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私の攻略対象は。

攻略キャラ様の実情。

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    「おい、ヘーミンのくせに貴族の真似事などするものではない。お前のようなゲセンな者はドゲザで挨拶すると本で読んだぞ。そら、やって見せろ」
   ドヤ顔でふんぞり返るオコチャマに、私はにっこり微笑んだ。
    スカートを汚さないよう裾をさばき、膝を折る。

    ギリギリ軋むお母様の扇と、震えるお父様の拳、扉の向こうで地獄の鬼もかくやという形相のお祖父様を横目にさっさと頭を下げる。
    「申し訳ありません」
    他に多数いるお客様も、貴族の前だからと極力態度に出さないようにしているけど、白けた視線までは隠しきれていない御仁も少なくない。
    ……これで評判が下がるのは連中の方だ。
    まあ、平民の評価なんか気にも留めない奴等には痛くも痒くも無いんだろうけど。

    「ふん、尊い身分にある私たちがわざわざこのような場所まで出向いてやったのだ。――勿論分かっておるな?」
    「……はい。そのお話はまた後程。それまでゆるりとパーティーをお楽しみ下さい」
    ははははは。お約束テンプレ悪徳貴族の台詞!

    おいおい、ビル君。仮にも君は攻略対象、しかも「ナンパで派手好き」設定じゃありませんでしたっけ!? 
    面倒臭いキャラだったとはいえ、一応女の子と見れば甘ったるい台詞をポンポン安売りする男だったはず。

    ……あれか?    貴族でない女には辛辣なのか?    辛辣というより悪役ばりに悪辣だったけど。
    どうしてゲームの「アンリ」はこんな男の為にヒロインに嫉妬なんかしたんだろう?

    ああ、でも。そう言えばヒロインも平民出身て設定だったね。
    母親と二人暮らしで貧乏していて、幼くして冒険者として稼ぎを得て。
    でも、そうしてヒロインが仕事で家を空けていた日に何者かが押し入り母を殺し。
    天涯孤独になったはずのヒロインに、ある日貴族の父親が迎えを寄越す……。

    まあありがちな設定だよね。
    貴族の平民に対する理不尽さを知っているはずの身で、貴族に馴染み攻略キャラたちに守られ愛される彼女が羨ましかったのかもしれない。

    私は無難に挨拶を済ませ、お父様と舞台を降りた。
    続いてお父様について挨拶回りをしなければ。
    ……となれば当然まず最初に避けて通れない奴等の元へ向かう訳で。

    「なんだ、パーティーだというのに楽隊も居ないしダンスを嗜む者も居ないのか?」
    父親同士はピリピリしながらも表面上は「何事もなく」挨拶を終えたのに、クソガキ様がまたいらんことを口にする。

    カチンとくるけど、そこはワガママボクちゃんのさえずりと思ってスルー……
    「ふふん、ならば哀れなヘーミンに指導してやる!」
    していたところ、不意に力任せに腕を捕まれ、引きずられる様に舞台へ逆戻りさせられる。

    手加減知らず知らずに捕まれた腕は痛いけど、日々レイフレッドと鍛練を続けている私なら、十分振り切れるのに、相手が貴族だという枷がそれを許さない。
    「そら、こうして踊るのだ!」

    ……私、確かに平民ですけどね?
    将来貴族に嫁ぐのだからとマナーの授業では一応ダンスも教わってるんですよ、ビル様?
    だから分かるんです。
    コレがダンスなんて優雅なモノではなくただの私を力任せに振り回しているだけだと。
    リアルに、ステップって何?    ソレ美味しいの?    な状態だと。

    オイオイ、貴族のお嬢様口説くのにダンスって必須スキルぢゃん!?
     ……本当にコレが攻略対象キャラなのかしら。まさか他の攻略キャラまでこんなんじゃないわよね?   

    振り回されながらも必死で奴の足など踏まないよう自己フォローで精一杯だったせいで、その瞬間の対処が遅れた。
    汗と冷や汗と脂汗で嫌にしっとりしだした私の体。当然奴に掴まれている腕も汗の滴が伝っていて。
    大きく振り回された瞬間、腕がすっぽ抜けた。

    あ、と思ったときには遠心力と慣性の法則で踏ん張る余地もなく私の体は勢いのまま放り出され。
    しかも悪い事にちょうどその時舞台の端に居た私の背にあるのは舞台下の床。
    小学校の体育館にある舞台程度の高さは、大人からすれば大した事なくても、身長は平均的な四歳児の私にとっては大事だ。
    まずい、とすぐに気付いたけどどうするべきか咄嗟に浮かばない。

    お父様とお祖父様が慌てているのがスローモーションの様に見えたけど、間に合わない。
    万事休すか、と諦めかけた時。

    「お嬢様!」
    
   私の視界が黒に染まった。
   ポフンと何か空気の塊の様なものに受け止められ、落下が止まる。
    「お嬢様ご無事ですか、お怪我は!?」
    焦った声。

    ああ、こんな衆目の中――それも貴族の前に出て来るリスクを犯してまで私のピンチに駆けつけてくれたのか……。
    あはは、攻略キャラよりよっぽどヒーローらしい。
    「ありがとう、レイフレッドが居なきゃ私は確実に無事じゃなかったし」
    私を受け止めたのはレイフレッドが闇魔法で作った影狼。

    「アンリ、大丈夫か!?」
    レイフレッドに少し遅れてお父様とお祖父様が駆けつけて来る。
    「はい、レイフレッドのお陰で怪我一つせずに済みました」
    「……そうか、良かった――。レイフレッド君、よくアンリを助けてくれた。心から礼を言う」

    「お、おい、何だよソイツ……」
    頭上から震える声が降ってくる。
    「その赤い目、まさか吸血鬼か……?    何で魔族が!?」

    耳障りな声から彼を庇おうと私は急いで体を起こす。
    けど、それより早くお父様が私達二人の前に立ちはだかり壁を作る。
    「彼はウチで雇っている使用人にございます」

    「――使用人、だと?」
    その声に後ろから別の声がかかる。
    「魔族を使用人として使うなど正気か?」
    こちらに悠々とやってくる子爵様に、今度はお祖父様が対峙する。

    「ふむ。私の様な職人風情からすれば、真面目に働くなら正直何でも良いのでね。ましてや有能となれば尚更に。まあ正直なところを言えば全く思うところが無かった訳でもないが、たった今考えを改めたところでね」
    「彼は私の娘があわや大怪我、下手をすれば最悪の事態もあり得たところを無傷で救ってくれた。商人とは信用無くしては仕事になりません。これ程大勢の目の前で受けた恩を蔑ろにすれば、我が商会に未来はありません」

    「……っち、」
    子爵は憎々し気にお父様を睨み付けるが―― 
    「おいビル。帰るぞ」
    難癖つけて商会の経営に支障をきたせば結局困るのは自分と考えたのだろう。
    息子を引きずって出ていく。
    セバスチャンが慌てて馬車の支度を命じ、玄関が慌ただしくなるのを皆が白けた目で眺めている。

    「――さて、騒がせて申し訳なかったが、煩い連中はお帰りになられた。後は気楽にゆるりとパーティーをお楽しみください」
    馬車が去るのを待ってお父様がアナウンスした。

    「……アンリ、レイフレッド君。後で大事な話がある」

    私達の耳元でそう囁いてから。
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