。
戦いの質を一変させた発明。
だが、例外がある。
「──俺に銃は効かない。なんせ、俺に向かって撃てないからな」
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※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
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