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勇者の初仕事
代償の支払い
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――魔獣との戦いでは、獣たちとのそれとは違い血飛沫の類いが飛ぶことも、雪を血に染める事もない。
ただ黒くて粘性のあるタールの様なモノで綺麗な雪の白を汚していく。
ゲームの様に遺骸が消えてドロップアイテムが現れる――なんて事は無いけど、例えば和貴がはね飛ばした頭部が落ちると、その形をドロリと崩してタール状の水溜まりと化す。残った体もまたぼとぼととタールを撒き散らしながら倒れ、見る間に白銀の世界が穢らわしい黒に染まっていく。
見ていても、生命を殺す畏れは感じない。でももっと吐き気を催す様な気持ちの悪さを感じる。
「あれが、異界の者がもたらした災厄の一端なのです。あの穢れはこの世界の人間には祓えない」
「んだから俺らが対応すんのさ、――こういう風にな!」
全ての魔獣が黒いタールと化した雪原を、猛火が撫でる。
しゅうしゅうと雪が瞬時に溶けて蒸発していくのに合わせて、まるで消えるペンで雪原をなぞるように白のキャンパスが戻って来る。
「――この術を持つのは各国を治める貴族の位に在る我らの種族のみ。それも個人差がある故、全ての位はその実力で計られ授けられるものなのです」
戦闘が終わったとホッと一息吐くと同時に憑依が勝手に解除された。途端に体が重くなる。
「……成る程、これは中々――持っていかれますなぁ」
「この程度でも渇くなら、間違いなく憑依の度に吸血が必要になるのか」
「そうなると、安易にこの力に頼りすぎるのも危険ですね」
「……女の子の血が飲めるのは嬉しいけどね。女の子の血は滅多に飲めないから」
「そりゃそうですよ。男性に比べて女性は血の絶対量が少ないのですから。負担を考えれば多い方からいただくのが当然でしょう」
「……あー、勇者どの。済まないがそういう訳だから。一先ず馬車へ戻ろう」
体のだるさに素直に車の中へ戻る。
私のエスコートをした幸守だけが一緒に乗り込み、他三人は御者と護衛に別れてそれぞれの定位置に付き、手綱を握る影家が馬車を出すと馬に乗る二人もそれに合わせて駆ける。
「――勇者どの。……申し訳ないが……よろしいだろうか」
こんなにも寒いのに。幸守の様子はまるで真夏の暑い日の日中に喉の渇きが限界になった者が、キンキンに冷えたジュースを目の前にしたような。
そんな切羽詰まった様子が伺える。
けれど彼はそれを限界まで押し込め、努めて紳士的に振る舞おうと笑みを浮かべた。
「この様なむさ苦しい大男でございますが、どうかご容赦下さい。……痛くは致しません。健康に難が出る様な量をいただく事も致しません。ただ暫しお手をお貸し下さい」
するりと。いつの間にか手を握られ、ひょいぱくっと人差し指が彼の口の中に――生暖かい粘膜の湿り気が指にまとわりつき……プツリと牙が指の腹に突き刺さる。
それはあっという間の出来事で。
気付いた時にはもう、ふわふわと日向ぼっこをしながらうとうとと心地よくうたた寝している様な――何とも言えない夢心地の幸福感に浸りきっていた。
ただ黒くて粘性のあるタールの様なモノで綺麗な雪の白を汚していく。
ゲームの様に遺骸が消えてドロップアイテムが現れる――なんて事は無いけど、例えば和貴がはね飛ばした頭部が落ちると、その形をドロリと崩してタール状の水溜まりと化す。残った体もまたぼとぼととタールを撒き散らしながら倒れ、見る間に白銀の世界が穢らわしい黒に染まっていく。
見ていても、生命を殺す畏れは感じない。でももっと吐き気を催す様な気持ちの悪さを感じる。
「あれが、異界の者がもたらした災厄の一端なのです。あの穢れはこの世界の人間には祓えない」
「んだから俺らが対応すんのさ、――こういう風にな!」
全ての魔獣が黒いタールと化した雪原を、猛火が撫でる。
しゅうしゅうと雪が瞬時に溶けて蒸発していくのに合わせて、まるで消えるペンで雪原をなぞるように白のキャンパスが戻って来る。
「――この術を持つのは各国を治める貴族の位に在る我らの種族のみ。それも個人差がある故、全ての位はその実力で計られ授けられるものなのです」
戦闘が終わったとホッと一息吐くと同時に憑依が勝手に解除された。途端に体が重くなる。
「……成る程、これは中々――持っていかれますなぁ」
「この程度でも渇くなら、間違いなく憑依の度に吸血が必要になるのか」
「そうなると、安易にこの力に頼りすぎるのも危険ですね」
「……女の子の血が飲めるのは嬉しいけどね。女の子の血は滅多に飲めないから」
「そりゃそうですよ。男性に比べて女性は血の絶対量が少ないのですから。負担を考えれば多い方からいただくのが当然でしょう」
「……あー、勇者どの。済まないがそういう訳だから。一先ず馬車へ戻ろう」
体のだるさに素直に車の中へ戻る。
私のエスコートをした幸守だけが一緒に乗り込み、他三人は御者と護衛に別れてそれぞれの定位置に付き、手綱を握る影家が馬車を出すと馬に乗る二人もそれに合わせて駆ける。
「――勇者どの。……申し訳ないが……よろしいだろうか」
こんなにも寒いのに。幸守の様子はまるで真夏の暑い日の日中に喉の渇きが限界になった者が、キンキンに冷えたジュースを目の前にしたような。
そんな切羽詰まった様子が伺える。
けれど彼はそれを限界まで押し込め、努めて紳士的に振る舞おうと笑みを浮かべた。
「この様なむさ苦しい大男でございますが、どうかご容赦下さい。……痛くは致しません。健康に難が出る様な量をいただく事も致しません。ただ暫しお手をお貸し下さい」
するりと。いつの間にか手を握られ、ひょいぱくっと人差し指が彼の口の中に――生暖かい粘膜の湿り気が指にまとわりつき……プツリと牙が指の腹に突き刺さる。
それはあっという間の出来事で。
気付いた時にはもう、ふわふわと日向ぼっこをしながらうとうとと心地よくうたた寝している様な――何とも言えない夢心地の幸福感に浸りきっていた。
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