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第七章 ── 関谷 尚斗 II ──
束の間の幸せ【4】
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自分がどんな表情をしてカメラの前にいたかは、覚えている。
着ていたワンピースも、持っていたバラの花の色、本数、そしてバックのセットの位置さえも。
(こんな風に、撮ってくれていたのね……)
そこに写されたのは、瑤子のはずだ。
だがそれは、瑤子であって、瑤子でないのかもしれない。
葵の撮影技術はもちろんのことスタイリスト兼ヘアメイクをしてくれた稲葉のプロの腕前。
葵の友人たちの目に見えないところでの協力───。
それらすべてが集合して完成した作品。
ただ瑤子の姿を写したわけではない。
瑤子が他人を見ているようだと感じるのに、なんの不思議もなかった。
「すごい人だったんだね、潮崎さんて」
感心したように、尚斗が耳もとにささやいてくる。
「そうね……」
瑤子は素直にうなずいた。
本当に、その通りだと思ったからだ。
(あの写真……最後の───)
撮影が難航した『憐の喜び』。
尚斗と一緒に写ったそれは、三枚のパネルのなかでは異彩を放っていた。
他の二枚は、瑤子の気品ある美しさを『麗しく』『艶やか』に表現したせいか、近寄り難い感がある。
しかし、『可憐さ』を追求したその作品は、瑤子自身さえ気づかなかった、彼女の心を表現している。
「───あの二枚もいいけど、やっぱり、『憐の喜び』ってタイトルのやつ。
あれ、可愛いよねぇ」
「なんか……気持ち分かるっていうか」
「うんうん」
作品を見終わったらしい女生徒たちの会話。
おそらく、それが葵の意図したものなのだろう。
「……ただ綺麗ってだけで、終わらせたくなかったんだよね。
そう考えたら、自然体の神田さんを撮りたいって気持ちが働いちゃってさぁ。
僕の言葉がつたなくて、あなたには、なかなか伝わらなかったみたいだけど」
葵が瑤子の側に立ち、静かに告げてきた。
次いで、尚斗のほうをひょいとのぞきこみ、にっこりと笑う。
「関谷がいるのに気づいて……君を、利用させてもらって。
そうしたら神田さん、期待通りの表情を見せてくれたでしょ?
僕は、あれにいたく感動させてもらったよ、本当に」
「……腕悪いとか言って、すみません」
尚斗が、ばつ悪そうに謝る。
さもおかしそうに、葵が声を立てて笑った。
「あはは……まー、済んだことだからねぇ。
ちなみに君は、僕の腕が足りないんだって、言ったんだけどな。
さらに格下げされちゃったのかなぁ、僕。
───じゃ、用事ができちゃったみたいだから、またねー」
写真部の後輩と思われる男子生徒に呼ばれ、そちらを一瞥し、向かいかけながら片手を上げる。
肩ごしに瑤子と尚斗を見て、
「仲良いねぇ」
と、いたずらっぽく笑い、立ち去って行った。
「なんか、変な人だな……」
「私も、そう思うわ」
顔を見合わせて、笑う。
ふと、葵の意味ありげな視線の先に気づいて、どちらともなく手を放してしまう。
人に見られていることを意識したとたん、気恥ずかしくなったのは二人とも同じだった。
瑤子はパネル側に向き直る。
遅れて尚斗も、そちらに視線を向けた。
見つめる先は、『憐の喜び』だった。
尚斗の顔は、写っていない。
けれども、尚斗のはだけた胸もとに額を寄せ、後ろ手にピンクのバラの花束を持ち、微笑む瑤子がいる。
その横顔は、穏やかで、優しい。
ほんの少し照れを含んだ頬が薄く染まって、喜びに満ちた可憐な美少女が、その幸せにつつまれていた───。
着ていたワンピースも、持っていたバラの花の色、本数、そしてバックのセットの位置さえも。
(こんな風に、撮ってくれていたのね……)
そこに写されたのは、瑤子のはずだ。
だがそれは、瑤子であって、瑤子でないのかもしれない。
葵の撮影技術はもちろんのことスタイリスト兼ヘアメイクをしてくれた稲葉のプロの腕前。
葵の友人たちの目に見えないところでの協力───。
それらすべてが集合して完成した作品。
ただ瑤子の姿を写したわけではない。
瑤子が他人を見ているようだと感じるのに、なんの不思議もなかった。
「すごい人だったんだね、潮崎さんて」
感心したように、尚斗が耳もとにささやいてくる。
「そうね……」
瑤子は素直にうなずいた。
本当に、その通りだと思ったからだ。
(あの写真……最後の───)
撮影が難航した『憐の喜び』。
尚斗と一緒に写ったそれは、三枚のパネルのなかでは異彩を放っていた。
他の二枚は、瑤子の気品ある美しさを『麗しく』『艶やか』に表現したせいか、近寄り難い感がある。
しかし、『可憐さ』を追求したその作品は、瑤子自身さえ気づかなかった、彼女の心を表現している。
「───あの二枚もいいけど、やっぱり、『憐の喜び』ってタイトルのやつ。
あれ、可愛いよねぇ」
「なんか……気持ち分かるっていうか」
「うんうん」
作品を見終わったらしい女生徒たちの会話。
おそらく、それが葵の意図したものなのだろう。
「……ただ綺麗ってだけで、終わらせたくなかったんだよね。
そう考えたら、自然体の神田さんを撮りたいって気持ちが働いちゃってさぁ。
僕の言葉がつたなくて、あなたには、なかなか伝わらなかったみたいだけど」
葵が瑤子の側に立ち、静かに告げてきた。
次いで、尚斗のほうをひょいとのぞきこみ、にっこりと笑う。
「関谷がいるのに気づいて……君を、利用させてもらって。
そうしたら神田さん、期待通りの表情を見せてくれたでしょ?
僕は、あれにいたく感動させてもらったよ、本当に」
「……腕悪いとか言って、すみません」
尚斗が、ばつ悪そうに謝る。
さもおかしそうに、葵が声を立てて笑った。
「あはは……まー、済んだことだからねぇ。
ちなみに君は、僕の腕が足りないんだって、言ったんだけどな。
さらに格下げされちゃったのかなぁ、僕。
───じゃ、用事ができちゃったみたいだから、またねー」
写真部の後輩と思われる男子生徒に呼ばれ、そちらを一瞥し、向かいかけながら片手を上げる。
肩ごしに瑤子と尚斗を見て、
「仲良いねぇ」
と、いたずらっぽく笑い、立ち去って行った。
「なんか、変な人だな……」
「私も、そう思うわ」
顔を見合わせて、笑う。
ふと、葵の意味ありげな視線の先に気づいて、どちらともなく手を放してしまう。
人に見られていることを意識したとたん、気恥ずかしくなったのは二人とも同じだった。
瑤子はパネル側に向き直る。
遅れて尚斗も、そちらに視線を向けた。
見つめる先は、『憐の喜び』だった。
尚斗の顔は、写っていない。
けれども、尚斗のはだけた胸もとに額を寄せ、後ろ手にピンクのバラの花束を持ち、微笑む瑤子がいる。
その横顔は、穏やかで、優しい。
ほんの少し照れを含んだ頬が薄く染まって、喜びに満ちた可憐な美少女が、その幸せにつつまれていた───。
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