上 下
2 / 25

2.婚約破棄

しおりを挟む
 今日は祈りの時間が終わっても休息を取れなかった。婚約者が来ているらしい。
 歴代の聖女は王子と結婚する。つまり、未来の王妃になるのだ。当然ユリアの婚約者も王子であり、現在王太子であった。

「遅いぞ」
「……申し訳ありません、クリュガー殿下」

 草臥れたユリアとは反対に、煌びやかな服を纏い溌剌とした美青年がユリアを見て顔を顰める。クリュガーは孤児の聖女ユリアを昔から厭っているのだ。
 ユリアは無気力にクリュガーに謝罪した。ユリアの頭に今あるのは、一刻でも早く寝たいということだけである。

「ふんっ、いつまでたっても可愛げがない奴だ。まあ、今日でお前ともおさらばできるがな」
「……はい?」

 クリュガーが何を言っているのか分からなくて首を傾げる。疲れすぎて頭が回らないからだろうか。

「お前は聖女じゃない。俺のマリアンナが聖女だと分かったからな」
「……え?」
「お前はグズか?なぜ理解できない?お前は、偽聖女なんだよ!この嘘つきめ!無愛想で、民からも不満が出てたんだ。身の程知らずの孤児め!」
「……私は、聖女じゃない……」

 クリュガーはなにやら罵り続けていたが、ユリアはその言葉だけが頭を巡っていた。

「お前は聖女じゃないから、俺との婚約も当然破棄される。神殿に住まう資格もない。明日には神殿を出ていけ!」
「……でも、急に出されても、私、お金もなくて」
「あ?お前どんだけ散財してんだよ!」

 散財と言われても、ユリアは聖女として務めを始めてから1銅貨も受け取っていない。食事は出されるし、自由時間もないからお金を必要とせず、給料を主張できなかった。
 クリュガーの言い方だと、聖女という役職はそれなりの金銭がもらえる筈なのだと思われる。ユリアに支払われる筈のお金はどこにいったのか。

「ちっ、これでも持ってけ!お前の顔を見なくて済むならこれぐらい安いもんだ」

 ユリアに革の袋が投げつけられた。額に硬いものが当たり激痛がユリアを襲う。
 クリュガーはユリアが痛みに蹲っている間に面会室を出ていった。

「痛い……」

 辛うじて残っていた力で額を治癒し、血を拭う。革袋の中には金色の輝きが光っていた。

「金貨……」

 これがユリアの6年に及ぶ辛い務めの対価であろうか。低くはないが、決してその務めの対価に足りるものではないだろう。それでも―――

「私は聖女じゃない。もう辛い務めはしなくていい……」

 その日初めてユリアの瞳に希望の光が灯った。




 食事も用意されず、蔑む様な眼差しを受けつつ部屋で休んだ。
 翌日の朝には辛うじて1枚持っていた平服を着て、金貨の入った革袋だけを持って神殿を出る。

「……くそっ。あいつがいなくなったせいで、聖女の金を使えなくなっちまったじゃねぇか。つくづく使えねぇ奴だ」

 後ろから聞こえたダリオの声に振り向くことはなかった。真実は薄々分かっていたことだったから。そんな過去のことはもうどうでもいい。






「やっと解放された。もう辛い務めなんてしなくていい」

 ユリアの心は随分と軽くなった。早朝に結界水晶に魔力を注ぐ務めがなかっただけで、体も軽くなっていた。失われていた多くの魔力が、少しずつユリアの身を満たし体を回復させていくのが分かる。頭も今まで靄がかっていたのが嘘のように冴えていき、視界さえ綺麗になっていくようだった。

「もうこの国からは出て行こう。1つも良い思い出なんてないもの。新天地で私らしく生きるのよ」

 決意を固めて足を踏み出した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

聖女であることを隠す公爵令嬢は国外で幸せになりたい

カレイ
恋愛
 公爵令嬢オデットはある日、浮気というありもしない罪で国外追放を受けた。それは王太子妃として王族に嫁いだ姉が仕組んだことで。  聖女の力で虐待を受ける弟ルイスを護っていたオデットは、やっと巡ってきたチャンスだとばかりにルイスを連れ、その日のうちに国を出ることに。しかしそれも一筋縄ではいかず敵が塞がるばかり。  その度に助けてくれるのは、侍女のティアナと、何故か浮気相手と疑われた副騎士団長のサイアス。謎にスキルの高い二人と行動を共にしながら、オデットはルイスを救うため奮闘する。 ※胸糞悪いシーンがいくつかあります。苦手な方はお気をつけください。

そちらがその気なら、こちらもそれなりに。

直野 紀伊路
恋愛
公爵令嬢アレクシアの婚約者・第一王子のヘイリーは、ある日、「子爵令嬢との真実の愛を見つけた!」としてアレクシアに婚約破棄を突き付ける。 それだけならまだ良かったのだが、よりにもよって二人はアレクシアに冤罪をふっかけてきた。 真摯に謝罪するなら潔く身を引こうと思っていたアレクシアだったが、「自分達の愛の為に人を貶めることを厭わないような人達に、遠慮することはないよね♪」と二人を返り討ちにすることにした。 ※小説家になろう様で掲載していたお話のリメイクになります。 リメイクですが土台だけ残したフルリメイクなので、もはや別のお話になっております。 ※カクヨム様、エブリスタ様でも掲載中。 …ºo。✵…𖧷''☛Thank you ☚″𖧷…✵。oº… ☻2021.04.23 183,747pt/24h☻ ★HOTランキング2位 ★人気ランキング7位 たくさんの方にお読みいただけてほんと嬉しいです(*^^*) ありがとうございます!

「婚約破棄するぞ」が口癖の婚約者に見切りをつけ、素敵な旦那さまと幸せになります

葵 すみれ
恋愛
ミレーヌの婚約者である伯爵令息は、ことあるごとに「婚約破棄するぞ」と脅して抑え付けてくる。 格下の家柄で、家が支援を受けている身では、言い返すこともままならない。 本当に興味のあったことを学ぶことも許されず、ミレーヌは言いなりのまま生きる。 婚約者が堂々と浮気をしても、もはや心は動かない。 ところがあるとき、ミレーヌは自分を認め、尊重してくれる相手と出会う。 そして何度目かわからない婚約破棄宣言を、ミレーヌはとうとう受け入れることとなる。 ※小説家になろうにも掲載しています

リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します

青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。 キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。 結界が消えた王国はいかに?

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前

地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。 あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。 私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。 アリシア・ブルームの復讐が始まる。

婚約破棄で見限られたもの

志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。 すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥ よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。

処理中です...