上 下
61 / 370
吸血鬼と一緒に。

彼を失うくらいなら

しおりを挟む
    「おはよう、よく眠れたか?」
    そこは、あの客室よりも装飾はシンプルだけど、明らかに質の高い物が惜しげもなくふんだんに使用されていて。
    大人が三人は並んで寝れそうなベッドはマットレスは程よい弾力性に富み、シーツの肌触りは滑らかで気持ちいい。

    ホテルのベッドルームにあるような小さなテーブルと二脚の一人用ソファーの片方に腰掛けお茶を飲むシリカさんは、私の目覚めに気づいてカップをソーサーに戻した。

    はっと慌てて起き上がる私。
    「……待て。――レイフレッドの事だろう?」
    シリカさんは分かっているとばかりに頷いた。
    「頼む、私も彼の見舞いに付き合わせてくれないか?」
    「……中で見聞きした事は他言無用、これを守って貰えるなら良いですよ。ちゃんと吸血鬼の事を知ってる人に状態を確認してもらうのはどっちにせよ必要なことだし。――ただし、王様にも他言無用を通してくれるなら、が条件です」

    「了解した」
    一晩放置してしまった事になるから、私は急いで空間の入口を開いた。
    「……昨日、お前達がきえたと報告を受けたが――そうか、この中に逃げ込んでいたのか」
    「本当なら大人しく事情聴取に応じるべきだったんでしょうが、レイフレッドの減額差し迫ってのっぴきならない状態だったんでやむなく、ですね」
     「……分かっている。あれは、ちゃんと私自身の責任で手配しなかった私の落ち度でもある。私個人として責めることは出来ないさ」
    シリカさんには一時的な許可を与えて中へと招く。
    「……家?」
    何もない。あやふやな亜空間をイメージしていたシリカさんは唖然と口を開けて呆けている。
    「主、主~!」
     私の気配を察したフロスが駆けてくる。
     「フロス、お留守番ありがとう。レイフレッドの様子はどう?」
    「あのねあのね、さっき目を覚ましたよ!」
    どうやら起きているらしい。
   「シリカさん、こっちです」
    今、彼が居るはずの私の部屋へと彼女を案内する。
    ……ああ、一晩眠って体の疲れはとれたけど、貧血までは治まり切らない。僅かな目眩と重い頭。動くのが少し億劫になるだるさ。
    これは私もしばらくは無理できないな……。
    で、部屋の扉を開けるとそこには……
    何という事でしょう! 
    部屋の床に土下座したレイフレッドが……!    ――って!
    「レイフレッド、なにやってんの!    ……いや、まあ見れば何かは分かるし事情も察するけど。まだ休んでないとダメだって!」
    「で、でも俺……!」
    「謝る必要なんかないから!    レイフレッドに酷い事したヤツは捕まえたから!」
    1時、本当にレイフレッドを失いかけたんだ。私はいけないと思いながらも我慢できずにぎゅうとレイフレッドに抱きつき彼の胸に耳を寄せ、その心音を確かめる。
    「お、お嬢……」
    「よ、良かっ……」
    その存在感を確かめ、安堵した私の目からは意図せず涙がぼろぼろ溢れだし。
    このまま一緒に眠ってしまいたい衝動にかられたけど。
    子供をあやすように――ってかまあ今の私は正しく子供なんだけど――背中をぽんぽんされて宥められて。 
    「お嬢様、ありがとうございます。俺……いえ私は――この先どうすればこのご恩をお返しできるのか、もう分からないんです」
    私を宥めていたレイフレッドの声も震えていた。ぽんぽんする手の一方で、私の腰を支える手に力がこもる。
    「そんなの、どうだって良い。もう、こんな事絶対嫌だから。……こんな事でレイフレッドを失うくらいなら、契約でも何でもするから。……一緒に旅して冒険して行商して――ずっと一緒に居て欲しい」 
    レイフレッドが正気を失って、切実に血を欲している時に限って血を上げられないとか無いし。
    「……私もレイフレッドも、お互い体調が戻ったら。正式に契約しよう」
    この事件のと言うのは業腹だけど、私のパートナーとしての責任の重さを知れた事で、パートナーとなる覚悟は決まった。

    「お嬢様……。ありがとう、ございま……っ、」
    レイフレッドが不器用な泣き方で言葉を詰まらせる。
    ぽんぽんされていた手もいつの間にか私を強く抱き込むのに使われていて。
    私はその心地の良い安心感に、その場にシリカさんが同席していたことも、フロスの存在すら忘れてレイフレッドにされるがままに不意の口付けを受け入れていた。
    浅い、子供同士のキス。
    だけど……レイフレッドがあまりに必死すぎて。
    しかもこれまたその感覚が嫌でなく――というか――。

    「ええい、気持ちは分かるがいい加減にしろ!」
    とシリカさんにキレられるまでしばらく、二人の世界に入り込んでいた。
    
しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

【完結】貴方たちはお呼びではありませんわ。攻略いたしません!

宇水涼麻
ファンタジー
アンナリセルはあわてんぼうで死にそうになった。その時、前世を思い出した。 前世でプレーしたゲームに酷似した世界であると感じたアンナリセルは自分自身と推しキャラを守るため、攻略対象者と距離を置くことを願う。 そんな彼女の願いは叶うのか? 毎日朝方更新予定です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...