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【第五章】
先輩と花火と本当の気持ち⑤
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強引なところは、いつもと変わらないはずなのに、違和感があった。
横顔も、さっきと違うところなんて、ないのに。
履き慣れない下駄に、そろそろ指の付け根が痛んできていた。
それでも黙って、夢見ヶ丘───正式には、夢見ヶ丘公園に行くまでの道のりを、先輩に連れられて歩いていた。
同様に、先輩も何も言葉を発しなかった。
もしかするとそれが、私に違和感を抱かせたのかも知れなかった。
夢見ヶ丘公園に続く長い石段を上がって行く。
花火に気をとられていた私は、今夜が満月であったことを、その時に初めて気づいた。
「ここで、待っててほしいんだ」
公園に入ると先輩は、月明かりを頬に受けて、静かに言った。
何を?
問うはずの言葉をのみこんで、言われるまま公園の隅のベンチに腰かけた。
花火の打ち上げ場所が近くなったのか、やけに快音が響いてくる。
小さな声では、かき消されてしまうほどに。
「すぐ……来ると思うから」
そう告げて、公園を出て行こうとする先輩に、わけが分からずに言った。
「誰が、来るっていうんですか?」
「───松原の、修復不可能な相手」
朝倉だよ、と、付け足す声は、ひどく遠くに聞こえた。
なに、言ってるの? この人は。
私に黙って与太郎くんを呼んだって、そう言うの?
「……朝倉に本当のこと、話したほうがいい。
松原にとって重い過去は、あいつにとっても傷痕として残っているはずの、過ぎた日々だと思うよ。
特に、朝倉みたいなヤツにはさ」
「どうして、先輩がそんなこと───」
「知ってるかって?」
意外なことを意外な人に言われて、私はとまどって思うように言葉がでてこなかった。
先輩は、苦笑いを浮かべた。
「言ったろー? 松原は、オレとの仲が修復不可能な奴に似てるって。
……朝倉とは同じバレー部だったし、オレと似通った部分があったから、後輩のなかじゃ、なんとなく気にかけてたんだ。
松原とのことも……遠くから見てた。
だから、朝倉が松原と距離を置くようになった時、松原に何を言われたかは、だいたい想像がついた。
おそらくオレと同じようなことを言われて、オレと同じように、相手から離れていったんだろうって。
違うか? 松原」
私は地面に視線を落とし、それからゆっくりと首を縦に振った。
そのままうつむいていると、佐竹先輩が私の座っているベンチに近寄ってくる気配がした。
ポン、と、頭の上に手がのせられる。
「松原は少し、自分に厳しすぎる。
もっと、自分に優しくしてやれ。
そうすれば、きっといろいろなことに対して楽になれる。
……じゃ、オレは行くよ。朝倉も来るだろうし」
言い残して背を向ける佐竹先輩に、小さな声で言った。
バカだ、先輩は。
こんなお膳立てめいたことをして。
自分にいったい、なんのメリットがあるというのだろう。
そう思ったら、涙が出た。
───分かった気がした。
シンちゃんの、言ってたことが。
出先の、母の言葉が……。
横顔も、さっきと違うところなんて、ないのに。
履き慣れない下駄に、そろそろ指の付け根が痛んできていた。
それでも黙って、夢見ヶ丘───正式には、夢見ヶ丘公園に行くまでの道のりを、先輩に連れられて歩いていた。
同様に、先輩も何も言葉を発しなかった。
もしかするとそれが、私に違和感を抱かせたのかも知れなかった。
夢見ヶ丘公園に続く長い石段を上がって行く。
花火に気をとられていた私は、今夜が満月であったことを、その時に初めて気づいた。
「ここで、待っててほしいんだ」
公園に入ると先輩は、月明かりを頬に受けて、静かに言った。
何を?
問うはずの言葉をのみこんで、言われるまま公園の隅のベンチに腰かけた。
花火の打ち上げ場所が近くなったのか、やけに快音が響いてくる。
小さな声では、かき消されてしまうほどに。
「すぐ……来ると思うから」
そう告げて、公園を出て行こうとする先輩に、わけが分からずに言った。
「誰が、来るっていうんですか?」
「───松原の、修復不可能な相手」
朝倉だよ、と、付け足す声は、ひどく遠くに聞こえた。
なに、言ってるの? この人は。
私に黙って与太郎くんを呼んだって、そう言うの?
「……朝倉に本当のこと、話したほうがいい。
松原にとって重い過去は、あいつにとっても傷痕として残っているはずの、過ぎた日々だと思うよ。
特に、朝倉みたいなヤツにはさ」
「どうして、先輩がそんなこと───」
「知ってるかって?」
意外なことを意外な人に言われて、私はとまどって思うように言葉がでてこなかった。
先輩は、苦笑いを浮かべた。
「言ったろー? 松原は、オレとの仲が修復不可能な奴に似てるって。
……朝倉とは同じバレー部だったし、オレと似通った部分があったから、後輩のなかじゃ、なんとなく気にかけてたんだ。
松原とのことも……遠くから見てた。
だから、朝倉が松原と距離を置くようになった時、松原に何を言われたかは、だいたい想像がついた。
おそらくオレと同じようなことを言われて、オレと同じように、相手から離れていったんだろうって。
違うか? 松原」
私は地面に視線を落とし、それからゆっくりと首を縦に振った。
そのままうつむいていると、佐竹先輩が私の座っているベンチに近寄ってくる気配がした。
ポン、と、頭の上に手がのせられる。
「松原は少し、自分に厳しすぎる。
もっと、自分に優しくしてやれ。
そうすれば、きっといろいろなことに対して楽になれる。
……じゃ、オレは行くよ。朝倉も来るだろうし」
言い残して背を向ける佐竹先輩に、小さな声で言った。
バカだ、先輩は。
こんなお膳立てめいたことをして。
自分にいったい、なんのメリットがあるというのだろう。
そう思ったら、涙が出た。
───分かった気がした。
シンちゃんの、言ってたことが。
出先の、母の言葉が……。
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