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卒業パーティーから数か月後、私は長年暮らした神殿の裏口にいた。足元には私の全財産が入ったバッグがある。
「今日でお別れね」
神殿の姿はいつもと変わらないのに、なぜかとても恋しく見えた。
王との交渉は順調に終わった。私はこれまでの聖女としての務めに対する対価とフレッドの所業に対する慰謝料、そして今後王妃として賜るはずだった財産の一部を金や宝石などで受け取った。その代わり私はこの国から一生出ることは出来ないが、それは問題ない。もともと私はこの国を出るつもりはなかったのだから。聖女として長年守ってきた国だ。それなりに愛着もある。
成人を迎えた私は本来なら今はフレッドと婚姻を結んで聖女を引退しているはずだった。神殿もその想定の下に様々な神殿の事業計画を組んでいる。次の聖女が選定されるまでは聖女不在でも結界は成り立つようになっているし、問題は生じない。それでも聖女としての務めを続けてほしいという懇願には耳を貸さなかった。もう私は神殿との契約を全うした。ここで彼らの懇願に耳を貸せば、私は一生神殿を出ることができなくなる。だから、私はフレッドとの婚姻という条件は変わったが、予定通りこの神殿を出ることしたのだ。
「寂しいのかい」
幼馴染のフランベルト辺境伯嫡男ユーリスに問いかけられた。
「そうね。長年暮らした場所だもの。愛着もあるのよ」
「そうか。まあ、僕にとってもここは君と出会った思い出の場所だ。またいつだってここに連れてくるよ」
「ふふ。ありがとう」
私はこれからユーリスの住むフランベルト辺境伯領に移り住む。ユーリスとの婚約誓約書も既に神殿に提出してあり、1年ほど婚約者として過ごした後に婚姻を結ぶ予定だ。
幼い頃にこの神殿でユーリスと出会ったが、その後ユーリスは度々私に愛を告げてくれた。私はフレッドの婚約者だったから当然毎回断っていたのだが、ユーリスは諦めなかった。思い続けるのは自由だろうと言い、変わらず私を愛し続けてくれたのだ。
フレッドに婚約破棄されて脳裏に浮かんだのはユーリスの姿である。その存在があるからこそ、私は再び王族と婚約することを拒絶したのだ。
「お、やっと馬車が来た。君を待たせるなんて叱責ものだな」
「駄目よ。私が早く準備しすぎたんだから。あなたと共に旅できるのが嬉しすぎて待ちきれなかったのよ」
「ははっ、嬉しいことを言ってくれるね。じゃあ僕は君が神殿に帰りたいなんて思わないように、快適に過ごせるよう努力しよう」
「あら、領地についたら私たちで作るんでしょう、私たちの居場所を」
「そうだね。2人で作ろう。僕たちが幸せに過ごせる場所を」
顔を見合わせて微笑みあう。彼の笑みを見ると私は幸せになれると確信できる。だって、既にこんなに幸せな気持ちでいっぱいなんだもの。
荷物を馬車に詰め込んでもらい、乗り込む前にもう一度神殿を振り返った。
「さようなら。……行ってきます」
そして、神殿の向こう側に見える王城を見て、ふとあることを思い出す。
「聖女とは祝いの力を持つもの。一方で呪いの力も持っている。それは悪しきを罰するため」
元婚約者についてはもうどうでもいいが、王とその側妃、第二王子クレッグに関してはまだ心に蟠っているものがある。
「……あなたたちに呪いをプレゼントするわ。大丈夫よ、クレッグ殿下の悪戯くらい他愛もないものだから」
悪戯な笑みを浮かべて王城に向けて指を振る。その結果を確かめることは今は出来ないけれど、今後王城のパーティに参加した時が楽しみだ。
「アリシア、どうしたんだい?」
「いえ、何でもないのよ」
御者に指示し終わったユーリスが振り返って聞いてくるのに笑み返した。そう、ユーリスには何も関係のないこと。ただ、アリシアが鬱憤を発散したかっただけだ。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
不思議そうにしながらも、馬車に乗るためにアリシアに手を差し出すユーリスに頷き、手を預ける。
もう何の心残りもない。私は私の人生を自由に生きるのだ。
END.
「今日でお別れね」
神殿の姿はいつもと変わらないのに、なぜかとても恋しく見えた。
王との交渉は順調に終わった。私はこれまでの聖女としての務めに対する対価とフレッドの所業に対する慰謝料、そして今後王妃として賜るはずだった財産の一部を金や宝石などで受け取った。その代わり私はこの国から一生出ることは出来ないが、それは問題ない。もともと私はこの国を出るつもりはなかったのだから。聖女として長年守ってきた国だ。それなりに愛着もある。
成人を迎えた私は本来なら今はフレッドと婚姻を結んで聖女を引退しているはずだった。神殿もその想定の下に様々な神殿の事業計画を組んでいる。次の聖女が選定されるまでは聖女不在でも結界は成り立つようになっているし、問題は生じない。それでも聖女としての務めを続けてほしいという懇願には耳を貸さなかった。もう私は神殿との契約を全うした。ここで彼らの懇願に耳を貸せば、私は一生神殿を出ることができなくなる。だから、私はフレッドとの婚姻という条件は変わったが、予定通りこの神殿を出ることしたのだ。
「寂しいのかい」
幼馴染のフランベルト辺境伯嫡男ユーリスに問いかけられた。
「そうね。長年暮らした場所だもの。愛着もあるのよ」
「そうか。まあ、僕にとってもここは君と出会った思い出の場所だ。またいつだってここに連れてくるよ」
「ふふ。ありがとう」
私はこれからユーリスの住むフランベルト辺境伯領に移り住む。ユーリスとの婚約誓約書も既に神殿に提出してあり、1年ほど婚約者として過ごした後に婚姻を結ぶ予定だ。
幼い頃にこの神殿でユーリスと出会ったが、その後ユーリスは度々私に愛を告げてくれた。私はフレッドの婚約者だったから当然毎回断っていたのだが、ユーリスは諦めなかった。思い続けるのは自由だろうと言い、変わらず私を愛し続けてくれたのだ。
フレッドに婚約破棄されて脳裏に浮かんだのはユーリスの姿である。その存在があるからこそ、私は再び王族と婚約することを拒絶したのだ。
「お、やっと馬車が来た。君を待たせるなんて叱責ものだな」
「駄目よ。私が早く準備しすぎたんだから。あなたと共に旅できるのが嬉しすぎて待ちきれなかったのよ」
「ははっ、嬉しいことを言ってくれるね。じゃあ僕は君が神殿に帰りたいなんて思わないように、快適に過ごせるよう努力しよう」
「あら、領地についたら私たちで作るんでしょう、私たちの居場所を」
「そうだね。2人で作ろう。僕たちが幸せに過ごせる場所を」
顔を見合わせて微笑みあう。彼の笑みを見ると私は幸せになれると確信できる。だって、既にこんなに幸せな気持ちでいっぱいなんだもの。
荷物を馬車に詰め込んでもらい、乗り込む前にもう一度神殿を振り返った。
「さようなら。……行ってきます」
そして、神殿の向こう側に見える王城を見て、ふとあることを思い出す。
「聖女とは祝いの力を持つもの。一方で呪いの力も持っている。それは悪しきを罰するため」
元婚約者についてはもうどうでもいいが、王とその側妃、第二王子クレッグに関してはまだ心に蟠っているものがある。
「……あなたたちに呪いをプレゼントするわ。大丈夫よ、クレッグ殿下の悪戯くらい他愛もないものだから」
悪戯な笑みを浮かべて王城に向けて指を振る。その結果を確かめることは今は出来ないけれど、今後王城のパーティに参加した時が楽しみだ。
「アリシア、どうしたんだい?」
「いえ、何でもないのよ」
御者に指示し終わったユーリスが振り返って聞いてくるのに笑み返した。そう、ユーリスには何も関係のないこと。ただ、アリシアが鬱憤を発散したかっただけだ。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
不思議そうにしながらも、馬車に乗るためにアリシアに手を差し出すユーリスに頷き、手を預ける。
もう何の心残りもない。私は私の人生を自由に生きるのだ。
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