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第三章 ── 関谷 尚斗 ──
彼女の警告と彼の告白【3】
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思わず立ち止まる。
尚斗も足を止め、答えを待つようにして、瑤子を凝視する。
───まさか蒼のことを、そんな風に尋ねられるとは思わなかった。
尚斗が、蒼と自分の付き合いを、誤解しているだろうことは知っている。
いや、彼以外の者でも、美術室でのあの現場に踏みこんで、二人を『恋人同士』と思わないほうが不自然だ。
(だけど、それでこの質問って……なに?)
「どうして、そんなことを訊くの?」
逆に尚斗に問い返す。
「どうしてって……」
口ごもる。
言いにくい理由があるらしい。
仕方なく、瑤子は言った。
「私……蒼とは───斎藤くんとは、別れたわ」
本当は、付き合う以前の問題だったのだが、それを尚斗に説明するのも馬鹿らしい。
「彼とはもう、なんの関係もないわ。彼でなきゃいけないなんていう、気持ちも残ってないし……」
ふと、蒼との苦い会話がよみがえってくる。
せめて彼との関係が、本来あるべき姿───恋愛感情を寄せあえていたのなら、どんなに良かっただろう。
(いまさら後悔しても、仕方ないのにね)
自嘲的な想いが浮かびあがる。瑤子はそれを隠すように尚斗を見た。
「こういう答えでいいかしら。他に答えようがないんだけど」
「───じゃあ……」
それまで瑤子の言葉を意外そうに聞いていた尚斗が、急に気をとりなおしたように意気込む。
「じゃあオレと、付き合ってくださいっ」
言った直後、真っ赤になるのが彼らしいといえばらしいが、瑤子は自分の耳を疑った。
(なに、言ってるの……?)
尚斗の真意が理解できない。
昼休みの女生徒は瑤子が早とちりしただけで、尚斗の『彼女』ではないのか。
(ずいぶん親しそうに見えたけど)
距離感、というのだろうか。
感覚的なものでしかないが、『友達』というには、二人から受ける印象は、近すぎるように感じたのだが。
「……本気で言ってるの?」
冗談で軽はずみなことをいうタイプではないと思っていた───少なくとも、いままでは。
「こんなこと、ふざけて言えるわけっ……」
ムッとしてこちらを見る尚斗の表情は、真剣そのものだ。
「オレは確かに年下だし……別れたって聞いた直後に、こんなこと言うなんて卑怯かもしれないけど、斎藤先輩だって───」
瑤子の反応を、断っている態度に感じたらしい。
尚斗は懸命に言葉を紡いでいたがそこで口をつぐむ。
瑤子から視線をそらし、ふたたび尚斗は言葉を重ねた。
「とにかく、オレは本気だし、初めて会った時からずっと気になってて……笑った顔とか、もっと近くで見てみたいって、思ったからで……」
だんだんと小声になっていく。
始めのうちは勢いに任せて言っていたものの、次第に自身の発言に照れてしまったのだろう。
思わず瑤子は、噴きだしてしまった。
尚斗を疑っていた自分に対してのものだったが、尚斗はそうは思わなかったらしい。
片手を髪のなかに突っ込んで、面白くなさそうに横を向く。
すねたような態度が、瑤子にはとても可愛いく映ってしまうのだが、本人に自覚はないようだ。
───雨は、いつの間にか、止んでしまっていた……。
尚斗も足を止め、答えを待つようにして、瑤子を凝視する。
───まさか蒼のことを、そんな風に尋ねられるとは思わなかった。
尚斗が、蒼と自分の付き合いを、誤解しているだろうことは知っている。
いや、彼以外の者でも、美術室でのあの現場に踏みこんで、二人を『恋人同士』と思わないほうが不自然だ。
(だけど、それでこの質問って……なに?)
「どうして、そんなことを訊くの?」
逆に尚斗に問い返す。
「どうしてって……」
口ごもる。
言いにくい理由があるらしい。
仕方なく、瑤子は言った。
「私……蒼とは───斎藤くんとは、別れたわ」
本当は、付き合う以前の問題だったのだが、それを尚斗に説明するのも馬鹿らしい。
「彼とはもう、なんの関係もないわ。彼でなきゃいけないなんていう、気持ちも残ってないし……」
ふと、蒼との苦い会話がよみがえってくる。
せめて彼との関係が、本来あるべき姿───恋愛感情を寄せあえていたのなら、どんなに良かっただろう。
(いまさら後悔しても、仕方ないのにね)
自嘲的な想いが浮かびあがる。瑤子はそれを隠すように尚斗を見た。
「こういう答えでいいかしら。他に答えようがないんだけど」
「───じゃあ……」
それまで瑤子の言葉を意外そうに聞いていた尚斗が、急に気をとりなおしたように意気込む。
「じゃあオレと、付き合ってくださいっ」
言った直後、真っ赤になるのが彼らしいといえばらしいが、瑤子は自分の耳を疑った。
(なに、言ってるの……?)
尚斗の真意が理解できない。
昼休みの女生徒は瑤子が早とちりしただけで、尚斗の『彼女』ではないのか。
(ずいぶん親しそうに見えたけど)
距離感、というのだろうか。
感覚的なものでしかないが、『友達』というには、二人から受ける印象は、近すぎるように感じたのだが。
「……本気で言ってるの?」
冗談で軽はずみなことをいうタイプではないと思っていた───少なくとも、いままでは。
「こんなこと、ふざけて言えるわけっ……」
ムッとしてこちらを見る尚斗の表情は、真剣そのものだ。
「オレは確かに年下だし……別れたって聞いた直後に、こんなこと言うなんて卑怯かもしれないけど、斎藤先輩だって───」
瑤子の反応を、断っている態度に感じたらしい。
尚斗は懸命に言葉を紡いでいたがそこで口をつぐむ。
瑤子から視線をそらし、ふたたび尚斗は言葉を重ねた。
「とにかく、オレは本気だし、初めて会った時からずっと気になってて……笑った顔とか、もっと近くで見てみたいって、思ったからで……」
だんだんと小声になっていく。
始めのうちは勢いに任せて言っていたものの、次第に自身の発言に照れてしまったのだろう。
思わず瑤子は、噴きだしてしまった。
尚斗を疑っていた自分に対してのものだったが、尚斗はそうは思わなかったらしい。
片手を髪のなかに突っ込んで、面白くなさそうに横を向く。
すねたような態度が、瑤子にはとても可愛いく映ってしまうのだが、本人に自覚はないようだ。
───雨は、いつの間にか、止んでしまっていた……。
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