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弐ノ巻

宝物探し 〜 右大臣ノ巻 〜

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 右大臣は、かぐやの文を見て思いを巡らせた。

 火鼠の皮衣、という名は聞いた覚えが無いではないが、どこで聞いたかとうに忘れてしまっていた。が、最近唐から戻った遣唐使の一員であった者から聞いたことがあった。

 なんでもかの国の奥地、秘境と呼ばれる程のど田舎に、火にくべても燃えぬ衣があるらしいという噂を。
 それが火鼠の毛皮であるとは分からないが、全く燃えぬ衣など他に聞いた事もない。
 その生地を手に入れられさえすれば、多少の手入れは居るやもしれぬが、姫はワシのもの、と。

 次の遣唐使に選ばれた者に頼み込み、報酬を前払いで握らせて。入手出来たらその倍、いや三倍くれてやると言って承諾させた。

 そして、遣唐使が戻ってくるのを日々の政務をこなしながら待ち、つい先日、ようやく待ち望んだ品を手に入れたのだ。
 見てみれば、“毛皮”らしくはない、綿か麻か、荒い目地のごわついた布地だった。

 「……流石に見栄えが悪いかの。やはり少し手入れの必要があるか」
 いつも衣の仕立てをさせている職人に少々無理を言って、簡易な上着に繕わせた。

 それを受け取る約束をしていた日に、王と中納言が都を出たと知り、大慌てで宝物を携え車を飛ばしてきたのだ。

 いや、危なかった。
 ――状況を見るに、どうやら王の宝物は姫のお眼鏡にかなわなかったらしく、地面で粉々になっていた。

 が、あれは……

 中納言の持ち込んだ宝物は見るからに美しく。
 右大臣の目を以ってしても相応の価値ある物と分かる宝物。それが本当に常世の産物であるかまでは分からないが、あと一歩遅ければ危なかっただろう。

 「姫よ、お尋ねしたい。その中納言殿の宝物が本物だとして、しかし私の宝物も本物であれば。どちらをお選びになるのか?」
 「そこは、早いもの勝ちでは?」
 「むっ、それは……!」

 「――未だ、先触れも来ていない方が二名居られます。私が望んだ宝物でございます。全て一度拝見しとう御座います。本物を持ち帰った方が複数居らした時は、歌を贈ってくださいませ。返歌にてお応え致しましょう」

 「……む、文、か」
 貴族には必須の教養であるが、勉学を修めるだけでは埋まらぬ才能の差が如実に出る分野だ。
 右大臣は、歌か苦手では無かったが、恋歌となると、この藤原の優男に勝てるかどうか……。

 いや、今はまず宝物だ。

 「こちら、ご所望の火鼠の皮衣で御座います。どうぞお納め下さい」
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