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プリンに生クリームは必要か
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お昼ご飯は駅前のカフェにしよう。そう思い立って福永圭一ふくながけいいちは学び舎である大学の門を抜け出した。料理を一切せず、入学してからの昼食に校内の学食、出張カフェ、コンビニ、全てのメニューをほとんど制覇し飽きてしまった。
最近、ゼミの仲間たちの間で噂される駅前のカフェは先週オープンしたばかりらしく、コスパがいい軽食メニューと種類豊富なスイーツが人気だと聞いた。
デザートまでしっかり食べても午後の講義に間に合うだろうと、圭一はオシャレなドアを開いた。
「いらっしゃいませー!」
風鈴の様な癒し効果を感じるベルの音が響き、店の制服を崩さす着こなす店員が振り返った。
「おひとり様ですかー?」
「あ、はい」
「ただいま混んでおりまして……相席でもよろしいでしょうかー?」
「大丈夫です」
「ありがとうございますー。ではこちらへどうぞー」
1名様ですー、と店員は声をあげて圭一を窓際のテーブルに案内した。先に席にいた女性客がパスタを食べていた。そこへ水の入ったコップとメニューを置き、決まりましたらお呼びください、と離れていった。
「相席すみませ――って、相川?」
「あら福永くん。お先」
相席相手は同じゼミの相川飴子あいかわあめこだった。彼女の前にあるお皿は、名前からは想像つかないレベルの真っ赤なパスタ。
「お前ってほんと辛いの好きだよな。それ、タバスコどれだけ入れたんだよ」
「失礼ね。これ、ほとんど新品だったしまだ半分も入れてないわ」
「ってことは、ほぼ新品だったこのボトルで少なくとも1/3は入れたんだな」
澄ました顔で真っ赤な麺をフォークに巻いていく飴子に、圭一はメニューを開いてため息をついた。ちょうど通りがかった先ほどの店員に手を上げる。
「野菜のドリアとコーンスープのセット、食後にカスタードプリン生クリーム増量でカフェオレと一緒に下さい」
「生クリーム増量は追加料金頂きますがよろしいでしょうかー?」
「大丈夫です」
「かしこまりましたー」
今どき少なくなった手書きのオーダー用紙に注文内容を書き込んで、店員はメニューを受け取った。
「あんたこそ、甘ったるいのばっかりね」
「チョコパンケーキとベリーパフェと生クリーム入りココアと迷ったけどやめただけマシだろ。お前は名前改名した方がいいんじゃないか」
「その横文字聞くだけで砂吐きそう。名前は親に言ってちょうだい。あたしも甘ったるくて嫌だわ」
飴子の家は先祖代々続く飴細工専門店だ。娘にも飴を好きになって欲しかったのか、はたまた継いで欲しかったのか、名前にも使われてしまったため飴子としては迷惑だった。
「しかし飴屋の娘が甘味嫌いなんて、商売にならないな」
「継ぐ気もないのよね……ほんと迷惑」
「ふーん、そーゆーもん?」
「そういうものよ」
「お待たせしましたー」
圭一のドリアとスープが運ばれた。熱々のそれらを、冷ましながらかき込む。それを、飴子は呆れた表情で眺めた。
「そんなに慌てて食べなくても……午後の講義そんなに詰め込んでるの?」
「ちげーよ、早くプリン食べたいに決まってんだろ」
「あ、そう……」
運ばれてから10分もしない内に食べ終わり、店員に食後のプリンとカフェオレを頼む。程なくして届いた生クリーム山盛りのプリンに、圭一の口角が上がる。
「ここのプリン、追加しなくても生クリーム結構多いと思うんだけど……」
「いや、全然足りない」
「……本気で言ってる?」
「大マジだけど。なんなら、この3倍くらい欲しい」
「見てるだけで胸焼けしそう……あ、すみませんスパイシーチキン下さい!」
「かしこまりましたー」
「お前まだ食うのかよ! って言うか、こっちの目が痛いから辛いのやめろよ」
「そっちが甘いのやめたらね」
「出来るか!」
圭一はカフェオレに更にシロップを流した。散々、パスタにタバスコ1/3本も掛けたことに文句を言っていた口は、小瓶半分のシロップで更に甘くなった液体に酔っていた。その眼前で、飴子は唐辛子たっぷりのフライドチキンに更に七味をかけてかぶりついている。
傍から見れば、変な二人組だと思われるのだろう。語尾を伸ばして話すあの店員もバックヤードの入口で苦笑いを浮かべながら見ている。
「てか、お前が校外で食べるの珍しいな」
「そうね」
「学食の激辛ラーメンに飽きた?」
「いいえ」
「コンビニの激辛シリーズがハズレだった?」
「いいえ」
「じゃあ、なんで」
最後のチキンの骨をお皿に戻して、飴子はおしぼりで口元を拭った。真っ赤に染まった唇は香辛料のせいなのか口紅が濃いだけなのか、圭一には分からない。食べたはずのプリンの甘みが、口内から消えた。
「お見合い、させられるのよ」
「……お見合い」
飴子はスマホを操作すると、画面を圭一に見せた。そこには二人より少し歳上に見える男性が映っていた。お見合い写真だろう。
「別の街で甘味処をやってる所の長男らしいんだけど、お互いの利益のために結婚しないかって」
「うへぇ」
「飴細工は兄が継ぐけど、搬入先に彼の店を……だそうよ」
「……老舗って大変だな」
「まぁね、校内にいたら休み時間の度に連絡くるから嫌になって出てきたんだけど」
ゼミ始まるから学校戻るわよ、と飴子は自分の伝票を持って立ち上がる。慌てて圭一もカフェオレの残りを流して後を追う。
「でも、さ、お見合い嫌だって言っても、その人と結婚しないと店潰れるんじゃ……」
「潰れはしないし、兄も1人前の職人になったって言ってる。あたしが嫌なだけよ」
「相川に彼氏とか婚約者がいたら回避されるのか?」
「言われたことないけど……いけそうだったら無理矢理にでもみとめさせるかしら」
さっきから急にどうしたの? と飴子は笑った。校舎が見えてきて、圭一は無意識に焦っていた。ゼミの教室に入ってしまえば、はぐらかされる、と思った。
「もし、万が一、そいつとの結婚が嫌で、俺なんかが出来るなら……回避させたい」
「……え?」
「だからっ、その……俺じゃダメか?」
「……福永、くん……」
「ま、まぁ、俺んとこは高貴な血筋でもなんでもないし、犯罪を犯してない以外は特に優れた何かを持ってる訳でもないし、俺自身も成績優秀じゃねーけど」
――自分には、高嶺の花なのも分かってるけど。
「今見てきた通り、甘いもの嫌いで激辛系ばかり食べてるけど?」
「それは……自分が食べなければ……俺も、相川さんに甘いもの無理強いしない」
「ふふ、変なの」
「……ダメ、かな」
午後の講義のために登校する学生が、ジロジロと二人を見ながら門をくぐる。それでも今の二人に周りは見えない。
「いいよ」
「……え?」
「いいって言ったの。欲しい答えじゃなかった?」
「い、いやっ、欲しいです! じゃなくてっ」
「ふふふっ、ふ、あははっ」
顔を真っ赤にして慌てる圭一に、飴子は笑いが止まらない。圭一の今まで見ていない一面に、興味が湧いた。
「じゃあ、これから親と見合い相手に勝つために色々頑張らないとね」
「あぁぁ……そうだった……」
「大丈夫、親も職人仕事以外は普通の人だから」
「……不安だ……」
「今までの威勢はどこ行ったのよ」
固まる圭一の唇を人差し指でつついて、飴子は門に向かって歩き出した。
「キスしたければ、まずプリンに生クリームを乗せるのをやめることね」
「ま、待って相川さん……それは相川さんにタバスコ禁止してるのと一緒……」
「違いますー!」
「お願い山盛りは我慢するから……」
「どうしようかなー」
「相川さーん!」
End
最近、ゼミの仲間たちの間で噂される駅前のカフェは先週オープンしたばかりらしく、コスパがいい軽食メニューと種類豊富なスイーツが人気だと聞いた。
デザートまでしっかり食べても午後の講義に間に合うだろうと、圭一はオシャレなドアを開いた。
「いらっしゃいませー!」
風鈴の様な癒し効果を感じるベルの音が響き、店の制服を崩さす着こなす店員が振り返った。
「おひとり様ですかー?」
「あ、はい」
「ただいま混んでおりまして……相席でもよろしいでしょうかー?」
「大丈夫です」
「ありがとうございますー。ではこちらへどうぞー」
1名様ですー、と店員は声をあげて圭一を窓際のテーブルに案内した。先に席にいた女性客がパスタを食べていた。そこへ水の入ったコップとメニューを置き、決まりましたらお呼びください、と離れていった。
「相席すみませ――って、相川?」
「あら福永くん。お先」
相席相手は同じゼミの相川飴子あいかわあめこだった。彼女の前にあるお皿は、名前からは想像つかないレベルの真っ赤なパスタ。
「お前ってほんと辛いの好きだよな。それ、タバスコどれだけ入れたんだよ」
「失礼ね。これ、ほとんど新品だったしまだ半分も入れてないわ」
「ってことは、ほぼ新品だったこのボトルで少なくとも1/3は入れたんだな」
澄ました顔で真っ赤な麺をフォークに巻いていく飴子に、圭一はメニューを開いてため息をついた。ちょうど通りがかった先ほどの店員に手を上げる。
「野菜のドリアとコーンスープのセット、食後にカスタードプリン生クリーム増量でカフェオレと一緒に下さい」
「生クリーム増量は追加料金頂きますがよろしいでしょうかー?」
「大丈夫です」
「かしこまりましたー」
今どき少なくなった手書きのオーダー用紙に注文内容を書き込んで、店員はメニューを受け取った。
「あんたこそ、甘ったるいのばっかりね」
「チョコパンケーキとベリーパフェと生クリーム入りココアと迷ったけどやめただけマシだろ。お前は名前改名した方がいいんじゃないか」
「その横文字聞くだけで砂吐きそう。名前は親に言ってちょうだい。あたしも甘ったるくて嫌だわ」
飴子の家は先祖代々続く飴細工専門店だ。娘にも飴を好きになって欲しかったのか、はたまた継いで欲しかったのか、名前にも使われてしまったため飴子としては迷惑だった。
「しかし飴屋の娘が甘味嫌いなんて、商売にならないな」
「継ぐ気もないのよね……ほんと迷惑」
「ふーん、そーゆーもん?」
「そういうものよ」
「お待たせしましたー」
圭一のドリアとスープが運ばれた。熱々のそれらを、冷ましながらかき込む。それを、飴子は呆れた表情で眺めた。
「そんなに慌てて食べなくても……午後の講義そんなに詰め込んでるの?」
「ちげーよ、早くプリン食べたいに決まってんだろ」
「あ、そう……」
運ばれてから10分もしない内に食べ終わり、店員に食後のプリンとカフェオレを頼む。程なくして届いた生クリーム山盛りのプリンに、圭一の口角が上がる。
「ここのプリン、追加しなくても生クリーム結構多いと思うんだけど……」
「いや、全然足りない」
「……本気で言ってる?」
「大マジだけど。なんなら、この3倍くらい欲しい」
「見てるだけで胸焼けしそう……あ、すみませんスパイシーチキン下さい!」
「かしこまりましたー」
「お前まだ食うのかよ! って言うか、こっちの目が痛いから辛いのやめろよ」
「そっちが甘いのやめたらね」
「出来るか!」
圭一はカフェオレに更にシロップを流した。散々、パスタにタバスコ1/3本も掛けたことに文句を言っていた口は、小瓶半分のシロップで更に甘くなった液体に酔っていた。その眼前で、飴子は唐辛子たっぷりのフライドチキンに更に七味をかけてかぶりついている。
傍から見れば、変な二人組だと思われるのだろう。語尾を伸ばして話すあの店員もバックヤードの入口で苦笑いを浮かべながら見ている。
「てか、お前が校外で食べるの珍しいな」
「そうね」
「学食の激辛ラーメンに飽きた?」
「いいえ」
「コンビニの激辛シリーズがハズレだった?」
「いいえ」
「じゃあ、なんで」
最後のチキンの骨をお皿に戻して、飴子はおしぼりで口元を拭った。真っ赤に染まった唇は香辛料のせいなのか口紅が濃いだけなのか、圭一には分からない。食べたはずのプリンの甘みが、口内から消えた。
「お見合い、させられるのよ」
「……お見合い」
飴子はスマホを操作すると、画面を圭一に見せた。そこには二人より少し歳上に見える男性が映っていた。お見合い写真だろう。
「別の街で甘味処をやってる所の長男らしいんだけど、お互いの利益のために結婚しないかって」
「うへぇ」
「飴細工は兄が継ぐけど、搬入先に彼の店を……だそうよ」
「……老舗って大変だな」
「まぁね、校内にいたら休み時間の度に連絡くるから嫌になって出てきたんだけど」
ゼミ始まるから学校戻るわよ、と飴子は自分の伝票を持って立ち上がる。慌てて圭一もカフェオレの残りを流して後を追う。
「でも、さ、お見合い嫌だって言っても、その人と結婚しないと店潰れるんじゃ……」
「潰れはしないし、兄も1人前の職人になったって言ってる。あたしが嫌なだけよ」
「相川に彼氏とか婚約者がいたら回避されるのか?」
「言われたことないけど……いけそうだったら無理矢理にでもみとめさせるかしら」
さっきから急にどうしたの? と飴子は笑った。校舎が見えてきて、圭一は無意識に焦っていた。ゼミの教室に入ってしまえば、はぐらかされる、と思った。
「もし、万が一、そいつとの結婚が嫌で、俺なんかが出来るなら……回避させたい」
「……え?」
「だからっ、その……俺じゃダメか?」
「……福永、くん……」
「ま、まぁ、俺んとこは高貴な血筋でもなんでもないし、犯罪を犯してない以外は特に優れた何かを持ってる訳でもないし、俺自身も成績優秀じゃねーけど」
――自分には、高嶺の花なのも分かってるけど。
「今見てきた通り、甘いもの嫌いで激辛系ばかり食べてるけど?」
「それは……自分が食べなければ……俺も、相川さんに甘いもの無理強いしない」
「ふふ、変なの」
「……ダメ、かな」
午後の講義のために登校する学生が、ジロジロと二人を見ながら門をくぐる。それでも今の二人に周りは見えない。
「いいよ」
「……え?」
「いいって言ったの。欲しい答えじゃなかった?」
「い、いやっ、欲しいです! じゃなくてっ」
「ふふふっ、ふ、あははっ」
顔を真っ赤にして慌てる圭一に、飴子は笑いが止まらない。圭一の今まで見ていない一面に、興味が湧いた。
「じゃあ、これから親と見合い相手に勝つために色々頑張らないとね」
「あぁぁ……そうだった……」
「大丈夫、親も職人仕事以外は普通の人だから」
「……不安だ……」
「今までの威勢はどこ行ったのよ」
固まる圭一の唇を人差し指でつついて、飴子は門に向かって歩き出した。
「キスしたければ、まずプリンに生クリームを乗せるのをやめることね」
「ま、待って相川さん……それは相川さんにタバスコ禁止してるのと一緒……」
「違いますー!」
「お願い山盛りは我慢するから……」
「どうしようかなー」
「相川さーん!」
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