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第六章 ふたりで奏でる最高の舞台

甘い痛みをかかえ、舞台へ【2】

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「君の心が今のように窮屈なままでいたら、君の歌声も、聴く者に気詰まりな感じを与えるだろう。
───君はそれを、望むのか?」

未優は、首を強く横に振る。そんな仕打ちを、お金を払って来てくれた人に対して、できるわけがない。

「そうだな」

うなずいて、留加は微笑んだ。テーブルに置かれた未優の片手に自らの片手を重ねる。

留加の長くしなやかな指を、未優は驚いて見つめた。

「君の歌声は、優しくてあたたかい。人を惹きつけて、その先にある希望を見せてくれる。
それはとても、尊いことだ───人に、望みを与えるということは」

留加の指が、未優の片手を包むようにして握りこんだ。

「もし、君がいま、明日の“舞台”に立つことに自信をなくしているというなら、どうか、おれを信じて欲しい。
君の歌声を信じている、おれを」

未優は瞳を閉じた。

そうだ。自分は独りで“舞台”に立つ訳じゃない。

いつも側には留加がいて、自分のために旋律を奏でてくれている。
その留加のヴァイオリンに応えて歌えばいいのだ。

それがきっと───最高の“舞台”となるはずだから……。

「ありがとう、留加。明日も、よろしくね」

「あぁ。こちらこそ」

向けられたいつも通りの眼差しに、留加は胸を撫で下ろした。

薫あたりに気の利いた言葉でも教わった方が良いのだろうかと、思いながら。


†††††


渡されたプログラムを見ようともせずに、男は舞台と客席を、静謐せいひつな眼差しで見下ろしていた。

コツコツと、武骨な指先がテーブルを規則正しく叩いてはいるが、チャコールグレイのスーツ姿は、異国の地の紳士を思わせた。

その耳にあるのは、三日月型の金色の“ピアス”。

「お忙しいところをお越しいただき、恐縮です。イリオモテの……猫山様」

指先がピタリと止まる。
かけられた声の持ち主を振り返らず、泰造たいぞうは息をつきながら言った。

「……君は、どこへ行ってもやっていけそうだな」

「それが、私の唯一の取り柄かと思っております」

「……《あれ》に、その器用さを分けてやって欲しいぐらいだ。まぁ、カエルの子はカエル、ということだろう」

慧一は忍び笑いをもらした。

実直で潔癖な精神と、理想実現のためには手段を選ばない行動力は、確かに受け継がれているといえる。

だが───。

「カエルにも、いろいろございましょう。今日は、それを是非ご覧いただきたいかと存じます。
……決して、貴重なお時間が、無駄になることはないかと」

「そうあって欲しいものだがね」

「───では、私は失礼いたします。ごゆっくり、ご鑑賞くださいませ」

一礼し、慧一は泰造の居るテーブルを離れて行った。

泰造は独りごちる。

「カエルにも、いろいろある、か……」



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