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なんか出ました。
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「貴様の名は」
「え……?」
深夜。
もくもくと立ち込める白い煙の中、召喚陣の中央に憮然とした表情で立つのは銀髪碧眼のイケメンだった。
それを前にイレイナは硬直していた。
だってまさか『誰か』出てくるとは思わなったのだ。
召喚士である彼女は今日この時、とある実験を試みていた。
その結果がこれである。
「名は、と聞いている」
「……」
(いや、そんな、突然現れて「君の○は」的に聞かれても)
銀髪に碧眼の美丈夫が不機嫌そうにイレイナを見据えている。
よく見れば肌の色がやや濃い。東国の民族なのだろうか。
イレイナはイケメンを前に内心頭を抱えた。
(嘘でしょ。誰か嘘だと言ってよ……! まさか出てくるなんて思わないじゃないっ。どうすんのよ、これ!?)
想定外の事態に口があわあわと震えはじめる。脳内はパニックでお祭り騒ぎだ。
今年で三十一になるイレイナに恋人はいない。むしろ生まれてこの方いないのだ。
だから絶対に出てくることは無いと思っていた。
自分の『未来の夫』なんて。
「おい貴様、耳が聞こえないのか」
「っわ!?」
突然、頭を抱えていた腕を取られて身を強張らせた。
見上げれば、浅黒い肌の銀髪碧眼―――やや鋭い瞳をした男がイレイナを見下ろしている。
身長百五十前後のイレイナより頭二つ分は高い。かなりの長身だ。おかげで威圧感が半端ない。
「貴様、俺を召喚しただろう」
「は、い……そうです。どうしておわかりで……?」
「足元の召喚陣を見ればわかる。して、お前は何を願って召喚したのだ。理由を述べよ」
「え゛……」
イレイナの口から濁った音が出た。仕方なかった。
召喚した理由をついに聞かれてしまった。これはまずい。
馬鹿正直に『未来の夫を召喚したら、なんか貴方が出てきたんです』と言っていいものかどうか、イレイナは悩んだ。
「答えろ」
「えー……と、ですね」
「うむ」
やけに仰々しい態度の男だなと思いながらイレイナは目を泳がせた。
嘘を吐いたところで、この男にはばれてしまう気がする。そんな妙な迫力が、男にはあった。
「わ、私の未来の夫を……喚びだそうとしたら、貴方が……出まして……」
「ほお」
イレイナが正直に答えると、男の碧眼がきろり、と光った。東国民族特有の浅黒い肌が蠟燭の灯に照らされ、妖しく輝いている。なんだか怖い。
彼ら東国の民は誇り高く、侮辱されることを心底嫌ったはずだ。
この国の先代皇后が東国の出で、大層気位が高かったのだとか。
確か現皇帝がその血を濃く受け継いでいるのだと聞いた。
「ええと、恐らく人違いかと思いますのでっ! お帰り頂いて大丈夫です! 返還陣もすぐにご用意いたしま―――って何してんですか」
思い切って帰ってくれと言ったイレイナだったが、いつの間にか腕が解放されていることに気が付いた。
しかも視線の先、部屋の隅にある彼女の古ぼけた寝台に、なぜか銀髪碧眼イケメンが横になっている。
イケメンは彼女の問いにきょとんとした顔で首を傾げた。
「ん? 寛いでいるが」
「いやだからなんで寛いで」
「俺は貴様の未来の夫なのだろう? ならば暫く滞在しても問題なかろうて」
「はあっ!?」
(問題大有りだ馬鹿野郎!)
という怒声をイレイナは飲み込んだ。
「にしてもまあ、良い時に召喚されたものだ。脱走したくて堪らなかったのでな」
「脱走って……!」
「罪人ではないぞ。仕える者どもが五月蝿くてな」
どこかの貴族の跡取りかなにかだろうか、とイレイナは思った。
そういえば男が身に着けている物は良い品ばかりだ。
腕につけている金の腕輪などは彼女が一生かかっても買えない値がしそうである。
だとしたら、とイレイナは思考した。
(こ、これ下手したら、私が誘拐犯って事にならない……!?)
さあっと、彼女の顔から血の気が引いた。
「滞在なんて無理ですっ! 困ります! お願いだから帰ってくださいーっ!」
「ははは、そう怒るな未来の妻よ。おおそうだ。俺は貴様を知っているぞ。召喚士の隊にいただろう。昨年の出し物で最後尾にいたのを見た。見事なこけっぷりだったな」
「な……!」
人生最大の恥を話題に出されてイレイナは面食らった。
半年が経ってようやっと忘れかけていたのに、わざわざ思い出させてくれたのだ。なんてことをしてくれるのだこのイケメンは、とイレイナは腸が煮えくり返る思いだった。
「なんで、何で知って……っ!」
わなわなと怒りに肩を震わせる彼女に、イケメンはちらりと艶のある流し目を寄越した。
その色を含んだ視線にイレイナがドキッとした瞬間、イケメンの薄い唇からどこか喜びにも似た明るい声が漏れる。
「なあ、黒い髪、黒い瞳の召喚士よ。俺が覚えていたという事は、その召喚陣は成功しているのかもしれん。他人になど興味のなかった俺が、お前の事を覚えていたのだからな」
「っえ」
「……あの時俺は久方ぶりに笑ったのだ。探していたが、よもやお前の方から喚び出されるとはな」
「はい?」
一体こいつは何を言っているのだ?? と頭を疑問符で埋め尽くすイレイナを男はふんわりと優美な微笑を浮かべ眺めていた。
イレイナは知らない。
この実は高貴な身の上の男が昨年、彼女を目にして十数年ぶりに笑った事を。
そうして、召喚士隊から無実の罪で追い出された彼女を、ずっと探していたことを……
「ま、これからよろしく頼むぞ。未来の妻よ」
「は―――はああああああっ!?」
古ぼけた寝台の上に横たわるイケメンはそう言って、楽しそうに、嬉しそうに、やっと見つけた女性を前にして笑った。
この男がイレイナの住む国、ジュヴァティー国が皇帝、ラディク=ジャラ=カルニエドだと彼女が知るのは、まだほんのちょっと先の話である。
「え……?」
深夜。
もくもくと立ち込める白い煙の中、召喚陣の中央に憮然とした表情で立つのは銀髪碧眼のイケメンだった。
それを前にイレイナは硬直していた。
だってまさか『誰か』出てくるとは思わなったのだ。
召喚士である彼女は今日この時、とある実験を試みていた。
その結果がこれである。
「名は、と聞いている」
「……」
(いや、そんな、突然現れて「君の○は」的に聞かれても)
銀髪に碧眼の美丈夫が不機嫌そうにイレイナを見据えている。
よく見れば肌の色がやや濃い。東国の民族なのだろうか。
イレイナはイケメンを前に内心頭を抱えた。
(嘘でしょ。誰か嘘だと言ってよ……! まさか出てくるなんて思わないじゃないっ。どうすんのよ、これ!?)
想定外の事態に口があわあわと震えはじめる。脳内はパニックでお祭り騒ぎだ。
今年で三十一になるイレイナに恋人はいない。むしろ生まれてこの方いないのだ。
だから絶対に出てくることは無いと思っていた。
自分の『未来の夫』なんて。
「おい貴様、耳が聞こえないのか」
「っわ!?」
突然、頭を抱えていた腕を取られて身を強張らせた。
見上げれば、浅黒い肌の銀髪碧眼―――やや鋭い瞳をした男がイレイナを見下ろしている。
身長百五十前後のイレイナより頭二つ分は高い。かなりの長身だ。おかげで威圧感が半端ない。
「貴様、俺を召喚しただろう」
「は、い……そうです。どうしておわかりで……?」
「足元の召喚陣を見ればわかる。して、お前は何を願って召喚したのだ。理由を述べよ」
「え゛……」
イレイナの口から濁った音が出た。仕方なかった。
召喚した理由をついに聞かれてしまった。これはまずい。
馬鹿正直に『未来の夫を召喚したら、なんか貴方が出てきたんです』と言っていいものかどうか、イレイナは悩んだ。
「答えろ」
「えー……と、ですね」
「うむ」
やけに仰々しい態度の男だなと思いながらイレイナは目を泳がせた。
嘘を吐いたところで、この男にはばれてしまう気がする。そんな妙な迫力が、男にはあった。
「わ、私の未来の夫を……喚びだそうとしたら、貴方が……出まして……」
「ほお」
イレイナが正直に答えると、男の碧眼がきろり、と光った。東国民族特有の浅黒い肌が蠟燭の灯に照らされ、妖しく輝いている。なんだか怖い。
彼ら東国の民は誇り高く、侮辱されることを心底嫌ったはずだ。
この国の先代皇后が東国の出で、大層気位が高かったのだとか。
確か現皇帝がその血を濃く受け継いでいるのだと聞いた。
「ええと、恐らく人違いかと思いますのでっ! お帰り頂いて大丈夫です! 返還陣もすぐにご用意いたしま―――って何してんですか」
思い切って帰ってくれと言ったイレイナだったが、いつの間にか腕が解放されていることに気が付いた。
しかも視線の先、部屋の隅にある彼女の古ぼけた寝台に、なぜか銀髪碧眼イケメンが横になっている。
イケメンは彼女の問いにきょとんとした顔で首を傾げた。
「ん? 寛いでいるが」
「いやだからなんで寛いで」
「俺は貴様の未来の夫なのだろう? ならば暫く滞在しても問題なかろうて」
「はあっ!?」
(問題大有りだ馬鹿野郎!)
という怒声をイレイナは飲み込んだ。
「にしてもまあ、良い時に召喚されたものだ。脱走したくて堪らなかったのでな」
「脱走って……!」
「罪人ではないぞ。仕える者どもが五月蝿くてな」
どこかの貴族の跡取りかなにかだろうか、とイレイナは思った。
そういえば男が身に着けている物は良い品ばかりだ。
腕につけている金の腕輪などは彼女が一生かかっても買えない値がしそうである。
だとしたら、とイレイナは思考した。
(こ、これ下手したら、私が誘拐犯って事にならない……!?)
さあっと、彼女の顔から血の気が引いた。
「滞在なんて無理ですっ! 困ります! お願いだから帰ってくださいーっ!」
「ははは、そう怒るな未来の妻よ。おおそうだ。俺は貴様を知っているぞ。召喚士の隊にいただろう。昨年の出し物で最後尾にいたのを見た。見事なこけっぷりだったな」
「な……!」
人生最大の恥を話題に出されてイレイナは面食らった。
半年が経ってようやっと忘れかけていたのに、わざわざ思い出させてくれたのだ。なんてことをしてくれるのだこのイケメンは、とイレイナは腸が煮えくり返る思いだった。
「なんで、何で知って……っ!」
わなわなと怒りに肩を震わせる彼女に、イケメンはちらりと艶のある流し目を寄越した。
その色を含んだ視線にイレイナがドキッとした瞬間、イケメンの薄い唇からどこか喜びにも似た明るい声が漏れる。
「なあ、黒い髪、黒い瞳の召喚士よ。俺が覚えていたという事は、その召喚陣は成功しているのかもしれん。他人になど興味のなかった俺が、お前の事を覚えていたのだからな」
「っえ」
「……あの時俺は久方ぶりに笑ったのだ。探していたが、よもやお前の方から喚び出されるとはな」
「はい?」
一体こいつは何を言っているのだ?? と頭を疑問符で埋め尽くすイレイナを男はふんわりと優美な微笑を浮かべ眺めていた。
イレイナは知らない。
この実は高貴な身の上の男が昨年、彼女を目にして十数年ぶりに笑った事を。
そうして、召喚士隊から無実の罪で追い出された彼女を、ずっと探していたことを……
「ま、これからよろしく頼むぞ。未来の妻よ」
「は―――はああああああっ!?」
古ぼけた寝台の上に横たわるイケメンはそう言って、楽しそうに、嬉しそうに、やっと見つけた女性を前にして笑った。
この男がイレイナの住む国、ジュヴァティー国が皇帝、ラディク=ジャラ=カルニエドだと彼女が知るのは、まだほんのちょっと先の話である。
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