上 下
1 / 17

舞踏会ってつまらないわ

しおりを挟む
 たくさんのシャンデリアが煌々と舞踏会を照らす。色とりどりのドレスが踊る王城の広間。誰もがにこやかに微笑み、手をとりあって踊る。彼らの微笑みは仮面のように固まっていて得体がしれない。

「つまらないわ」

 アリシエラは舞踏会が行われる広間の片隅に立ち、欠伸を扇子の陰に隠した。
 今日のアリシエラはその瞳の色に合わせた暗紫色のドレスを纏っていた。本来、婚約者の瞳の色のドレスを着るのがこういった場でのマナーなのだが、婚約者がドレスを贈ってこなかったのだから仕方ない。……という言い分を用意して、気に入りのドレスを着てきた。

「ソファにお掛けになりますか?」
「そうね……そうしようかしら」

 教会騎士のフランツが気遣ってくれたので微笑んで受け入れた。差し出された手に手を重ね、隅に置かれたソファへと歩く。

「ポートマス公爵令嬢」

 声をかけられて振り向くと、慇懃に頭を下げた男がいた。王の侍従だ。

「……何かしら」
「陛下がお探しです。早く王太子殿下のもとへ」
「……」

 この男はアリシエラが1人でいる理由に気づいていないのだろうか。いや、そんな筈はない。
 婚約者である王太子エドワードは、アリシエラをエスコートする義務を放棄した。そのために、アリシエラは1人で舞踏会に出席しなければならなくなった。エスコートもなく入場することになったアリシエラに向けられる好奇の視線と囁きが、どれほどアリシエラの矜持を傷つけたか、彼らは分からないだろう。

「……あら、殿下は私をお呼びじゃないようよ」

 なんと返そうか考えていると、会場に不穏なざわめきが沸き起こった。そちらに視線を向けると、婚約者のエドワードが、腕に女性をぶら下げて会場に入ってきていた。

「殿下の瞳に合わせて金色のドレスを着ているのかしら。とても目に痛いわね。そう思わない、フランツ?」
「アリシエラ様の仰る通り、なんと言いますか、とても眩しいですね」

 常に紳士的な教会騎士のフランツでさえも表現に苦慮して、嫌なものを見たと顔を歪める。その珍しい表情を楽しんでから、再び侍従を見やった。そちらも珍しく強ばった顔をしている。

「あの殿下が私を必要としているのかしら。エスコートを断られた時点で王城には報告してあったと思うのだけど」

 王城からは、とりあえず1人で来いと回りくどく言ってくるだけだったが。本当に無駄なやり取りだった。エドワードの浮気相手のことだって何度も報告したのに聞き流してきたのは王達だ。

「……貴女は殿下の婚約者なのです。どうぞ、殿下のお側に」
「あら、嫌よ。浮気男の隣になんて立たないわ」
「っ、貴女は、婚約者としての務めを放棄されるつもりですか!」
「放棄したのはエドワード殿下でしょう。私を責める前に、殿下の放蕩振りを窘めなさいな」
「貴女がっ、……それをするべき立場でしょう」

 苛立ちを隠しきれない侍従を冷めた目で見る。この男はアリシエラと自分の立場の差を分かっていない。まるでアリシエラが彼らの手の内にいるかのように振る舞うその横暴さにはうんざりする。

「私は殿下の教育係ではなくてよ」

 アリシエラは公爵令嬢であり、王太子妃として期待されていたが、そこに王太子の教育は含まれていない。婚約関係があれば、婚約者の教育まですべきだとこの男は考えているのだろうか。

「貴女がそんなだから捨てられることになるんですよっ」

 小さく吐き捨てられた言葉を聞いたフランツが、表情を変え侍従を睨み据える。剣の柄に手が置かれ、アリシエラを庇うように前に出ようとした。
 侍従は怖じ気づいて後退りする。

「私が捨てられる?いいえ、違うわ。捨てられるのは―――」
「アリシエラ!俺の前に来い!」

 舞踏会に相応しくない大声が広間に響いた。貴族たちが何事かと静まりかえる。

「あら、殿下がお呼びのようね。あんな大声を出して、ここがどこだか分かっているのかしら」
「……教会に帰りますか?」

 不快そうに顔を歪めるフランツを楽しそうに見て、アリシエラはその提案を却下した。

「いいえ。彼の言葉を聞いてあげましょう。きっとこれが最後ですもの」

 アリシエラはようやく長年の苦痛から解放されることを思ってふわりと優雅に微笑んだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

私と結婚したくないと言った貴方のために頑張りました! ~帝国一の頭脳を誇る姫君でも男心はわからない~

すだもみぢ
恋愛
リャルド王国の王女であるステラは、絶世の美女の姉妹に挟まれた中では残念な容姿の王女様と有名だった。 幼い頃に婚約した公爵家の息子であるスピネルにも「自分と婚約になったのは、その容姿だと貰い手がいないからだ」と初対面で言われてしまう。 「私なんかと結婚したくないのに、しなくちゃいけないなんて、この人は可哀想すぎる……!」 そう自分の婚約者を哀れんで、彼のためになんとかして婚約解消してあげようと決意をする。 苦労の末にその要件を整え、満を持して彼に婚約解消を申し込んだというのに、……なぜか婚約者は不満そうで……? 勘違いとすれ違いの恋模様のお話です。 ざまぁものではありません。 婚約破棄タグ入れてましたが、間違いです!! 申し訳ありません<(_ _)>

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

侯爵令嬢の置き土産

ひろたひかる
恋愛
侯爵令嬢マリエは婚約者であるドナルドから婚約を解消すると告げられた。マリエは動揺しつつも了承し、「私は忘れません」と言い置いて去っていった。***婚約破棄ネタですが、悪役令嬢とか転生、乙女ゲーとかの要素は皆無です。***今のところ本編を一話、別視点で一話の二話の投稿を予定しています。さくっと終わります。 「小説家になろう」でも同一の内容で投稿しております。

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。

ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。 我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。 その為事あるごとに… 「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」 「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」 隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。 そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。 そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。 生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。 一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが… HOT一位となりました! 皆様ありがとうございます!

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

「おまえを愛している」と言い続けていたはずの夫を略奪された途端、バツイチ子持ちの新国王から「とりあえず結婚しようか?」と結婚請求された件

ぽんた
恋愛
「わからないかしら? フィリップは、もうわたしのもの。わたしが彼の妻になるの。つまり、あなたから彼をいただいたわけ。だから、あなたはもう必要なくなったの。王子妃でなくなったということよ」  その日、「おまえを愛している」と言い続けていた夫を略奪した略奪レディからそう宣言された。  そして、わたしは負け犬となったはずだった。  しかし、「とりあえず、おれと結婚しないか?」とバツイチの新国王にプロポーズされてしまった。 夫を略奪され、負け犬認定されて王宮から追い出されたたった数日の後に。 ああ、浮気者のクズな夫からやっと解放され、自由気ままな生活を送るつもりだったのに……。 今度は王妃に?  有能な夫だけでなく、尊い息子までついてきた。 ※ハッピーエンド。微ざまぁあり。タイトルそのままです。ゆるゆる設定はご容赦願います。

処理中です...