5 / 5
5.
しおりを挟む
卒業パーティーから数か月後、私は長年暮らした神殿の裏口にいた。足元には私の全財産が入ったバッグがある。
「今日でお別れね」
神殿の姿はいつもと変わらないのに、なぜかとても恋しく見えた。
王との交渉は順調に終わった。私はこれまでの聖女としての務めに対する対価とフレッドの所業に対する慰謝料、そして今後王妃として賜るはずだった財産の一部を金や宝石などで受け取った。その代わり私はこの国から一生出ることは出来ないが、それは問題ない。もともと私はこの国を出るつもりはなかったのだから。聖女として長年守ってきた国だ。それなりに愛着もある。
成人を迎えた私は本来なら今はフレッドと婚姻を結んで聖女を引退しているはずだった。神殿もその想定の下に様々な神殿の事業計画を組んでいる。次の聖女が選定されるまでは聖女不在でも結界は成り立つようになっているし、問題は生じない。それでも聖女としての務めを続けてほしいという懇願には耳を貸さなかった。もう私は神殿との契約を全うした。ここで彼らの懇願に耳を貸せば、私は一生神殿を出ることができなくなる。だから、私はフレッドとの婚姻という条件は変わったが、予定通りこの神殿を出ることしたのだ。
「寂しいのかい」
幼馴染のフランベルト辺境伯嫡男ユーリスに問いかけられた。
「そうね。長年暮らした場所だもの。愛着もあるのよ」
「そうか。まあ、僕にとってもここは君と出会った思い出の場所だ。またいつだってここに連れてくるよ」
「ふふ。ありがとう」
私はこれからユーリスの住むフランベルト辺境伯領に移り住む。ユーリスとの婚約誓約書も既に神殿に提出してあり、1年ほど婚約者として過ごした後に婚姻を結ぶ予定だ。
幼い頃にこの神殿でユーリスと出会ったが、その後ユーリスは度々私に愛を告げてくれた。私はフレッドの婚約者だったから当然毎回断っていたのだが、ユーリスは諦めなかった。思い続けるのは自由だろうと言い、変わらず私を愛し続けてくれたのだ。
フレッドに婚約破棄されて脳裏に浮かんだのはユーリスの姿である。その存在があるからこそ、私は再び王族と婚約することを拒絶したのだ。
「お、やっと馬車が来た。君を待たせるなんて叱責ものだな」
「駄目よ。私が早く準備しすぎたんだから。あなたと共に旅できるのが嬉しすぎて待ちきれなかったのよ」
「ははっ、嬉しいことを言ってくれるね。じゃあ僕は君が神殿に帰りたいなんて思わないように、快適に過ごせるよう努力しよう」
「あら、領地についたら私たちで作るんでしょう、私たちの居場所を」
「そうだね。2人で作ろう。僕たちが幸せに過ごせる場所を」
顔を見合わせて微笑みあう。彼の笑みを見ると私は幸せになれると確信できる。だって、既にこんなに幸せな気持ちでいっぱいなんだもの。
荷物を馬車に詰め込んでもらい、乗り込む前にもう一度神殿を振り返った。
「さようなら。……行ってきます」
そして、神殿の向こう側に見える王城を見て、ふとあることを思い出す。
「聖女とは祝いの力を持つもの。一方で呪いの力も持っている。それは悪しきを罰するため」
元婚約者についてはもうどうでもいいが、王とその側妃、第二王子クレッグに関してはまだ心に蟠っているものがある。
「……あなたたちに呪いをプレゼントするわ。大丈夫よ、クレッグ殿下の悪戯くらい他愛もないものだから」
悪戯な笑みを浮かべて王城に向けて指を振る。その結果を確かめることは今は出来ないけれど、今後王城のパーティに参加した時が楽しみだ。
「アリシア、どうしたんだい?」
「いえ、何でもないのよ」
御者に指示し終わったユーリスが振り返って聞いてくるのに笑み返した。そう、ユーリスには何も関係のないこと。ただ、アリシアが鬱憤を発散したかっただけだ。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
不思議そうにしながらも、馬車に乗るためにアリシアに手を差し出すユーリスに頷き、手を預ける。
もう何の心残りもない。私は私の人生を自由に生きるのだ。
END.
「今日でお別れね」
神殿の姿はいつもと変わらないのに、なぜかとても恋しく見えた。
王との交渉は順調に終わった。私はこれまでの聖女としての務めに対する対価とフレッドの所業に対する慰謝料、そして今後王妃として賜るはずだった財産の一部を金や宝石などで受け取った。その代わり私はこの国から一生出ることは出来ないが、それは問題ない。もともと私はこの国を出るつもりはなかったのだから。聖女として長年守ってきた国だ。それなりに愛着もある。
成人を迎えた私は本来なら今はフレッドと婚姻を結んで聖女を引退しているはずだった。神殿もその想定の下に様々な神殿の事業計画を組んでいる。次の聖女が選定されるまでは聖女不在でも結界は成り立つようになっているし、問題は生じない。それでも聖女としての務めを続けてほしいという懇願には耳を貸さなかった。もう私は神殿との契約を全うした。ここで彼らの懇願に耳を貸せば、私は一生神殿を出ることができなくなる。だから、私はフレッドとの婚姻という条件は変わったが、予定通りこの神殿を出ることしたのだ。
「寂しいのかい」
幼馴染のフランベルト辺境伯嫡男ユーリスに問いかけられた。
「そうね。長年暮らした場所だもの。愛着もあるのよ」
「そうか。まあ、僕にとってもここは君と出会った思い出の場所だ。またいつだってここに連れてくるよ」
「ふふ。ありがとう」
私はこれからユーリスの住むフランベルト辺境伯領に移り住む。ユーリスとの婚約誓約書も既に神殿に提出してあり、1年ほど婚約者として過ごした後に婚姻を結ぶ予定だ。
幼い頃にこの神殿でユーリスと出会ったが、その後ユーリスは度々私に愛を告げてくれた。私はフレッドの婚約者だったから当然毎回断っていたのだが、ユーリスは諦めなかった。思い続けるのは自由だろうと言い、変わらず私を愛し続けてくれたのだ。
フレッドに婚約破棄されて脳裏に浮かんだのはユーリスの姿である。その存在があるからこそ、私は再び王族と婚約することを拒絶したのだ。
「お、やっと馬車が来た。君を待たせるなんて叱責ものだな」
「駄目よ。私が早く準備しすぎたんだから。あなたと共に旅できるのが嬉しすぎて待ちきれなかったのよ」
「ははっ、嬉しいことを言ってくれるね。じゃあ僕は君が神殿に帰りたいなんて思わないように、快適に過ごせるよう努力しよう」
「あら、領地についたら私たちで作るんでしょう、私たちの居場所を」
「そうだね。2人で作ろう。僕たちが幸せに過ごせる場所を」
顔を見合わせて微笑みあう。彼の笑みを見ると私は幸せになれると確信できる。だって、既にこんなに幸せな気持ちでいっぱいなんだもの。
荷物を馬車に詰め込んでもらい、乗り込む前にもう一度神殿を振り返った。
「さようなら。……行ってきます」
そして、神殿の向こう側に見える王城を見て、ふとあることを思い出す。
「聖女とは祝いの力を持つもの。一方で呪いの力も持っている。それは悪しきを罰するため」
元婚約者についてはもうどうでもいいが、王とその側妃、第二王子クレッグに関してはまだ心に蟠っているものがある。
「……あなたたちに呪いをプレゼントするわ。大丈夫よ、クレッグ殿下の悪戯くらい他愛もないものだから」
悪戯な笑みを浮かべて王城に向けて指を振る。その結果を確かめることは今は出来ないけれど、今後王城のパーティに参加した時が楽しみだ。
「アリシア、どうしたんだい?」
「いえ、何でもないのよ」
御者に指示し終わったユーリスが振り返って聞いてくるのに笑み返した。そう、ユーリスには何も関係のないこと。ただ、アリシアが鬱憤を発散したかっただけだ。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
不思議そうにしながらも、馬車に乗るためにアリシアに手を差し出すユーリスに頷き、手を預ける。
もう何の心残りもない。私は私の人生を自由に生きるのだ。
END.
17
お気に入りに追加
486
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(10件)
あなたにおすすめの小説
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
魔法を使える私はかつて婚約者に嫌われ婚約破棄されてしまいましたが、このたびめでたく国を護る聖女に認定されました。
四季
恋愛
「穢れた魔女を妻とする気はない! 婚約は破棄だ!!」
今日、私は、婚約者ケインから大きな声でそう宣言されてしまった。
国護りの力を持っていましたが、王子は私を嫌っているみたいです
四季
恋愛
南から逃げてきたアネイシアは、『国護りの力』と呼ばれている特殊な力が宿っていると告げられ、丁重にもてなされることとなる。そして、国王が決めた相手である王子ザルベーと婚約したのだが、国王が亡くなってしまって……。
王太子に婚約破棄され塔に幽閉されてしまい、守護神に祈れません。このままでは国が滅んでしまいます。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
リドス公爵家の長女ダイアナは、ラステ王国の守護神に選ばれた聖女だった。
守護神との契約で、穢れない乙女が毎日祈りを行うことになっていた。
だがダイアナの婚約者チャールズ王太子は守護神を蔑ろにして、ダイアナに婚前交渉を迫り平手打ちを喰らった。
それを逆恨みしたチャールズ王太子は、ダイアナの妹で愛人のカミラと謀り、ダイアナが守護神との契約を蔑ろにして、リドス公爵家で入りの庭師と不義密通したと罪を捏造し、何の罪もない庭師を殺害して反論を封じたうえで、ダイアナを塔に幽閉してしまった。
聖女はただ微笑む ~聖女が嫌がらせをしていると言われたが、本物の聖女には絶対にそれができなかった~
アキナヌカ
恋愛
私はシュタルクという大神官で聖女ユエ様にお仕えしていた、だがある日聖女ユエ様は婚約者である第一王子から、本物の聖女に嫌がらせをする偽物だと言われて国外追放されることになった。私は聖女ユエ様が嫌がらせなどするお方でないと知っていた、彼女が潔白であり真の聖女であることを誰よりもよく分かっていた。
自分の家も婚約した相手の家も崩壊の危機だと分かったため自分だけ逃げました
麻宮デコ@ざまぁSS短編
恋愛
ミネルヴァは伯爵家に養女として引き取られていたが、親に虐げられながら育っていた。
侯爵家の息子のレックスと婚約させられているが、レックスの行動を見て侯爵家は本当は危ないのでは?と嫌な予感を抱く。
調べたところレックスの侯爵家は破綻寸前であることがわかった。
そんな人と心中するつもりもないミネルヴァは、婚約解消をしようとするがどうしても許してもらえないため、家と縁を切り自分だけ逃げることにした。
ゲームと現実の区別が出来ないヒドインがざまぁされるのはお約束である(仮)
白雪の雫
恋愛
「このエピソードが、あたしが妖魔の王達に溺愛される全ての始まりなのよね~」
ゲームの画面を目にしているピンク色の髪の少女が呟く。
少女の名前は篠原 真莉愛(16)
【ローズマリア~妖魔の王は月の下で愛を請う~】という乙女ゲームのヒロインだ。
そのゲームのヒロインとして転生した、前世はゲームに課金していた元社会人な女は狂喜乱舞した。
何故ならトリップした異世界でチートを得た真莉愛は聖女と呼ばれ、神かかったイケメンの妖魔の王達に溺愛されるからだ。
「複雑な家庭環境と育児放棄が原因で、ファザコンとマザコンを拗らせたアーデルヴェルトもいいけどさ、あたしの推しは隠しキャラにして彼の父親であるグレンヴァルトなのよね~。けどさ~、アラブのシークっぽい感じなラクシャーサ族の王であるブラッドフォードに、何かポセイドンっぽい感じな水妖族の王であるヴェルナーも捨て難いし~・・・」
そうよ!
だったら逆ハーをすればいいじゃない!
逆ハーは達成が難しい。だが遣り甲斐と達成感は半端ない。
その後にあるのは彼等による溺愛ルートだからだ。
これは乙女ゲームに似た現実の異世界にトリップしてしまった一人の女がゲームと現実の区別がつかない事で痛い目に遭う話である。
思い付きで書いたのでガバガバ設定+設定に矛盾がある+ご都合主義です。
いいタイトルが浮かばなかったので(仮)をつけています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
呪いが気になる。。。
イッキ読み!! めちゃくちゃ面白かったです。その後などの、番外編を希望します!! ざまあ、いちゃらぶを!!
ありがとうございます!😊
番外編の執筆も頑張ります!
そうなんです!1番の被害者は王妃なんです。
彼女に関してもちょっと考えています。番外編で書けるかな……?
呪い、厳しいですね……。そこまで酷くしたら国が傾きません……?それはそれで面倒なことになりそう。