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三章 三角関係の件
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夕方、お互いの中間地点の駅で亜希子と別れると、沙耶はひとり歩いてマンションに向けて帰ることにした。なんとなく今日は歩きたい気分だったのだ。
幹線道路沿いを物憂げに歩を進めていると、背後から唐突にクラクションの音が短く二回鳴らされる。驚いて振り返ると、そこには白のセダンに乗った藤本の姿があった。彼は車を端に寄せ、その場に停車させた。助手席側の窓を開け、身を乗り出してくる。
「か、課長!?」
「偶然だな、宮城」
窓から顔をのぞかせた藤本はサングラスを上げると、その手で助手席に乗るよう指差してきた。
「暇なら乗っていかないか? ちょうど食事に行こうと思ってたところだったんだ」
「ええっと……」
亜希子の助言もあり、つい沙耶は反射的に身構えてしまう。
それを察してか、藤本が軽い溜息をついた。
「なら、小林も一緒でどうだ?」
「な、尚樹ですか!? そ、それはさすがに――」
それこそ青天の霹靂である。三角関係を体現するわけにもいかないと沙耶は断りかけるも、このまま逃げてばかりもいられないと即座に頭を回転させ考え直した。
「あ、あの……課長は尚樹が同席しても本当にいいんですか?」
慎重な沙耶の質問にも、藤本は極めて軽くうなずく。
「もちろん。いい加減、小林の気持ちもはっきりしてもらいたいと思ってたから」
とりあえず危ないから早く乗れと急かされ、沙耶は言われた通り助手席に収まる。ドアを閉めると、藤本は車を発進させた。ビュンビュンと、車窓の景色が変わっていく。
それから藤本に半ば命令される形で、沙耶は尚樹に連絡を入れた。とうの相手は、ほんのツーコールで電話に出てくれる。
「も、もしもし……尚樹?」
『沙耶? もしかして、許してくれたのか?』
「食事に行かない?」
『はあ、食事? いまどこ?』
「え、えっと……」
「環七」
困っていた沙耶の代わりに、藤本がハンドルをさばきながら答えた。
その声が聞こえたのか、電話口の向こうが不機嫌になる。
『なんで藤本さんが一緒なんだよ』
「あ、あの、課長がっ……三人で話し――食事しようって」
『マジで言ってんのか?』
わけがわからないとばかりに、尚樹が呆けた声を上げた。
沙耶も最初こそ同じ気持ちだったが、三人で話すほうが妥当だと思ったことも否めない。亜希子のアドバイスもあり、見極めなければならないときがきたのかもしれない。
沙耶が言葉を継ぐ前に、藤本が大きな声で言う。
「最寄り駅まで迎えにいくから、いますぐどこか教えてくれ」
スマホを持つ手が汗で湿って震えるも、沙耶はぎゅっと意識して握っていた。
尚樹はしばし沈黙していたが、ややあって沙耶に向けて駅名を述べる。沙耶がそれを藤本に伝えると、「了解」と言って彼はウィンカーを左に出して道を曲がっていった。
通話を終えた沙耶は居たたまれなくなるとともに、なんだか申し訳なくなってしまう。
「……あの、藤本課長。なんか、すみません」
「なんで宮城が謝る必要があるんだよ」
藤本が口角を上げ、くくっと喉で笑う。
その特徴的な笑い方に、沙耶の胸のうちがわずかに跳ねた。
チラリと沙耶のほうを向いてから、藤本は真面目に告げた。
「これは俺たちのケジメでもあるから。宮城もこのままじゃツライだろう?」
そう言われてしまえば、その通りだったので沙耶は何も返せない。
(私たち、本当に三角関係だったんだ……)
漫画のような展開の主人公だという認識に愕然としながらも、車窓の向こうを流れる都会の景色を見つめ続けた。そしてできれば尚樹が気を変えて駅にいないようにと、祈ることしかできなかった。
幹線道路沿いを物憂げに歩を進めていると、背後から唐突にクラクションの音が短く二回鳴らされる。驚いて振り返ると、そこには白のセダンに乗った藤本の姿があった。彼は車を端に寄せ、その場に停車させた。助手席側の窓を開け、身を乗り出してくる。
「か、課長!?」
「偶然だな、宮城」
窓から顔をのぞかせた藤本はサングラスを上げると、その手で助手席に乗るよう指差してきた。
「暇なら乗っていかないか? ちょうど食事に行こうと思ってたところだったんだ」
「ええっと……」
亜希子の助言もあり、つい沙耶は反射的に身構えてしまう。
それを察してか、藤本が軽い溜息をついた。
「なら、小林も一緒でどうだ?」
「な、尚樹ですか!? そ、それはさすがに――」
それこそ青天の霹靂である。三角関係を体現するわけにもいかないと沙耶は断りかけるも、このまま逃げてばかりもいられないと即座に頭を回転させ考え直した。
「あ、あの……課長は尚樹が同席しても本当にいいんですか?」
慎重な沙耶の質問にも、藤本は極めて軽くうなずく。
「もちろん。いい加減、小林の気持ちもはっきりしてもらいたいと思ってたから」
とりあえず危ないから早く乗れと急かされ、沙耶は言われた通り助手席に収まる。ドアを閉めると、藤本は車を発進させた。ビュンビュンと、車窓の景色が変わっていく。
それから藤本に半ば命令される形で、沙耶は尚樹に連絡を入れた。とうの相手は、ほんのツーコールで電話に出てくれる。
「も、もしもし……尚樹?」
『沙耶? もしかして、許してくれたのか?』
「食事に行かない?」
『はあ、食事? いまどこ?』
「え、えっと……」
「環七」
困っていた沙耶の代わりに、藤本がハンドルをさばきながら答えた。
その声が聞こえたのか、電話口の向こうが不機嫌になる。
『なんで藤本さんが一緒なんだよ』
「あ、あの、課長がっ……三人で話し――食事しようって」
『マジで言ってんのか?』
わけがわからないとばかりに、尚樹が呆けた声を上げた。
沙耶も最初こそ同じ気持ちだったが、三人で話すほうが妥当だと思ったことも否めない。亜希子のアドバイスもあり、見極めなければならないときがきたのかもしれない。
沙耶が言葉を継ぐ前に、藤本が大きな声で言う。
「最寄り駅まで迎えにいくから、いますぐどこか教えてくれ」
スマホを持つ手が汗で湿って震えるも、沙耶はぎゅっと意識して握っていた。
尚樹はしばし沈黙していたが、ややあって沙耶に向けて駅名を述べる。沙耶がそれを藤本に伝えると、「了解」と言って彼はウィンカーを左に出して道を曲がっていった。
通話を終えた沙耶は居たたまれなくなるとともに、なんだか申し訳なくなってしまう。
「……あの、藤本課長。なんか、すみません」
「なんで宮城が謝る必要があるんだよ」
藤本が口角を上げ、くくっと喉で笑う。
その特徴的な笑い方に、沙耶の胸のうちがわずかに跳ねた。
チラリと沙耶のほうを向いてから、藤本は真面目に告げた。
「これは俺たちのケジメでもあるから。宮城もこのままじゃツライだろう?」
そう言われてしまえば、その通りだったので沙耶は何も返せない。
(私たち、本当に三角関係だったんだ……)
漫画のような展開の主人公だという認識に愕然としながらも、車窓の向こうを流れる都会の景色を見つめ続けた。そしてできれば尚樹が気を変えて駅にいないようにと、祈ることしかできなかった。
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