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第六章 ── 潮崎 葵 ──
君がための微笑み【2】
しおりを挟む葵は、
「尚斗同伴での撮影で良いなら」
という瑤子の申し出を、快く承諾した。瑤子が拍子抜けするくらいに。
そして、翌週の日曜日。
葵に言われた住所に、尚斗と赴いた。
───尚斗はサッカー部の練習を休み、瑤子に付き合ってくれたのだった。
瑤子は、尚斗に申し訳なく思いつつも、そんな彼を頼もしく思った。
「───ここって……潮崎さんち、だよね?」
「そうみたいね」
表札を見届け、相づちをうつ。
「瑤子さんの家も大きいっていうか、立派な造りだけど……それ以上だな……」
高い塀は、普通の家の数倍は長く続き、敷地の広さを物語っている。
典型的な日本家屋の造りは、武家屋敷を連想させられるほどだった。
応対に出た家政婦らしき人に、離れへと通される。
「あぁ、ちょうどよかった」
瑤子の顔を見て、葵はまず、そう言った。
屋敷の外観からはほど遠い、近代的な改築が施された内装。
乾いた空間は、無愛想なコンクリートに囲まれていた。
本格的な撮影機材が設えられた一室には、葵の他に、数人の男子学生
───私服だが、背格好からしてそうと思われる───
と、中年の男性が一人いた。
だが、何より目を引いたのは、殺風景な部屋を彩っている、三色のバラだ。
幾つものブリキ製のバケツに、かなりの量が入っていて、瑤子も尚斗も、あ然としてしまう。
「すごいな……」
「本当ね……」
感嘆の息をつく二人に近寄り、葵は満足そうに微笑んだ。
「神田さんに気に入ってもらえたなら、いいんだけど。
───紹介するよ。
僕の知り合いの、スタイリストの稲葉さん。メイクも兼ねてやってくれるから」
「あら。話で聞くより、ずっと綺麗なコねぇ……。稲葉アツヒロです。よろしくネ」
稲葉が瑤子に名刺を差し出してくる。
受け取る瑤子の隣で、尚斗が身構えたのが分かった。明らかな拒絶の反応。
瑤子も、認識としてはあったが実物を目の前にして、とまどいは隠せなかった。
返す挨拶が、ぎこちなくなる。
どこからどう見ても、中年男性にしか見えない稲葉の身のこなしは女性的で、言葉遣いや声の出し方は、女性そのもの。
尚斗の性格からして、そういう態度になるのは、当然だろう。
「───葵ちゃんが撮りたがるのも解るわぁ。
うん、任せておいて。葵ちゃん指定の衣装に合わせて、ばっちりメイクしちゃうから」
声質は、まぎれもなく男性である稲葉の話し方に圧倒されながらも、着替えのため、別室へと足を運ぶ。
直前、尚斗が、
「大丈夫?」
と、心配そうについて来ようとしかけたが、瑤子はやんわりと断った。
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