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第一章

ウサミミ娘と熊男

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 「――キャイン!」

 噛みつかれるか、それとも引っかかれるか。
 痛みを覚悟し目を閉じたシャリーの耳が、犬の悲鳴に似た甲高い声を拾う。
 と、同時に。

 「伏せてろ!」
 ロイスのものとは違う、バリトンの男らしい声が叫んだ。

 痛みは――まだ来ない。

 そしてその数秒で馬車まで辿り着く。
 荷台の扉を開けウサミミっ娘を放り込むと即座に閉じ。
 私は恥も外聞もなく馬車の車体を登り屋根の上へと上がる。

 そうしてようやく後ろを振り返り、まじまじとその様子を見てみれば。

 ずんぐりとした体型に、熊耳熊尻尾を付けた男が狐に殴りかかるところだった。
 「(あれ……あの武器何て言うんだっけ……ナックル? いや違うかな)」

 拳に付けて、敵を殴る時に拳を守り攻撃力を上げる武器を装備していたのだが、その名前がとっさに浮かばない。

 しかし、その攻撃は生半可なものでは無かったらしく、狐は数メートル先までぶっ飛ばされた。
 その痛みと恐怖からだろう、何とか起き上がった狐は尻尾を股の間に入れて即座に藪の中へと消え、撤退して行った。

 助かっ……た?

 少なくとも狐の脅威は去った。
 が、その脅威を払ったこの男は何者か。
 まだ、シャリー達にとっての敵か味方かは分からない。

 伏せろ、と叫んだ辺り、狐から護ってくれる気はあったようだけど、もしこの男が人攫い――それも女衒せげんの類であれば、売り飛ばす商品に傷がついては困るから、という可能性もあったからだ。

 「いやぁ、ウチの子が迷惑かけたようですまんねぇ」

 だが、狐を追い払いこちらを振り返った男の目には優しげで。
 「ほら、出てきて謝れミルフィ」
 その呼びかけに、そうっとウサミミっ娘が馬車から降りてくる。

 「お前も降りろよ、シャリー。……降りれるよな?」
 「お、降りられるわよ! ……ちょっと向こう向いててよね!?」

 さっきは無我夢中だったから気にならなかったけど、今日中には街に着ける予定だったから、スカート履いてたのよね、今日は……。
 幼馴染とはいえ男の子のロイスにスカートの中をちらとでも見られるのは流石に恥ずかしい。

 ロイスが見てない隙にさっと飛び降りる。

 「……改めて。ミルフィを庇って下さったようで、ありがとうございます。私はこの近くの街に住む者で、名をレストと申します。ソロで冒険者をしています」

 「私達は行商で食べ物屋屋台をやっている、駆け出しの商人です。……近くの街というのは、滝で有名なラゴンの街の方ですか?」

 「ええ、そうですよ。このミルフィは、元冒険者仲間の忘れ形見で……。養育園から脱走して迷子になったと連絡がありまして。その捜索任務に当たっておりました」

 その迷子を無事捕獲したレストさんはすぐにも街へ帰ると言うので、一緒についていくことにしたのだった。
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