【完結】眼鏡ごしの空

一茅苑呼

文字の大きさ
上 下
31 / 35
【第五章】

先輩と花火と本当の気持ち⑦

しおりを挟む


       §


与太郎くんを見送って、夢見ヶ丘公園から続く長い石の階段を、ピリピリと痛む足で、ゆっくりと降りて行く。

ふと階下を見下ろすと、最下段の辺りに黒っぽい大きな塊が見え、外していた眼鏡をあわててかけた。

見覚えのある後ろ姿に、声をかけてみる。

「佐竹先輩」

やっとの思いで、先輩の腰かけた石段まで降り立った時、初めて先輩が私を振り返った。

瞬間、

「ごめん!」

と、いきなり深々と頭を下げられ、あぜんと先輩を見返した。

「言い訳がましいけど……あいつ、彼女できたんだって? オレ、それ知らなくてさー……。

いや、出過ぎた真似しといて、とんでもないオチつけて悪かったよ。

ごめんな、もうオレ、今までにないくらい反省してるから、ゆるしてくれよな……?」

あまりにも情けない顔をして言われ、噴きだしたいのをこらえながら言った。

「そんなこと言うために、あれからずっと、ここにいたんですか?」

私の言葉に絶句する先輩。

なんか、おかしい……!

こらえきれずに、笑ってしまう。

「まぁ、確かに見事にふられましたけどね、私」

そう言って、階段を降りきる。

すでに花火大会は終わっていて、空に浮かんでいるのは、穏やかな光を放つ月だけだった。

「でも、何年も言えずにいたことを言えたから、気分はいいです。
お気遣い、ありがとうございました」

ぺこりと頭を下げると、先輩は勢いよく石段から腰を上げた。

したり顔で、腕を組む。

「そーだよなー? ウンウン。そして、またしてもオレの魅力に気づく松原。
オレが地道に、健全安全好青年やってきた努力が、報われるってもんだ」

「……そのすぐに調子にのるところ、どうにかなりません?」

あきれて言い捨て、歩きだす。

佐竹先輩の声が、あとを追ってきた。

「あ、松原、待てよ」

歩幅の違いで、あっという間に前にまわりこまれる。

「それ脱いで、手に持って」

下駄を指差され、反射的に言葉に従ってしまったのは、足の指の付け根の痛みが、ピークだったから。

佐竹先輩はそんな私に背を向け、その場にかがんだ。

「で、乗る」

自分の背中を指して言う。

驚いていると、先輩はちょっと笑った。

「足、痛いんだろ? ここへ来る時も気になってたんだけど……悪いな、さっきは、そういう余裕がなかったんだ」

途中から苦笑いに変わった表情に素直にうなずいて、その背におぶさった。

「すみません」

「ま、気にすんなって」

私を乗せ、ひょいと立ち上がると、佐竹先輩はゆっくりと歩きだした。

通りに面した歩道の脇を、何台かの車が通過しては消え、ヘッドライトが不規則に、前方のアスファルトを照らしていく。

それを、いつもよりずっと高い位置で見やりながら、ひとつ訊きたいんですけど、と、先輩に声をかけた。

「先輩は、先輩の修復不可能な相手の人と……そのあと、どうなったんですか?」

気になっていたこと。

でも、訊いてもいいものかどうか、迷っていた。

いつもの軽い口調で、なんだかとても重大なことを、さらりと言われた気がする。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

〖完結〗インディアン・サマー -spring-

月波結
青春
大学生ハルの恋人は、一卵性双生児の母親同士から生まれた従兄弟のアキ、高校3年生。 ハルは悩み事があるけれど、大事な時期であり、年下でもあるアキに悩み事を相談できずにいる。 そんなある日、ハルは家を出て、街でカウンセラーのキョウジという男に助けられる。キョウジは神社の息子だが子供の頃の夢を叶えて今はカウンセラーをしている。 問題解決まで、彼の小さくて古いアパートにいてもいいというキョウジ。 信じてもいいのかな、と思いつつ、素直になれないハル。 放任主義を装うハルの母。 ハルの両親は離婚して、ハルは母親に引き取られた。なんだか馴染まない新しいマンションにいた日々。 心の中のもやもやが溜まる一方だったのだが、キョウジと過ごすうちに⋯⋯。 姉妹編に『インディアン・サマー -autumn-』があります。時系列的にはそちらが先ですが、spring単体でも楽しめると思います。よろしくお願いします。

15禁 ラブコメ「猫がこっち見てる」

C.B
青春
彼女たちは猫と同じ、きまぐれで何をするかわからない でもその思いは切実に今を生きている! 青春ドタバタラブコメ(18禁) あらすじ: 高校生のアイリと大学生のタカオミは仲の良い恋人同士。でもキスから先に進めないアイリは、ほんとの恋人同士なのかと悩んでいた。そんな彼女にある日画家を目指すタカオミは言った。 「君が描きたい」しかもヌードだった! 恋から始まる彼女と彼の物語 *少々エチ要素がありますので15禁になっています。

とうめいな恋

春野 あかね
青春
とうめい人間と呼ばれている瑞穂と、余命僅かと宣告された爽太は一週間だけ、友達になるという約束をする。 しかし瑞穂には、誰にも言えない秘密があった。 他人に関して無関心だった二人が惹かれあう、二人にとっての最期の一週間。 2017年 1月28日完結。 ご意見ご感想、お待ちしております。 この作品は小説家になろうというサイトにて掲載されております。

約束 〜僕は先生を想い、同級生は僕を想っていた〜

西浦夕緋
青春
まさに執着していたと言っていい。僕は大沢に執着していた。 そんな僕を章吾は見ていた。僕はそれに長い間気づかなかった。 一瞬の青春、消えぬ思慕。大沢は麦の匂いがした

処理中です...