上 下
4 / 16
宴もよう〜花嫁に告ぐ〜

【四】

しおりを挟む
「ケガでもされたんですか?」

瞬間、茜が噴き出したのと同時に、美穂の拳がその横っ腹をなぐりつけた。

「はうっ……。愛が痛いわ……」

「ねー、ちょっと、あんたたち!」

身をよじって泣き真似をする自らの伴侶を完全に無視して、いつもより可愛いらしい装いの赤い“花嫁”が、庭先にいる“眷属”たちに話しかける。

「せっかく来てやったんだから、なんか面白いモン見せなさいよ。
そこの眼帯つけた赤い犬! 腹芸とかタコ踊りとかできないの?」

「はっ? 俺っ?」

ひざ丈の筒袴から伸びた細い両足を投げ出し、美穂が犬朗に無茶振りをする。

その片方の足首に、茜が水に浸した手拭いを置いた。

「……久しぶりに・・・・・山道を歩いて、くじいたのよ」

咲耶の視線を感じたらしく、茜がこっそり耳打ちしてくる。

「じゃ、そっちのタヌキ耳! パンダとかコアラとかに、化けるとかは?」

「ぱ、ぱん? こ、あら? って、なん、ですか?」

「は? 知らないの?
ちょっと、咲耶。あんたのとこの“眷属”使えなくない?」

装いと声は可愛いらしいが、言っていることはかなりヒドイ。

咲耶が苦笑いを返していると、犬朗が思いだしたように声をあげた。

「お、そうだっ!
俺らなんかのつまんねぇ芸より、旦那、アレ見せてくださいよ。咲耶サマが旦那に見惚れたっつーアレ!」

「……何の話をしている」

「ちょっ……、犬朗! やめてよ、みんなの前で!」

「えー? なにソレ? あたしも見た~い! もったいつけないで見せなさいよ、ハク!」

「ヤダ、美穂ったら! ホントお下品なんだから。ハクの裸踊りなんか見たいのぉ?」

犬朗の提言にあわてる咲耶を見て、美穂と茜は悪ノリしたが、当の和彰は騒ぐ者たちを無表情で見ている。

黒虎毛の犬が、赤虎毛の犬の首を締め上げた。

「……貴様、ハク様に何をさせる気だ」

「おわっ……落ちつけ、犬貴!
そーゆうんじゃなくてだなぁ、旦那が前に“結界”の修復で見せたっつー『舞い』の話だって!

なっ、咲耶サマっ?」

必死の形相でふられた話題に、場の注目が一気に咲耶に集まった。

「えっと、あの……」

「咲耶サマだって、もう一度、見てみたいって言ってたよな?」

「そうなのか、咲耶?」

「…………うん」

自分の想いなど、この場にいる全員が知っているだろう。
それでも咲耶は和彰の問いかけに、気恥ずかしさのあまり小声でしかうなずけない。

そんな咲耶に、白い“神獣”の“化身”は事もなげに立ち上がった。

「分かった」

それまで成り行きを黙って見ていた闘十郎が、ひざを叩いた。

「どれ、ではわしがしょうを取るとするか。曲は?」

「おそれながら……『つまごい』かと存じます」

「ふむ。愁月らしいの。それで、おぬしは?」

「……鼓でしたら、少々」

犬貴と闘十郎が、ふたりだけにしか解らない会話をしている。

美穂が勢いよく片手を上げた。

「ハイはーい!『つまごい』なら、あたしも付き合うよ。そうで」

「あら。足は大丈夫なの?」

「だって、面白そうじゃん!」

───そうして、和彰の『舞い』のため、闘十郎が笙を吹き、犬貴が鼓を打ち、美穂が箏をつま弾くこととなった。
しおりを挟む

処理中です...