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第二章 禁忌の称号
現支配人は、元『女王』【1】
しおりを挟む『虎族』の“支配領域”であるハニーシティに“第三劇場”はあった。
“第三”とは“劇場”が創設された順を表し、また、政府が許認可を下した際に与える屋号である。
全国に散らばった“劇場”が“第十二”まであることを考えれば歴史は古い方だろう。
現支配人は、『女王』までのぼりつめた虎坂響子。
『王女』二人、『声優』三人、『偶像』五人、『踊り子』三人の、総勢十三名の“歌姫”を抱えている。
(……“歌姫”に“地位”があるなんて、知らなかった……)
イメージトレーニングのため、ヴァイオリン曲を聴いていた未優は、手にした携帯音楽プレーヤーのスイッチを切った。
足元のガラス窓の向こうを見下ろす。
懸垂式の公共モノレールからは未優の住むマロンタウンより遙かに多い人通りが窺えた。
様々な“種族”が行き交っているのが、髪色と『姿』で分かった。
(『虎』の支配地って、獣型で歩いてもオッケーなんだよね)
“異種族間子”以外は、ほぼひと月に一度訪れる“変身”。
『獣の姿を公共の場にさらしてはならない』
とする“掟”を定めている“領域”が多いのだが、『虎』の“支配領域”では、それがなかった。
視線を上げて、真向かいの座席に腰かけている留加を見る。
片腕にヴァイオリンケースを抱え背後の車窓の向こう側を見ているようだった。
「もうじき着くぞ」
隣に座った慧一が、抑揚なく告げる。
(う~胃が痛くなってきた……!)
「緊張するなとは言わんが、人前で不細工なツラをさらすのはやめろ。『山猫』の“純血種”の名が泣く」
「ブサイクで悪かったわねっ」
「わめくな。三歳児か、お前は」
(キィ~ッ、ムカつく! ちょっとでも「こいつイイ奴かも……」なんて思ったあたしが、バカみたい!)
実は“第三劇場”の詳しい情報を未優にもたらしてくれたのは、誰あろう慧一である。
“劇場”は政府機関と密接なつながりがあるらしく、インターネット上での検索はもちろん一般的な情報収集の仕方では、伏せられた部分が多いのだ。
だから、慧一が自らのコネクションで手に入れてくれたことに、未優は今の今まで感謝していたのだ。
──それなのに。
モノレールを降りて地上に立つと、目の前には“第三劇場”の中央ゲートがあった。
通常の開演時間は夜なので、昼の今は、当然ゲートは閉じられている。
「……関係者入口って、どっち?」
未優は方向音痴の上に地図が読めない。
手にした携帯情報端末が、横から慧一に奪われる。
おおげさなため息が、その口から漏れた。
「ここまで来て、なぜ足が止まるんだ。目と鼻の先だろう。
もう、いい。
社会勉強だと思って、なるべく手をださずにいようと考えていたが付き添って来た以上、そうはいかないようだ。俺の気がもたん。
──行くぞ」
画面を一瞥した慧一は、押しつけるようにして未優に端末機を返した。
(う~、いちいち腹の立つ男! なのに、反論できない自分のバカさかげんが、ホント情けないったら!)
スタスタと歩きだした慧一の背中を思いきりにらみつけ、未優はそのあとに続く。
留加がそれを見て、静かに言った。
「……君の婚約者は、君を怒らせるのが趣味のようだな」
「性格悪過ぎでしょ? メチャクチャ顔にでてるけど……って」
(……婚約者?)
「なんで留加、知ってるの……?」
「ん? ……あぁ、本人に聞いた」
慧一を指差す留加に、未優は怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にして、弁明する。
「あの……別に、あたしあいつのコト何とも思ってないし、婚約っていったって、時間稼ぎっていうか形だけっていうか、だから、あの……」
「──すまないが、おれにとってはどうでもいい話だから、そんなに一生懸命説明しなくても、大丈夫だ」
何の感情も浮かばない瞳で見られ、水でも浴びせられたかのように未優の心が冷えていく。
胸が、痛い。
「そ……そうかも知れないけど……でも、誤解されたままでいるのはあたしが嫌だし……それに」
息が詰まって、未優はそこで言葉を切った。
どんなに言い募っても、想いが変わらないのなら、伝えるだけ無駄なのだろうか?
……いや、そんなことはないだろう。
そう思い直して、未優はふたたび口を開く。
「それに、これから先、留加には“奏者”として付き合ってもらうんだし、少しでも正確に、あたしのことを知ってもらいたいって、思うの。
……でも……それって……必要ないこと、なのかな……?」
自信なげに問いかけると、留加は足を止め、未優に視線を合わせた。
「いや。……演奏は、心を映す。
君の言う通り、これから先二人でやっていくわけだから、お互いのことは理解しておいた方が良いだろうな。
悪かった」
「ううん。解ってくれたなら、いい」
未優は留加に微笑んだ。
そうか、と、留加は静かに答えを返して前に向き直り、歩を進める。
冷えたはずの心が、真っすぐに返された留加の言葉によって、また暖かさを取り戻すのを感じた。
未優の顔に浮かんだ笑みが、さらに深まった。
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