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天罰〈大〉

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 グリティスが現れた瞬間王や貴族がポカンと固まり、その後慌てて跪く。クレイだけが目を見開いてグリティスを凝視していた。

「ゆ、許しがたい、だと。……この悪魔めっ!」

 謁見室が凍った。

「神の姿を象ったのだろうが、その精神の醜さは隠しきれていないぞ!」

 これは本当に王太子なのだろうか。違っていてほしい。そんな思いを誰もが抱いた。

「神を偽る悪魔めっ。真の神の加護を持つ俺が成敗してやる!」

 クレイが剣を構えた。あまり剣を使ったことがないのか、剣先がふらついている。単純に筋力が足りていないのかもしれない。

「……神に剣を向ける。それがどれほどの罪か知っているか?」
「お前は神じゃないっ!神ならば、俺の味方をする筈だからな!」

 なんともお粗末な論法である。どうしてそこまで神の加護があると盲信できるのか、パールにはまるで分からなかった。
 グリティスのことは心配していない。神がこんな人間ごときの剣に殺られるわけがないのだから。

「神の名のもとに悪魔を成敗するっ」
「クレイっ、やめろ!」

 王の制止を聞かず、ダッと駆けてきたクレイが剣を振るう。その剣は、グリティスに触れる前に光になって消えた。

「なっ、なんだと?!」
「我を人が作った剣ごときで傷つけられるわけがなかろう?」

 呆然とするクレイをグリティスが見下した。柄だけになった剣を握りしめ、クレイが床に崩れ落ちた。項垂れて何事かを呟いている。

「あり得ない。俺には、神の加護があるんだ。どうして、どうして、悪魔に勝てないんだ……」
「クレイっ。騎士達よ、クレイを拘束せよ!神に刃向かう反逆者だ!」

 王の命令と共に、クレイが騎士達に拘束される。そのまま連れていかれようとしたところを、グリティスが呼び止めた。

「それは人の法で裁かれるだけでなく、神の法に照らし合わせて裁かねばならない」
「……神の法」
「神に剣を向けるものはすべからく永劫の罪を背負うべし。安寧の時は訪れない。死してもその魂は罪業の炎に苛まれる」

 謁見室に声無き悲鳴が広がった。頭を低く下げ、神の怒りが自分に向かわぬよう祈る。
 クレイは何が起きたか分からない様子だった。

「そなたには神の加護なんぞ存在しない。生きて苦しみ、死して苦しむのだ。その苦しみは、魂が消滅するまで続く。とくと味わうといい」

 うっそりと嗤うグリティスの顔は、ゾクゾクするほど美しかった。その顔をクレイが真っ青な顔で見る。漸く自分がしたことの罪深さが分かったらしい。

「い、嫌だっ!苦しみたくなんか、ない!た、助けてくれ!」

 グリティスは当然クレイの願いを聞き届けることはなかった。

「い、いやだあぁあっ……ぱ、パール!俺を救うよう、神に頼めっ!」

 パールに近づこうとするクレイを騎士が抑える。そのまま連行していった。最後まで、クレイはパールに命令し続けた。自らの罪を反省することもなく。

 沈黙が満ちる。誰もが神の怒りを恐れた。

「人の王よ。そなたは王族と神の契約を知るか」
「……はい。神はこの国を守護し、王族を守ると」
「そんな一方が与えるだけの契約があると思ったのか?本当にそう思っていたなら、ただの愚か者だ」

 愚か者と断じられた王が黙り込む。

「神はこの国を守護する。ついでに王族も守る。安定した国家は国に安定を齎すからだ」

 グリティスが静かに語る。王も貴族も身を正してその言葉を真剣に聞いていた。

「王族は国を守る義務を負う。月に1度は神に祈りを捧げ、収穫の月に民に酒を振る舞う。王族は一夫一妻。不貞、離婚は認められない」
「……一夫一妻?」

 王が呆然と繰り返す。王には2人の側妃がいて、妃に召し上げずに手を出した女性もいた。認知していない子も合わせれば、子の数は10を超える。先王も同じように側妃をもっていたし、王が1人の女性しか娶らなかったのは、この国の初代と2代目の王だけだ。そんなに昔から、この国の王は神の加護を失っていた。

「契約は既に成立していない」

 王は固まって瞬きもしなかった。この国の王は神の加護を受けているからこそ貴族の上にたてる。その前提が覆れば、王族の存在意義まで問われることになる。

「王よ。そなたは王足り得る人間か?神の加護なしに全ての者の上に立てるのか?」

 王が集った貴族達の顔を見る。どの貴族も王に敬意を抱いていなかった。王は貴族に対して横暴に振る舞うことが多かったし、国の政において決断力もなかった。優秀な貴族ほど王を疎んでいる者が多い。

「……いいえ。私は王位をお返しします」

 貴族達が次は誰が王位を継ぐのかと牽制し合う。王族たちは王位を継げる歳の者は皆複数の女性と婚姻している。神の加護を受けるには条件に見合う者がいなかった。

「レアトリアよ」
「はい……?」
「そなたが王位を継げ」
「なっ、私は、そのような器は持ち合わせておりませんっ」

 意外な展開にパールは目を見開いた。グリティスがパールに視線を向けて微笑む。

「そうかもしれんな。だが、暫しの間の代理だ。直に神の加護を持つ子が生まれる。その子がこの国の正当な王となるだろう」

 パールがハッとしてお腹に手を触れた。レアトリア伯爵が呆然としてパールとグリティスを見比べる。
 その場にいた貴族たちはその意図に気づき喜んだ。貴族同士で王位を争えばどうしても国が荒れる。国を大事に思う者ほどそれは避けたい事態だった。将来神の血を継ぐ者が王として立つというなら、10数年神の妻の父が王位にあるのも納得できる。王が幼いときはその親類が摂政になり、政治を行うこともあるのだから。


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