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おかしな旦那様!?

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は、半裸の筋肉っ!?

上半身裸の! 筋骨たくましい!
マッチョが現れた!

元の世界で誰もが知る超有名ファンタジーRPGの音楽が鳴り響く。

がはは、と笑いながら上半身裸の仁王立ちで名乗った男は一見するとならず者にしか見えなかった。

マッチョ具合は屋敷の料理長アーノルドと良い勝負である。

しかしキリングが敬称をつけて呼んでいる辺り、このヴェルナーという男性は恐らく商会にとって重要な人物なのだろう。

商会所属者ならクラッド様にとっては部下になるので敬称をつける必要はない。ならば、ヴェルナーは『商会外』の人間である可能性が高い。

瞬時にそう判断し、私は内心の動揺を鎮めるとまずは商会長の妻としてヴェルナーと呼ばれた大柄な男性に微笑みかけた。

「お初にお目にかかります。ヴェルナー=ストーン様。私はクラッド=アルシュタッドが妻、リイナ=アルシュタッドと申します」

椅子から立ち上がり名乗りながら礼を取る。一応相手側が先に名乗ってくれたので、次はこちらというわけだ。

頭を上げると、ヴェルナーは「お?」と何か面白いものでも見つけたような顔をしていた。

彼の隣にいるキリングは焦った様子だったがこほんと咳ばらいを一つして、居住まいを正し私に向けて深く頭を下げる。

「奥様、失礼いたしました。こちらの方は鉱山長のヴェルナー=ストーン様と仰いまして……」

「ああ堅苦しい挨拶は無しだキリング! ほう、こりゃ驚いたな。嬢ちゃんが噂の奥方か!」

キリングの紹介を遮り、ヴェルナーがずいっと前に出る。

 咄嗟にエブリンが私の前に立ち、ヴェルナーとの間に入ってくれた。
 私の前にすっと伸ばされた彼女の左腕が「来るな」と告げている。

「お嬢様に気安く近寄らないで下さいませ。ご自分の今の姿はおわかりでしょう」

「なんだあんたは」

「侍女のエブリンと申します。上半身裸の男性を、お嬢様に近づけるわけには参りません。お話ならその場でなさってくださいませ」

「ああ?」

ばちばち、とエブリンとヴェルナーの間に見えない火花が散る。
 
見上げるような体躯に人相も決して良いとは言い難い男性を相手に一歩も譲らない彼女の豪胆さは、昔から知っている私でさえも驚いた。

端から見ると大熊VS大蜘蛛である。

……それにしても。

鉱山長ということはこの人、こう見えて『結晶鉱山の採掘資格』を持っているんだわ。

精霊に気に入られるようなタイプには見えないのに。

 ああでも、精霊は見かけじゃなくて精神(こころ)を重視するから、外見は関係ないんだった。

クラッド様と夫婦になってから(死に物狂いで)身に着けた知識を思い出す。

アルシュタッド商会が所有する精霊結晶の鉱山はミルヴァナ公国唯一のものだが、しかし所有権は国ではなく個人が有している。理由は精霊に認められた者にしか採掘が許されないことにある。

精霊に許可されていない人間が鉱山に入った場合は恐ろしい罰が下されるのだとか。

この世界では精霊信仰が一般的であり、暦の読み方などでもそれが顕著だ。

個人所有の鉱山のため、クラッド様はミルヴァナ公国含め他国とも平等に取引を行っている。
つまり、一国が独占できないようになっているのだ。

この世界には大小様々な国が存在するが、その中でも精霊結晶の鉱山はミルヴァナ公国でしか発見されていない。

元々神話の中の話だと思われていたのを、クラッド様は長年の努力によって探し当てたのだ。

片目を失ったのも鉱山探索中の落盤事故のためだと言っていたことから、相当厳しい道のりであったことは容易に想像できた。

「ふん……汚くて悪かったな。鉱山から真っ直ぐ事務所に飛んできたんだから仕方がねえだろ。それとも何か? アンタらのおまんま稼いでるオレらの事を、汚物扱いでもするつもりかよ」

ヴェルナーが眉を顰め、険しい顔でエブリンに文句を言う。

私からは彼女の背中しか見えないのでエブリンが今どんな表情をしているのかわからないが、たぶんきょとんとした顔をしているだろうな、と思った。

ヴェルナーは勘違いしている。エブリンは彼が汚れているから近づくなと言っているわけではない。

本人もそう口にしていたけれど、どうやら早とちりしたようだ。

私は微笑んだまま、エブリンの後ろから少し前に出た。「お嬢様」と止めに来る彼女を、右手でそっと制する。

「ヴェルナー様。気分を害したなら申し訳ありません。ですが、エブリンは貴方の仕事姿を気に入らないと言ったわけではなく、一応人妻である私に裸の男性を近づけるわけにはいかなっただけですわ。面倒ですが、貴族社会のしきたりなのです。どうかエブリンを責めないでくださいませ」

貴族の女性には、夫以外の男性の肌に触れてはならないという決まりがある。

表向き貞淑さを求める貴族らしい考え方とは思うが、正直面倒なことこの上ない。

しかし私は貴族の、子爵家の娘という肩書でもってクラッド様に嫁入りした。

つまり、貴族出身の妻を持っている商会長、というのもいやらしい話ではあるがアルシュタッド商会の目玉になっているのである。

クラッド様が鉱山を発見したのが今から五年ほど前だ。

鉱山からとれる精霊結晶はあらゆる分野のエネルギー源として活用できる複合燃料ではあるが、その存在は今まで幻とされてきた。なにせ伝承では『精霊が自らの力の源を分かち形と成し、結晶としたもの』と言われていたのだ。

見えるか見えないかわからないようなものを信じる者は少なく、信じたとしても探し当てる者は今までいなかった。

そのため五年前にクラッド様が鉱山を発見し公国に申請を出した時も、眉唾として処理されかけたのだとか。

ある『証拠』があったためにそれを免れたとは聞いているけれど、まだ五年というのもあって遠方から精霊結晶を求めに来る者の中にはいまだ半信半疑の人間も多いらしい。

認知度が低いせいだろう。
だけどそこで私の出番である。

精霊結晶の鉱山を掘り当てた男は、五年後大商人となり、貴族の妻を娶り各国と取引をしている……という話になると人は一気に信じ始めるのだ。

たかが肩書き、されど肩書き、ということである。

なので私は『内にも外にも』貴族の女である事を示す必要があるのだ。
現代日本では階級差別的なことは表向きはなかったけれど、ミルヴァナ公国では線引きが潔いほどはっきりしている。

そんな中、子爵令嬢リイナ=フォンターナとして転生できた私はかなり運がよかったと言えるだろう。

母親のことは置いておくとするならば、だけれど。

説明が長くなったが、私の態度を見たヴェルナーは顰めていた眉を元に戻し「ま、しゃあねえわな」とだけ呟いた。

どうやら誤解が解けて溜飲が下がったようだ。

右のこめかみに傷があったりで物々しい見た目だが、案外話はわかるタイプらしい。

「しかし、お付きの嬢ちゃんもだが、あんたも良い度胸してるな。オレみたいなのに笑顔で意見できるとは。貴族のお嬢さんってのはもっと気弱なもんだと思ってたぜ。まじであの朴念仁にはもったいねえなあ! やっぱオレんとこ来ねえか?」

「ヴェルナー様……!」

「ははは! 冗談だって! んな焦んなよキリング!」

にかっと笑いながら軽口を叩くヴェルナーと、慌てて止めるキリング。

エブリンは胡乱な目で彼を見ているが、私はヴェルナーを見た目ほど仰々しい人だとは思えなかった。

熱しやすいが、柔軟性もあり理解力も高いところは日本の職人さんを思わせる。
中々に好印象の男性だ。

クラッド様が採掘を任せ、精霊に認められただけはある、ということなんだろう。

私が彼を知らなかったのは、きっと彼がほとんど鉱山で過ごしているからだと思われる。

それはエブリンの態度を見てもわかる。彼女はヴェルナーが近づくのを阻止はしたが、警戒度は明らかに低かった。

情報蜘蛛のエブリンの事だ、恐らく彼については事前に知っていたのだろう。

登場の仕方が意外過ぎたせいで説明が遅れてしまっただけで。

案の定、後ろにいるエブリンがそっと私に「ヴェルナー=ストーンは優秀な管理者として鉱山夫から慕われております」と耳打ちしてきた。

精霊結晶の鉱山には精霊の加護があるため怪我などの心配はないが、採掘自体は人力なので人間側の手腕が問われる。

効率よく、かつ鉱山夫達に不満を持たせず働いてもらわなければ、彼らのストレスが結晶の採掘頻度や純度に響いてしまう。

そのため人の管理が一番難しいのだ。

クラッド様は各国との商談があるし、よほど信頼していなければ任せられない。

精霊に気に入られる事と実務能力は比例しないので、実力がある人間はありがたいのである。

「光栄な申し出ですがご遠慮させていただきますわ。それよりもヴェルナー鉱山長、仰る通り、私たちがこうしていられるのは貴方がたのおかげです。中でもヴェルナー鉱山長の監督手腕は見事だとか。毎日のお勤め本当にご苦労様です。私からも感謝を申し上げます」

「あ、いや……そう素直に称賛されると逆に気まずくなるじゃねえか。やるなぁ嬢ちゃん、こりゃ一本取られたな」

褒められ慣れていないのか、ヴェルナーは私の誉め言葉に厳つい顔をほんのり染めて、照れくささを誤魔化すように頭を掻いていた。

うん。
やはり見かけに寄らず中身は若い青年のようだ。
といっても、無精ひげのせいで年かさにみえるのかもしれないが。

「……なるほどな。あいつが首ったけなのもわかる気がするぜ。っと、言ったそばから本人の登場だ」

ヴェルナーが感心した風に言った時、またもや廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。

なんだか全力疾走といった感じで、だだだだだ、という音が突如私達のいる部屋で止まる。

ヴェルナーの言葉の意味を図りかねていた私は、とりあえず扉がノックされるのをエブリンやキリングとともに待った。

が、扉は再びバン! と大きな音を立て開かれ、同時にひらりとした長い布地がたなびくのが見える。

商会長の証である長い濃紫のローブに、墨色の髪と瞳、眼帯姿に、私の目がぱっと大きく開いていく。

「ヴェルナー! お前何してるっ!?」

部屋に飛び込んできた人―――つまりクラッド様が、見えている方の左目を鋭く細め、聞いたこともないような厳しい声できつく言い放った。

その剣幕に、私は思わず口をぽかんと開けて、思わず見入ってしまっていた。

「え……クラッド、様?」

小さく漏れた声は私のものだ。

が、クラッド様には届いていないのか、彼はぎろりとまさに射殺さんばかりの剣呑な目つきでヴェルナーを睨みつけていた。

いや。あの。
その。

私クラッド様のこんな怖い顔、初めて見るんですけど……。

なんだか旦那様の様子が、おかしい、ですよ……?

その様子を、私はただ呆然と、眺めていた。
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