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第8話 魔物の部屋ー2

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 ━籠城戦3日目━

「ん?あれ?!」

 早朝、ガイアスくんたちより先に目を覚まして防御結界内の小屋から出た私は、結界の外の光景の異変に少しだけ驚いた。

 『1番目の魔物の部屋』にはまだ魔物が数多くいるのだけど、その部屋が、知らないうちに氷の障壁で分けられていて、魔物たちが自由に部屋の中を移動できないようになっていたのだ。

 氷の壁の向こうにいる魔物たちは、氷に阻まれていても、こちらに向かって移動したり突進したりするので、しょっちゅう氷の壁にぶつかったりしている。
 なんだか痛そうだ。
「バッシュくんたちがやったのかな?」
 陣地の後ろ側から魔物の部屋を出て通路へ出ると、通路の魔物はジャックくんとバッシュくんによって予定どおり凍らされた魔物が障壁のようになっている。こちらはいくぶん氷の厚みが増しているけれど、昨日と同じに魔物ごと凍っている。
 通路は防御結界内より寒い。

 真夜中のシナップの再登場のあと、私たちは状況が変わっていないことを確認してから、通路の魔物たちだけ、ジャックくんとバッシュくんに封じておいてもらって、そのあとは、この部屋の魔物は後回しで、ちゃんと朝まで休もう、ということにしていた。
 だから朝になっても陣地外側の前方と左右は、魔物に囲まれているままだと思っていたのだけど。
 シナップが現れた真夜中には結界の周りにいたはずの魔物たちがいなくなっている。予定を変えてジャックくんが倒したのだろうか?
 じゃあ、氷の壁はだれが?
 バッシュくんたちの魔力ではこういった水の錬成と凍結を同時に行うような壁を造るのは難しいと聞いたけど。

 ◇

「どうなってるんだこれ」
 陣地の内側に戻って見ると、ガイアスくんとジャックくんが小屋の入口の外側で、キョトンとした表情をしたまま話をしている。
 2人が私に気がついて朝の挨拶を交わすと、お互いに訳がわかっていないことを説明しあうことになった。
 それから3人で『魔物の部屋』を見渡す。

 床のあちこちにバラバラと魔石や素材が散らばっている。
 それを眺めていると、今度は「誰がやったの?」と、すぐ後ろから、驚いた様子のバッシュくんたちの声がした。

 氷の壁で部屋を仕切ったのも、魔物を倒したのもバッシュくんたちじゃないとなると、あと考えられるのは魔物の『シナップ』だ。『三郎太』ではないと思う。どういうつもりなのかまでは、わからない。
 私たちは防御結界内の『小屋』に戻って朝食を取りながら相談することにした。

『第2ゲート』の魔冷保存庫から持ってきた調理済みの食材を手鍋に放り込んで温めてテーブルの上に並べていく。
 新鮮なミルクや野菜、卵があればもっといろいろな食べ物が用意できるんだけどそれを今言うのはなしだ。
 今日の朝は炊いた穀物に薄く削った燻製肉と細かく刻んだチーズと少量の野菜を混ぜて、お湯を加えて火にかけながら味を調えた料理と細かく刻んだ燻製肉と野菜のスープ。少しお粥っぽいメニューになった。
 バッシュくんたちが美味しそうに食べている。
 食べながらも、全員がやはり気になるのが今朝の出来事だ。
「やっぱり、あの『シナップ』っていう魔物がやったのかなぁ」
 バッシュくんがスープの入った器を、一度テーブルに置いてから言った。
 バッシュくんのスープには、野菜と燻製肉はもう残っていない。
「私たちを嫌ってるみたいだったのに、どういうつもりなのかな」エレイナさんが首をかしげた。
 ノアくんもバッシュくんも頷いた。
 シナップがやっていることは、鍵を持ち去ったり、悪態をついたり、それなのに私たちを襲う魔物を倒したり、氷の壁で私たちを守るようなこともしている。

「直接、嫌われている訳じゃないのかもしれないね」
 私がなにげなくそう言うと、みんなが私の方を向いた。
「私たちが魔物を警戒しているのと似てるのかもしれない」
 私がそう言うと、ジャックくんとガイアスくんが少しだけ頷いてくれた。
「バッシュくんやノアくんは、『三郎太』と初めて遭遇したとき、いきなり攻撃したりはしなかったよね?それはどうして?」
 私がそう聞くと、バッシュくんたちが「ヒトかも知れなかったし、魔物だったとしても、攻撃されないなら争う必要なんて無いから」と2人とも揃って言った。
 私は頷いた。「でも『三郎太』が“魔物”かもしれないから、警戒したよね。多分それはなにもされないうちから」

「じゃあシナップは僕たちを警戒して、あんなことをしたの?」
 バッシュくんたちが目を丸くして言った。
「警戒してるからって鍵を持って逃げたり、悪態をつくのは変だね」私がそう言うと、バッシュくんたちが「おかしいよ!」と頷いた。それで私が「でも、そういう意地悪をしたくなった気持ちの根底にあるのが、警戒心なのかもしれない」

『シナップ』にとって“ヒト”とはどんな存在なのだろうか。

「じゃあ、魔物を倒してくれたり、氷の壁で守ってくれたりしたってことは、ボクらへの警戒心が減ってきたのかな?」
 ノアくんがバッシュくんに言った。
 するとバッシュくんが「でも鍵は持っていったままだよ」と言って首をかしげた。

 彼らがそうやって話す間、私は床に散らばった魔石や素材のことを思いだす。
 真夜中にやってきたときもシナップは、自分を襲った別の魔物をなんのためらいもなく倒していた。氷の壁は少なくとも私たちの脅威から魔物を守る意図で作ったわけではない。

 ノアくんの言うように、シナップの気持ちに何かしら変化が起きている可能性は高い。

 私は器の底に残った燻製肉と野菜を匙で掬ってスープを飲んだ。野菜の甘味と燻製肉の旨味、塩気が程好く効いて美味しい。

 ◇

 朝の食事を終えたあと、ガイアスくんとジャックくん、私は防御結界『屈強なコテージ』の小屋にエレイナさんとバッシュくんとノアくんを残し、魔物の様子を観察しながら3人で床に散らばった魔石と素材を拾っている。

「思ったより、たくさん落ちてる」
 ガイアスくんが拾い上げた魔石の欠片を袋に入れながら言った。
 魔石と素材は防御結界のすぐそばに集中して落ちているので、拾いきるのにそれほど時間は要らなそうだけれど、落ちている数から倒された魔物の数を考えると、『シナップ』が倒した魔物の数が、かなり多い。
 途中で拾った数を互いに言い合って計算すると、魔石が275個、素材が139個位になっている。
 数体に1個位の割合で落とすので、1,000体かそれ以上の魔物がシナップによって倒された計算だ。
 しかも床にはまだ拾いきっていない魔石や素材が散らばっている。その上、シナップは私たちが起き出す前には、氷の壁まで作っている。
 それも分厚い氷の壁を、この広い部屋、ガイアスくんが1万人くらい入れそうなこの広い部屋の端から端に、いくつも部屋を仕切るように造り上げている。
「1人で全部やったんなら、侮れないやつだな」と、ガイアスくんがなんとなく面白そうに言った。
 ガイアスくんが屈んでいるのはシナップが最初に私たちの前に現れて立っていた場所辺りだ。
 すぐそばでまだ数多くの魔物がいるけれど、氷の壁を破壊して私たちを襲うということはしばらくできそうに見えない。
 こちらからもこの氷の障壁を無理に解除するのは、骨がおれそうだ。
「これなら当分放っておいて大丈夫だ」ということで、魔石と素材を拾い終えると、私たちは一旦防御結界の小屋まで戻ることにした。
 小屋に戻るとバッシュくんたちが丁寧に資料を調べている。
 今は『ロビー』から持ってきた資料を読み直しているはずだ。

 私とガイアスくんとジャックくんは邪魔をしないよう、そっと奥の自分達の寝室へ向かって、素材と魔石の数を確認する作業をする。
 魔石378個、素材187個
 「シナップ、やるじゃないか」
 ガイアスくんがそう言いながら、数え終えた魔石と素材を袋に入れて、袋の口を紐で縛った。
 一晩かからずに、一人で魔物を20,00体以上も討伐した可能性が高い。数だけで強さを比較することはできないけれど。

 床に落ちていた魔石と素材を数え終えて、今度はバッシュくんたちのところへ報告に向かう。
 すると、ちょうどキリの良い所だったらしく、ノアくんたちが立ち上がって紙や本を分類して脇に寄せていた。
 「おかえりー」
 バッシュくんとノアくんはこちらに気がつくと、ちょこちょこと歩いてきて、出迎えてくれた。
 私たちは入口を入ってすぐに寝室へ向かったので、帰っていたことに気がついていなかったようだ。調べものに集中していたせいもあるだろう。
 エレイナさんが厨房でお湯を沸かして濃い琥珀色をした飲み物を作っている。フワッと香ばしさの混ざった甘い良い香りが漂い始めた。

 ◇

「魔物の方はみた感じ特別な行動をしてるようには見えなかったな。今までと同じように、俺たちに向かって前進して、目についたやつに飛びかかってる」
 ガイアスくんが先ほど見てきた魔物の様子を、情報を共有するためにエレイナさんたちに報告している。
「前に進むために氷の壁に密集して、たまに突進したりしてるが。今のところ壊せそうには見えない」

 気になると言えば、あれだけの氷の壁がある割に、それほど寒さを感じないことだろうか? 
 もちろん氷の壁はすごく冷たく、冷気をガンガン出していて、周囲は寒くはあった。

 ……私がもっと寒くなっていると想像していただけで、気のせいなのかもしれない。
 私はエレイナさんが用意してくれた琥珀色の飲み物を飲んでホッと息をついた。
 苦味のあるなかに、やさしい甘味があって美味しい。

「魔物の数は、もう思ったほど多くはないかもしれない」
 氷の壁の向こうにいる魔物たちは、魔物同士で踏みつけあってでも前に出ようとする状態なので、こちらから見えるのは、魔物の群ればかりだ。
 そのせいで天井は見えているけれど、床や奥の壁はほとんど見えない状態になっている。
 ただ、奥の方の様子までは判りにくいものの、見る角度によって氷の壁の向こうに空いてる空間が見えたりするのだ。
 半分は大袈裟でもかなりの空いた空間が、氷の壁の向こうにもある。
 バッシュくんたちが私たちからの報告を、入手した魔石や素材の数も合わせて記録メモしている。
「それなら無理に氷の壁をどうにかしないで、自然に魔物がこちらに向かってくるまで他のことをした方が良いのかな?」
 エレイナさんがそう言ってゆっくりと飲み物を飲んだ。
 私たちも同意して「予定と違うけど、まず先に通路の3番目の扉までを魔物のいない空白地帯にしよう」という話になった。

 通路の方は昼前か昼過ぎくらいに魔物が動き出す可能性が高いけれど、それでもまだ時間がある。
 それまでは全員で資料を調べる作業をすることにした。

 元の予定では『1番目の魔物の部屋』に陣取って、まず全員で魔物に対応して、私たちの魔力が減ってきたらガイアスくんとジャックくん魔物を任せて、その間、私たちが資料を見直す作業をすることにしていた。
 それで、体力や魔力の回復と宿泊機能のある防御結界『屈強なコテージ』をバッシュくんたちがたくさんの魔力をはたいて発動させたんだけど。

「この魔方陣で寛いでなかったら、シナップは氷の壁を作ったり魔物を倒したりしてくれなかったかもしれないしね」
「思ったのと違うけど、結果が同じならいいや」
 と、当のバッシュくんとノアくんは気にした風がないのだけど、私はなんだかもったいない気がしてしまった。
 これが貧乏性というのだろうか。
 そう思っていると、エレイナさんが小屋の設備を使わずに、厨房で自分の魔力を使って水を出しているのが見えた。

 ◇

 予定通り、通路の魔物の様子を確認するために私たちが通路へ出ると、昼近くになっているのに魔物たちが動き始めているようすがほんの少ししか無いのがわかったので、私たちは魔物をジャックくんに任せ、ガイアスくんと私で『第2ゲート』に戻って魔冷保存庫から食料を持ち出すことにした。

 食料はすでに防御結界の小屋に運び込んでいるけれど、予定より長く『1番目の魔物の部屋』に滞在するならもう少し運んでおいた方が便利かもしれないと思ったからだ。

 バッシュくんとノアくんとエレイナさんには通路の防御結界の陣地内で待機してもらっている。

「食料を増やせたらいいんだけどなぁ」
 私たちにとって、魔物の脅威より、食料の問題の方がこの先の深刻な悩みだ。そうかと言って、食べないでいれば調子を崩してしまったり、十分に動けないような事態に陥る可能性もあって、本末転倒なことになりかねない。

「いざとなったら『お客さん用の部屋』の『厨房』にある保存食の出番だな」とガイアスくんと私が笑いあった。
 数千年も昔のお客さんたちの保存食を食べて平気かどうかはわからないけれど、やるだけのことはやってみた方がいい。

 魔冷保存庫から食料を取り出して、空いている木箱に2人で詰め、念のため『拠点』に異常が無いかだけ軽く確認して私たちは通路に戻った。

 ずいぶんと通路の魔物のいない空白地帯が増えてはいるけれど、ガイアスくんがいない分を補うため、通路の一部を凍らせたままで、ジャックくんは前方の魔物に対応している。

「5日分の食料を持ってきた、そろそろ昼飯の時間にしよう」
 ガイアスくんが飛びかかって来た魔物たちを大剣で打ち払ってから言った。
『第2ゲート』の魔冷保存庫に残っている調理済みの食料はこれであと10日分になっている。
『屈強なコテージ』の食料保存庫にはこの5日分が追加されることで今日の分を入れて15日分の食料が保存されていることになる。
 私が食料を魔物の部屋の陣地内に運び入れて通路に戻ると、昼前よりは魔物たちの動きは活発で、元々凍結の影響を受けていない奥の魔物たちが前進してきている。
 どうしても魔物の数が多い。
 ガイアスくんが凍ったままだった片側の魔物を打ち払ったので、さらに魔物の進行が勢いづいた。
 ジャックくんがやや後退する。
 そのタイミングでガイアスくんが『大盾』を発動させ、前方の広範囲にいた魔物が奥へと弾かれた。
 その衝撃で数体の魔物が僅かに黒い霧を出して消える。
 ほとんどの魔物が何も残さない、何も残らない。
 それがどこか物悲しい気がした。

 ◇

 昼時を少し過ぎてくると、2番目の魔物の部屋の扉辺りも魔物のいない空白地帯になるのは時間の問題というところになって、ジャックくんが『氷結』を使い、再び通路の気温が下がっている。そろそろ一時食事を兼ねた休憩のため、1番目の魔物の部屋に戻る準備だ。

「そういえば、あと2日で今の『防御の陣』が使えなくなるけど、新しい結界をどうしよう?」
 おもむろにバッシュくんが私たちに尋ねた。

「『屈強なコテージ』なら、破られる心配をあんまりしなくていいよ」
 バッシュくんにそう言われて、私は少し悩んだ。

 維持費はかかるけど快適な設備の揃った防御結界と、初期費用も低めで維持費がかからず、防御機能も高めの防御結界。

 どっちが正解なんだろう。

 この戦いが始まった時には考えなかったような贅沢な悩み方を自分がしていることに、ふと気がついて、私は笑ってしまいそうになるのを我慢しながら私は真面目に考えた。

 結界として防御力が高いのは『防御の陣』より『屈強なコテージ』の方だ。宿泊設備があって、時間経過による魔力と体力回復効果がある。

 問題は設置にかかる初期費用、もとい初期必要魔力だけど、今はまだ魔力回復ポーションの在庫もたくさんある上、維持費として使える魔石が小さいながらも手に入っている。

 ここの魔物の脅威度だけで考えるともったいないけれど、『三郎太』に続いて『シナップ』も現れたことを考えると、もっと警戒して防御の高くて自動で回復する陣地の方がいいのかもしれない。
「アイテムは無限じゃないし、無駄遣いしていいわけじゃないだろ」と、ガイアスくんが言うと、エレイナさんが「いざというときに使わないと死んじゃうのよ」
 どこかで聞いたことがあるような台詞を言った。

 しばらくして、前方の魔物がほとんど動けなくなったところで、私たちは一時休憩のため1番目の魔物の部屋に戻った。
 頃合いを見てまたくるつもりのため、今回魔物はジャックくんの『氷結』だけで凍らせている。

 小屋に入る前にバッシュくんたちと一緒に氷の壁の具合を見に行くと、氷の障壁は今朝見たときとさほど変わった様子がなく、冷気を出しながら魔物たちを阻んでいる。
 表面は少しずつ解け始めてはいるようで、溶けて液体になっている部分もある。

 その氷の壁の様子を確認したとき、バッシュくんとノアくんが少しだけ首を傾げたけれど、とくに何も言わなかった。
「さすがに解け始めてるな」
 そうは言うものの、放っておいて完全に解けるには数日はかかりそうに思える。
 ちなみに、ジャックくんの『焔』やガイアスくんが大剣で攻撃すれば壊せそうな気がするし、実際にガイアスくん自身が「破壊することは出来る」と言っていたんだけど。

 それよりは、自然に氷の壁が解けるまで待って、その間別のことをしようということになっている。

 私たちの調べ直し、調査対象には魔物の部屋も含まれている。
 氷の壁を無理に壊さないなら、今のままだと調査が進まないため、次の2番目の魔物の部屋へ向かう準備も進行させている。
 壁の一部を壊して、魔物に対処していくという手段も考えられる。
 装置の専用鍵を1つ持っていかれはしたものの、案外選択肢はありすぎるくらいにあるのだ。

「情報を整理した方が良さそうだな」
 遅めの昼食の準備をしながら、ガイアスくんが言った。
 なかなか予定どおりに進まないことが、若干ガイアスくんを疲れさせ始めている。
 ジャックくんが燻製肉の入った料理をそっとガイアスくんに差し出した。
 するとガイアスくんがハッとした顔をしてジャックくんの方を見た。ジャックくんは自分の料理を並べている。
 ジャックくんが差し出した料理はガイアスくんの分である。
 ガイアスくんが咳払いをした。
 もしかするとジャックくんが自分の料理を分けてくれたと思ったのかもしれない。
 今日のお昼は甘辛く味付けした胡桃、芋と豆、野菜。それに燻製肉を使った料理に、炊いた穀物。
 バッシュくんとノアくんが平らな器にお水を乗せて運んできてくれて、それらが行き渡ったところで食事になった。

 ◇

「まず整理しておきたいのは、『三郎太』と『シナップ』とこの遺跡を再起動させた『何者か』の存在だ。この三者の正体や関係性があるのか無いのかわからないってのが、現状だ」

 ガイアスくんはそう言うと、水を少しだけ飲んだ。
「魔物の数は、今いる魔物の部屋から推測すると、250,000体よりは少なくて済みそうに俺には思える」ガイアスくんの言葉に私たちも頷いた。
「遺跡の設備を操作するのと俺たちが帰還するために必要な装置の鍵を1つシナップに持っていかれたせいで、脱出方法が今はわからなくなった。それで別のやり方を探すということにしたのが、今現在の俺たちだ」
 バッシュくんとノアくんが頷いて、私たちも頷いた。
「今のところ、脱出の手がかりは見つかっていないが、やれそうなことは案外多いよな。まず、まだ見ていない部屋が4箇所も残ってる。正確にはここも含めて5箇所だ」
 1番目の魔物の部屋はシナップが氷の壁で仕切っているので、全部は調べられていない。
「他にもジャックとバッシュたちが『書斎』で見つけた本は、手がかりとして期待が持てる。ここの魔物について書かれている内容の信憑性が高いことを考えると、脱出と関係がなくても俺たちに有益な情報をもたらす可能性大だ。他の本にも期待が高まる」
「調べ直ししたい箇所も『ロビー』『お客さん用の部屋』『装置のある部屋』と……つまるところ俺たちは今、実ははっきりいって忙しい!」
 ガイアスくんが言いきって水を飲んだ。
「そこで、何を優先して動くかを決めた方がいいんじゃないかと俺は思うんだ。何かあったら言ってくれ」

 するとジャックくんが「まず通路の魔物をどうにかして魔物の出入口全部を、バッシュたちの結界か何かで封鎖出来ないか?」と提案した。ガイアスくんがバッシュくんたちを見ると、「防御結界を魔物の封鎖のために使うってこと?」とバッシュくんが言った。
 続けて「『防御の陣』でそういう使い方をするのは不向きだけど、『屈強なコテージ』なら出来るかもしれない」と答えた。

 1番目の魔物の部屋に設置したような4つ使った魔方陣ではなく、1つずつ設置していくだけなら、魔力消費もいくらか抑えることが出来て、私たちも陣地として利用でき、通路を自由に移動することが可能になる。

 そこまで話してから、ジャックくんが通路へ戻った。そろそろ魔物たちが動き出す頃合いだ。
 私やガイアスくんたちもその後を追う。

 ◇

 通路に出るとジャックくんが待っていて、どの辺りまで今日中に進むのか決めようという話になった。

 今現在まだ日が高い時間で、魔力消費を気にせず全員で対応するなら、私たちは通路のかなり奥まで前進することが出来るだろう。
 先ほどの話の流れでなくても、通路に魔物のいない空白地帯を作り上げて出入口をあらかじめ塞ぐのは有効な手段だ。
 塞ぐ手段自体はさほど問題ではなくて、ジャックくんにとって自身のやるべきことは、必要なだけ魔物を倒していくことなのだ。
「よし、今日は行けるところまで行こう」
 ガイアスくんが言って、バッシュくんたちが「おー!」と小さな拳を上げた。それを見たガイアスくんとエレイナさんが「無理はしてくれるなよ」「無理はしちゃダメなのよ」と少しだけ慌てた。
 動き始めた魔物がこちらに飛び出してくるのが前方に見えて一瞬私は「あっ!」となったけれど、すでにガイアスくんが『大盾』を発動させている。

 私は3番目扉辺りを狙って地属性魔術『アースバインド』を発動し魔物たちの行動を遅らせる。そこへバッシュくんたちの弱体化魔術『二重奏』が発動し、魔物たちの体力と魔力が一気に減らしていき、その一部が私たちに還元される。
 続いてエレイナさんの風属性魔術『風刃』が魔物たちを襲う。2番目の扉付近の魔物に対してよりも、『風刃』が、かなり効いているように思う。
 ガイアスくんが『大盾』の技能で一歩分、魔物を退け、そのまま力ずくで前方へ進む。

【アースバインド!】【二重奏!】【風刃!】
 連続で畳み掛けていく。
 少しだけここの魔物にバッシュくんたちの『二重奏』は勿体ない気がするんだけど。
 ジャックくんが2番目の魔物の部屋の出入口を『氷結』で魔物ごと凍結させる。続いてバッシュくんが雨を降らせ、出入口付近の魔物をさらに凍結させていってしまった。

 私が再び地属性魔術『アースバインド』で周辺の魔物を固まらせ、そこへエレイナさんの短弓技能【霧雨】水属性魔術を付与された弓矢から無数にも思える水属性の弓が発生して魔物を襲う。
 私が地属性魔術の効き方に反動のようなものを感じる一方でエレイナさんが放った弓矢が効果的に魔物を捉えている気がした。
 その攻撃で3番目の魔物の部屋の出入口付近に一瞬魔物のいない空白が生まれ、その間合いで一気にガイアスくんとジャックくんが前進する。奥から飛び出してくる魔物をことごとく退ける。
 ジャックくんの剣が出入口の魔物たちの動きを鈍らせ、続いてバッシュくんが雨を降らせ凍結させた。
 ガイアスくんの大剣が通路前方の魔物を凪払い、ジャックくんの剣が魔物たちから熱を奪い凍らせていく。
 しばらくして、ジャックくんが片手をあげると、待機していたバッシュくんが前方の魔物たちの頭上に雨を降らせ、そのまま魔物たちを凍らせていった。

「3番目の魔物の部屋の出入口も無事に封鎖できたな。怪我してるやつはいないな」
「大丈夫」バッシュくんたちが目を細めて、屈んだガイアスくんによじ登った。
「戻って飯食って休むぞ」

 気がつくと時刻魔導具はすっかり夜の時刻を教えてくれていて、魔具の盤面に嵌め込まれた12個のとても小さな魔石が蒼く光っている。

 落ちている魔石や素材がそこそこ多く見えたので、ひとまず拾うのは明日、ということにして私たちは小屋に戻って、厨房でお湯を沸かし晩御飯の準備に取りかかった。
 食料保存庫から各々食料を取り出し、手鍋で野菜のスープを温め直す。しっかり塩を抜いた塩漬け肉入り。お肉は多め。
 コトコト弱火で煮込み直していくといい匂いがしてきた。
 火加減は火属性設備の魔術機能で自動になっている。
 ちなみに他にも各属性設備が働いているため『屈強なコテージ』内は比較的快適だ。
 自動でスープを煮込んでいる間に別の鍋で豆と一緒に炊いた穀物を温め、ふっくらと器に盛り付けていく。
 豆と野菜の甘辛煮、焼いてカリカリっとさせたチーズに、ビスケット6枚。出来上がった野菜スープをたっぷり器に入れてテーブルに並べる。「いただきます」

 まだ先は長いのでしっかり回復することは重要だ。
 食事を終えてしばらくして、バッシュくんが何処からか手のひらに乗るような小さな置物を持ってきた。
 ブタを愛らしくした見た目をしている。
 それをガイアスくんたちも興味深そうに見はじめた。
「これはボクら専用の魔力変換魔導具の1つです」
 ノアくんが自分の分の魔導具を見せてくれた。バッシュくんのとは色違いになっている。
 バッシュくんが自分の魔力変換魔導具のブタの頭の部分を撫でた。すると、コトンと1枚の銀色をしたコインが現れた。
「これは魔導ギルドと魔導研究ギルドの共同開発製品に使えるコイン。実験的に使用されてるだけで、市場にはまだ出回ってない」
 そのコインを持って今度は部屋の小窓の側に置かれた飾り棚の小さな箱を手にとって、バッシュくんが箱の側面を私たちに見えるようにした。箱の側面にコイン型の絵柄が2つ浮かび上がっている。
 バッシュくんが今度は箱の上部に作られた細長い長方形の隙間から、コインを入れた。
 するとコイン型の絵柄が1つ増えて3つになった。
「今ので魔方陣に追加の魔力が供給されたんだ。面白いでしょ」
 ノアくんの説明によると、この魔力変換魔導具は魔力や魔石をコイン型にして貯めておくことが出来るものらしい。
「出来たコインで共同開発製品を使えるようにしてるのか」
 ガイアスくんが感心していると、バッシュくんがしきりに「面白い?」と聞いている。
 ガイアスくんが「ああ、面白い!」と返事するとバッシュくんとノアくんが、ぱあっと嬉しそうにした。

 バッシュくんとノアくんによると、今回魔方陣を4つ組み合わせたことで克服した快適さは〈広さ〉だけだというので、魔方陣1つでも野営に比べ充実している。
 未来の野営に革命が起きそうだ。


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 籠城戦3日目

 推定魔物討伐数 8,000体~9,000体、素材獲得数???個(赤青黄白黒)、魔石の欠片???個

 □共有アイテム□

 ◇主な食料57日分
 ◇嗜好品お菓子類(魔導系回復あり)、嗜好品、お菓子類(飴玉10粒、チョコ1箱)、未調理穀物6日分
 ◇魔力回復ポーション(EX132本、超回復112本、大262本、中1,029本、小1,470本)
 ◇治癒ポーション(EX132本、超回復254本、大1,020本、中2,420本、小5,018本)、薬草(治癒2,216袋、解毒120袋)2,336袋、他

 □各自アイテムバッグ
 ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
 □背負袋
 ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
 □シナップ 推定魔物討伐数2,000体、 魔石の欠片378個、素材187個
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