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15.治癒師の負担

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「私はこれまでケッカ国に長くいたのですが、そこではあまり満足に食事をできませんでしたから。ここでの食事は本当に幸せなんです」
「そうなのか……ケッカ国は魔物被害もなくて富んだ国だと思っていたが、人それぞれなんだな」
「そうですね」

 アイザックは不思議そうに呟く。ユリアもケッカ国の内情なんてほとんど知らないから何も答えられなくて頷くだけだ。

「……最近は魔物被害も酷いようだが、あの国は神に見放されたのかな」
「……」

 なにか複雑な感情が込められた声の響きにユリアはアイザックの顔をそっと横目で窺った。

「いや、前から思っていたんだよ。なぜあの国だけが結界を有して、魔物の被害から逃れられるのかってね。この国はどこに行くにも魔物対策は必要だし、魔物に襲われて亡くなる人だって多い。なぜケッカ国だけが優遇されるんだ」
「……ケッカ国は結界を有しています。初代の聖女が作り、代々の聖女が維持しているはずです」
「そうだな。だが、なぜ聖女はあの国にだけ結界を齎したんだろうな。この国だって多くが同じ神を信奉しているのに」

 確かになぜなのだろうか。この世界には数多くの国があるが、ケッカ国のように国全体が守られた国なんて他にない。

「ま、考えたとこで分かんないんだけど。ユリアは見たところ治癒師だろ?いつも領内の者の治癒に感謝する。この領は各地に治癒師を配置しているから、どうしても数が足りなくなるんだよな。だからと言って、地方から治癒師を引っ張ってくるわけにもいかねぇし。もっと治癒石が普及すればいいんだけどな」
「なぜ治癒石はあまり普及していないんですか?石が採れないとかですか」

 それはこの国に来てからユリアが気になっていたことだった。この国では患者が多いが、それは治癒石を使えばいい程度の者が大部分だ。もちろん治癒師が判断するべき患者もいるため、治癒師が不要とは言わないが、治癒石が増えれば治癒師の負担は大分軽くなるはずである。

「問題点がある。治癒石は掘り出してそのままじゃただの水晶に似た鉱物だ。それに治癒の力を注いで初めて治癒石として治癒の力を発揮できる。この国で治癒石に力を注げるほど余力のあるものは多くない。結果的に治癒石の生産量は限られることになる」
「……なるほど」

 そういえばドンゴの治癒師たちは余力ができたら治癒石に力を注いでいた。それはユリアが多くの患者に対応して、他の治癒師たちが1日の業務後も力を余らせていたからだった。

「今いる患者を放って治癒石作りに注力するわけにもいかないしな」
「……余力があれば治癒石を作って販売していけば、ゆくゆくは治癒師の仕事が楽になる可能性もあるということですか」
「どうだろうな?結局治癒師が力を注がなければならないっていう現状は変わんないから、患者に直接対応する手間が減るだけじゃねぇか?」
「いえ。大きな違いですよ。怪我を負った場合、時間が経過するごとに治癒に使う力は大きくなっていくんです。怪我をしてすぐに治癒石を使っていれば、大分治癒師の負担は減ります」
「え、そうなのか?!誰もそんなこと言ってなかったけどな」

 アイザックと2人首を傾げる。もしかしたら、治癒師たちは今の業務に治癒石作りの仕事が追加されて、一時的にでも負担が増えるのを厭っているのかもしれない。それに、治癒石を売るより直接治癒をする方が治癒所の利益も大きいはずだ。

「……私が業務後に作ってみましょうか?少しでも余裕が出てきたら、他の治癒師の方もそちらの方がいいと思うかもしれません」
「いいのか?!」

 治癒石作りは治癒師の臨時収入として認められた仕事だ。申請すれば力が注がれる前の石を提供してもらえるはずであり、力を注いだものは神殿を介して礼拝者に売られる。そこから治癒石1個あたり定額の報酬が治癒師に支払われることになっている。

「だが、それではユリアが無理をすることになるんじゃないか?他の治癒師がしたがらないってことは、大変な作業ってことだろ」
「いえ、私は大丈夫です。毎日力は余っていますので」

 なにせ、通常の治癒業務では力を使うたびにすぐに回復しているようなので、業務後もほとんど力は残っているのだ。1人ずつ患者に応対するのに時間がかかり、今以上の患者を治癒するのは時間的に無理だっただけで、治癒の力は余っている。

「そうなのか?……では、領主を通してユリアに依頼することにする。それで治癒師の負担が軽減して、よりスムーズに治癒が行われるようになるなら、この領地やそれ以外の場所でも活用できる方法だ」
「え……、分かりました」

 なんだか急にことが大きくなってちょっと躊躇いが生まれたが、もう言ってしまったので取り消せない。とりあえず無理しない程度に頑張ろうと思う。

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