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第二章 禁忌の称号

夢の先にある影【2】

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ぎゅっと、ひざ上で拳を握りしめ、未優は泣きだしそうな自分に気づく。

響子がテーブルに置かれたタバコを取り上げ、火をつけた。
未優を見ながら吸いこむと、彼女の顔に煙を吹きかける。

咳きこんで、未優は顔を背けた。

「……これで解ったかい? 自分がいかに愚かな夢をみてたかってことがさ。
なぁに、知っちまえば良い社会勉強だったってことで済む。知らないことを知る、それが大事なんだからさ」

「……なります」

「は?」

未優のか細い声に、響子はくわえタバコで眉を寄せた。未優が言った。

「あたし、“歌姫”になります!」

キッと響子を見据え、未優は今度はハッキリと宣言する。

響子は薄ら笑いを浮かべた。……やっぱり、そうきたか。

「──口ではなんとでも言えるって、言ったろう? お嬢ちゃん。
こっちだって、あんたがそう簡単に引き下がるなんて、思っちゃいないさ。

そこのドアの向こうに、アタシが呼んだ男がいる。まずはそいつと、寝てもらおうか。
あんたの覚悟が本物だって言うならね」

未優の座るソファーの後方を指す。

どくん、と、未優の心臓が強く脈打った。

(……男と、寝る……)

キスですら、したことのない自分が。
見ず知らずの男と、経験のないあれこれをするのかと思うと、訳もなく泣きわめきたくなった。

(留加……)

触れて欲しい相手は別にいるのに。
それでも、なんの愛情ももてない男と身体を交わすのが娼婦なら、そうするしかないだろう。
──本当に、“歌姫”になりたいというなら。

だが、未優は立ち上がれなかった。

無理だ、そんなこと。自分の身体を売るなんて、そんなこと、できない。

(留加、あたし……!)

ぎゅっと目をつぶって、歯をくいしばる。

留加は、廊下で待っているはずだ。

自分が“歌姫”になるのをあきらめたと言ったら、彼はどんな顔をするだろう?
軽蔑けいべつする? 落胆する? 嘆く?

──いや、そのどれにも当てはまらないはずだ。

留加は、未優が“歌姫”を目指しているから、未優と関わってくれているのだ。
未優が“歌姫”にならないのなら彼の道と自分の道は、これから先、交差することはないはずだ。

──無関心。
それが、未優に対する留加の態度となるだろう。初めて会った、あの日のように。

(そんなこと、耐えられない……!)

せっかく、少しずつではあるが留加が自分に歩み寄ってきてくれていたのに。
それを、手放してもいいのだろうか……?

『君のために、弾こう』

かけがえのない、未優の行く手を照らす、光のような言葉。そして、それによってもたらされる、至福の時間。

留加と共に奏でる旋律は、未優をどこまでも高みへと連れていく。
──それを、自分は。

未優は大きく息を吸い、吐いた。
ゆっくりと立ち上がり、響子に言われたドアを開ける。

壁ぎわに置かれた長椅子と、床に散らばり脱ぎ散らかされた衣服。鏡台は整然としていたが、あとはひどい有様だ。
……誰も、いない。

(……覚悟を、試されたの……?)

奇妙な安堵あんどと、さきほどまでの苦悩が交錯し、未優はその場にへたりこむ。寿命が縮んだ……。

瞬間、パタン、と、扉の閉まる音がした。次いで、目隠しをされる。

「だーれだ?」

完全に絶たれていた気配と、無邪気な明るい声。
そして、このような行動をとる人物には、一人しか心当たりがない。

「……薫でしょ」

「当たり! やだな、未優。ひょっとして、僕にずっと会いたかったんじゃない? そんなにあっさり答えちゃってさ」

ふふっと笑って、薫は後ろから未優を抱きしめる。
ムッとして未優は、その腕を振り払った。

「ちょっと、何すんのよ、あんた! 放しなさいよ!」

「……なに言ってんの、未優。この部屋に、なんのために入って来たの?」

片方の手首をつかまれ、未優はびっくりして薫を仰ぎ見た。

「……冗談でしょ?」

「こういうの、役得っていうのかな?」
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