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夜のジョギング・暗い橋※ラー視点・怖い描写あり

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 お金持ちの豪邸が並ぶ住宅街。
 広いリビングのソファで、ラーはスマホをいじっていた。

「ラー、行くぞ」

 兄に言われ立ち上がる姿はジョギングウェアだ。
 髪は二つに結んだ。
 
「はぁい。今日のジョギングウェア姿も決まってる~写真撮ってあとでSNSにあげようかな~」

「おい、また落として割ったら母さんに怒られるぞ。スマホは置いておけ」

「え~麻那人君から返事がくるかもしれないのに……」

「帰ってからにしろよ。小学生が生意気だぞ」

「はぁい。行こ! マシュマロ」

 はしゃぐトイプードルのマシュマロ。
 毎日の日課の愛犬とのジョギング散歩。
 いつも通りの夜だ、とラーは思う。

 昼間のことは、ラーも気になっていた。
 自分がモデルも学校も習い事もやって、いそがしくて全然遊べなくなって……。
 それでも光と一緒に魔術クラブはやりたいって入った。
 
 学校ではモデルってすごい! と言われてもモデルの世界ではまだまだ。
 落ち込むこともたくさんある。

 光はずっと光のまま変わらないのが、ラーにはなんだか羨ましかった。
 追い抜いたり追い越したり、それでも手をつないで仲良しだったはずなのに……何かうまくいかなくなって。

「私に何も言わないで……麻那人君と一緒に暮らすなんてさ。あれ……? 聞いてたっけ?」

 先生からも転校生が来るぞーって聞いてた気もするのに朝すっごく驚いた。
 光からも聞いていた気がするのに、なんで言わないの!? って気持ちになった。
 ラーは首をかしげる。

「光が……悪い……」
 
 光はなんでも一人でやってしまう、行ってしまう。
 自分だって頑張っているのに、イライラする。
 なんでそんなにいつも元気に笑ってるの?
 自分ばっかり、えらそうにしないでよ! そんな八つ当たりの怒り。
 やめるって言ったら、必死に引き留めてくると思っていたのに……。

 結局、昨日一人で行ったのかな? とラーは思う。
 自分が言えば、光も負けずに言ってくる。
 そんな事はわかってたけど『ごめんね。ラーがいないとさびしい』って言ってほしかった。
 
「はぁ~……やっぱり私が悪い……?」

「なに、ぶつくさ言ってんの? マロが走りたがってるから行くぞ」

「マシュマロだって! 略さないでよー!」

「いいじゃん。行くでおじゃるよ~~」

「やめてお兄ちゃん!」

 住宅街を抜けて、大きな道路を渡って、川岸に着いた。
 心地よい風が吹く。
 兄妹とマシュマロで暗いサイクリングロードを走り出した。

 いつもの夜道。
 暗いけど、お兄ちゃんもマシュマロもいるから別に怖くない。
 
 でもなんだか今日は気持ちよく走れない。
 麻那人君からの返信も気になるし、やっぱり明日話そうって光にメールしよう。

「ラー、あそこの橋超えて、次のとこでUターンするか」

「ハァハァ……うん……」

 川岸のサイクリングロードは、橋の下を通るのだ。
 
 古くて大きな橋があって、そこは改修工事で今は通行止めになっている。
 車の行き来もないので暗い。
 夜の暗さがより更に暗く暗く……感じる。

「ハァ……ねぇ……あそこなんか怖いよ」

「大丈夫だって! お前、もうちょっとスピード出せないの?」

 高校生の兄からしてみると、小学生の妹に合わせるのは物足りないようだ。
 橋の手前でそんな事を言うので、ラーは慌ててスピードをあげる。

「置いていかないでよ!」

「ははっ! 必死で走れよ!」

 マシュマロのリードはラーが持っている。
 真っ暗で不気味な橋の下。
 
 ……なにか……嫌な予感がする……。

 ゾワリと肌が粟立つ。
 橋の下は20メートルほどだ。
 暗いから怖いだけ、そう言い聞かせて兄の後ろを追いかける。

 鬼ごっこをしているみたい。

 待ってよ!

 怖い怖い! 早くここから出たい。

 橋の下から出たら、すぐ兄に文句を言おう。
 妹を置いていこうとスピードをあげるなんて、最低! とラーはイラついた。

 あと少しだ。
 川の流れが橋の下で響いてザァアザァアア、ザァアザァアア、ザァアザァアア。
 ザァアザァアア、ザァアザァアア、ザァアザァアア……ドクンドクン。

 ザァアアザアアアア……ドクンドクン……ドクンドクン。
 
 心臓がうるさい。
 怯えてることを自分で気づかないように、走る。

 怖い、ただのジョギングで恐怖を感じたことなんて初めてだった。

 


「……マシュマロ……!」

 リードがやけに引っ張られる。
 マシュマロも急いでいる。
 でも、嬉しそうじゃない。
 ……マシュマロも怖がっているようだった。
 
「ハァハア」

 やっと出られる!
 そう思って橋の下から出た瞬間、足がもつれて転んでしまった。

「きゃあ!」

 思わずマシュマロのリードを離してしまう。
 普段はそんな事にはならないのに、マシュマロはおびえたように走って行ってしまう。

「ラー!? マロ!? 大丈夫か!?」

「お、お兄ちゃん……マシュマロが……いたた……」

「ラー! そこの外灯のベンチで待ってろ! 俺はマロを追いかけるから!」

「わ、わかった」

「スマホ持ってろ、なんかあったら家に電話して」
 
 兄は自分のスマホを渡すと、すぐにマシュマロを追いかけ走って行ってしまう。
 痛みのなかでハッとする、外灯の下へ行き怪我をしていないか確認する。

 来週にはモデルの仕事がある。膝でも擦りむいていたら降ろされてしまうかもしれない。

「はぁ……大丈夫だ」

 顔も膝も大丈夫。
 はぁ、と安心してベンチに座った。
 春とはいえ、夜はまだ涼しい。
 ベンチの冷たさがおしりに伝わる。

 そして自分の怪我を確認して忘れていた恐怖が橋を見て、また蘇ってきた。
 兄からキーロックを外された画面を見る。
 明るくして、少しでも恐怖を感じないように……。

「もう電話しちゃおうかな……」

 そう思った、その時……。

 ぶわっと臭いニオイがした。
 冷たい空気に混じる、臭いニオイと……生ぬるい風。

 何かの気配……そう、気配。

「なに……?」

 マシュマロが戻ってきたわけではない。
 でも、何かそう……音も聞こえる……。

 ヒュー……ヒュー……ヒュー……。

 そう、息だ。
 誰かの呼吸音。
 そして生ぬるい腐ったような風……。

 これは、の吸って、吐いての呼吸音……。

 そして視線を感じる……。

 見てる。

 まるで、舐め回すように、自分を見ている……。

「誰!?」
 
 ラーがバッと振り返ると、顔だけの鬼が目玉をギョロつかせ、黒い鼻の穴を向け、そして巨大な闇を生み出すような牙だらけの大口を開けていた。

『みぃ……づげだぁああああ……!!!』
 
 
 
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