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 八月十五日、終戦。天皇陛下の玉音放送をラジオで聞くと、たえ子はその日のうちに東京へ帰った。しかし、陸軍省からの連絡はなく、昭が生きているのか死んでいるのかも分からなかった。広島、長崎への原爆投下以外にも全国的に大打撃を受けた日本は、戦争が終わってもまだ死に怯えながら過ごしていた。
 たえ子は戦時中に身につけた縫い物を仕事にし、その稼ぎで翌年から教員養成学校に通った。次々と疎開先から子供たちが戻り、教育方針が平時授業に変わっていき、教科書の軍国主義の記述は墨で塗りつぶされ、それも段々新しい教科書に変えられていく。新しい時代の日本を理解し、教えていかなければならないとたえ子は思った。

「先生、さようなら!」
「さようなら。気をつけておかえりなさい」
「はい!」

 小学校の教師になって初めての夏。一年目にして副担任に指名されたたえ子は、生徒を見送ると明日の教材の用意を済ませて学校を出た。真っ赤な夕日が顔を刺すように照らし、その赤を横切るように飛ぶ飛行機にB29を連想させ、恐怖に怯え俯いて歩く。

「たえ子」
「っ!」

 名前を呼ばれ、ハッと顔を上げると、眼前には一人の女性がいた。ボロボロのもんぺ姿のたえ子と反対に、長い髪をおさげにしてスーツを着ている。真っ黒に焼けた肌をしていたが、たえ子には彼女が誰なのかすぐに分かった。

「あき……昭子、さま……?」
「ははっ、もう私は軍人ではないのだから、様は要らないよ、たえ子」

 たえ子は思わず駆け出し、昭、もとい昭子に抱きついた。昭子はよろけることなく、しっかりとたえ子を受け止め、力強く抱き締めた。

「昭子さまっ、ひっく、おかえり、なさいませ……っ」
「ただいま、たえ子。待たせてごめんなさい」
「いえ! とてもお早いお帰りでした!」

 昭子はたえ子の頭を優しく撫で、その変わらない温もりに涙が止まらなかった。

「終戦からだいぶ経ってしまいましたが、今までどちらに?」
「実は特攻隊としてフィリピンに向かう途中、乗っていた飛行機がエンジントラブルで台湾に不時着したんだ。そこでしばらく野営をして生活していた。帰国したのはつい先週だ」
「野営……それは、ご苦労さまでした」
「たえ子、君の話も聞きたい。家に来てくれるかい?」
「はい、もちろんです!」

 昭子はあの日と同じ、柔らかい笑みを浮かべてたえ子にキスを落とした。





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