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50 瀕死の王子
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「王弟アルブレヒト殿下をお連れ致しました」
午後のお茶の時間の少し前、殿下と一緒に王子の部屋に赴いた。
壮年の王子の侍従が開けた扉を殿下と共に潜ると、そこは薄暗く空気が重い。少しだけ息苦しいような、喉が詰まるような感じもした。
まだ明るい時間だというのに厚いカーテンがぴっちりと閉められ、明かりと言えばベッドからだいぶ離れた入り口に足元を照らすように置かれた小さなものが一つ。
広い部屋から聞こえるのは、浅く速い呼吸音だけだ。
ああ、苦しそうだ・・・。
大きく呼吸が出来ない程弱っているのだろう。
明かりが遠いのは少しでも彼を刺激するものを少なくする為だろうか。
目を閉じたままそこに横たわっているのは小さい男の子だ。
見た感じ、小学校高学年というところか。
掛け布から出ている白い腕が細くて痛々しかった。
午前中に神官の治癒を受けたって言ってなかったか?
それでもこんな状態なの?
もし何もしなければこの子は・・・そう考えると眉間に力が入った。
俺で出来るなら治してやりたい。
子供が苦しむ姿は、たとえそれが自分の子じゃなくても見ていて胸が痛くなる。
「エドワード・・・」
ベッドの脇の椅子に静かに腰かけた殿下が声を掛けると、王子はうっすらと瞼を上げ、僅かに顔をこちらに向けた。
唇もほんの少し動いたが声までは出せないようだった。
だけど、殿下を見て微笑んだのは分かった。
苦しいだろうに、見舞ってくれた叔父に礼を伝えるように。
「殿下」
思わず、俺は声を掛けた。
いつまでもこんな場面は見ていたくない。
殿下が王子の細い手を包み励ますように撫でる光景は映画のように美しいけれど、そこには濃い死の気配が漂っていて、そのまま王子が儚くなってしまうような不安を覚えた。
「ハルカ。ああ、そうだな・・・」
「殿下、その方は?」
俺の声に殿下が振り向くと、俺が何か言う前に入った瞬間から俺を見ていた侍従さんが殿下に尋ねた。
ずっと訊きたかったんだろうな。
そりゃ大事な主の部屋に、王弟殿下と一緒とはいえ見知らぬ人間が入ってきたんだから、気持ちは分からなくもない。
「・・・侍従長以外はこの部屋から出ろ。少し込み入った話があるからな」
「な、・・・畏まりました。皆、出なさい」
有無を言わせず殿下が指示すると、侍従長さんは一瞬だけ驚いた顔をしたが直後には表情を引き締め中にいた数人のメイドさんを外に出した。
さすがお城に努めるメイドさんというか、表情を変えず静々と部屋から出て行く。一様に目を伏せ視線が合う事も無い。
「・・・さて。彼の事だが」
少しの音も立てずに扉が閉まった。
元々静かだったが人の気配が薄くなった部屋に殿下の抑えた声だけが聞こえる。
少し、緊張した。
「彼は、私たちの希望となる存在だ」
「・・・」
殿下の言葉に、侍従長さんが俺を訝しげに見た。
殿下が俺に誑かされておかしくなったかのように感じたのだろうか。
まあ、ちゃんとした神官に治癒を受けている王子のところに、いきなり部外者を連れてきて「希望」なんて言われたらどこの詐欺師に騙されたのかと思うかも知れない。
場所は陰謀渦巻く王城な訳だし。いや、ここの王家の内情は良く知らないけれども、物語では王家と言えば中々にドロドロした陰謀が渦巻いてるじゃん?
「おそれながら、殿下。希望とはどういった・・・」
「彼は治癒魔法を使う」
「・・・神官なのですか?」
「神官の治癒など比較にならない。人払いをしたのは彼の力を外に漏らさせない為だ」
「・・・殿下の言われる事とはいえ、俄かには信じられません」
「信じられなくとも、今は黙って見ていてくれ。ああ、毒見には協力してもらうか」
「毒見!?」
「ああ、これだ」
この状況で毒見だなどという物騒な言葉に少し驚いたのか、侍従さんの声が先程より大きくなった。
自分でも気付いたのか「失礼いたしました」と小さく頭を下げている。
しかし殿下はそんな事は気にもせず、側近さんが差し出した俺の涙入りの水のグラスを侍従長さんに見せた。
「これをエドワードに飲ませる事により、彼の治癒魔法がより効力を増す。見た目はただの水だが」
「王子殿下によく分からないものを飲ませる訳には・・・」
「分かっている。しかし私だとてエドワードを助けるために彼に来てもらったのだ。信じてもらわねば。
お前が飲まぬというなら私が飲もう」
「なっ!殿下にそのような事をさせる訳には参りません!わたくしが致します!」
殿下の「私が」発言に侍従長さんが叫ぶように言うけれど。
そこは俺が飲むのが一番いいんだと思う。
側近さんの傷の治癒を見ている殿下は完全に俺の力を信用してくれてるけど、侍従長さんは初めましてだし、俺はどう見ても平民の子供でしかない。
ベッドの上でじっと俺を見ている王子殿下も、その方が安心だと思うしな。
午後のお茶の時間の少し前、殿下と一緒に王子の部屋に赴いた。
壮年の王子の侍従が開けた扉を殿下と共に潜ると、そこは薄暗く空気が重い。少しだけ息苦しいような、喉が詰まるような感じもした。
まだ明るい時間だというのに厚いカーテンがぴっちりと閉められ、明かりと言えばベッドからだいぶ離れた入り口に足元を照らすように置かれた小さなものが一つ。
広い部屋から聞こえるのは、浅く速い呼吸音だけだ。
ああ、苦しそうだ・・・。
大きく呼吸が出来ない程弱っているのだろう。
明かりが遠いのは少しでも彼を刺激するものを少なくする為だろうか。
目を閉じたままそこに横たわっているのは小さい男の子だ。
見た感じ、小学校高学年というところか。
掛け布から出ている白い腕が細くて痛々しかった。
午前中に神官の治癒を受けたって言ってなかったか?
それでもこんな状態なの?
もし何もしなければこの子は・・・そう考えると眉間に力が入った。
俺で出来るなら治してやりたい。
子供が苦しむ姿は、たとえそれが自分の子じゃなくても見ていて胸が痛くなる。
「エドワード・・・」
ベッドの脇の椅子に静かに腰かけた殿下が声を掛けると、王子はうっすらと瞼を上げ、僅かに顔をこちらに向けた。
唇もほんの少し動いたが声までは出せないようだった。
だけど、殿下を見て微笑んだのは分かった。
苦しいだろうに、見舞ってくれた叔父に礼を伝えるように。
「殿下」
思わず、俺は声を掛けた。
いつまでもこんな場面は見ていたくない。
殿下が王子の細い手を包み励ますように撫でる光景は映画のように美しいけれど、そこには濃い死の気配が漂っていて、そのまま王子が儚くなってしまうような不安を覚えた。
「ハルカ。ああ、そうだな・・・」
「殿下、その方は?」
俺の声に殿下が振り向くと、俺が何か言う前に入った瞬間から俺を見ていた侍従さんが殿下に尋ねた。
ずっと訊きたかったんだろうな。
そりゃ大事な主の部屋に、王弟殿下と一緒とはいえ見知らぬ人間が入ってきたんだから、気持ちは分からなくもない。
「・・・侍従長以外はこの部屋から出ろ。少し込み入った話があるからな」
「な、・・・畏まりました。皆、出なさい」
有無を言わせず殿下が指示すると、侍従長さんは一瞬だけ驚いた顔をしたが直後には表情を引き締め中にいた数人のメイドさんを外に出した。
さすがお城に努めるメイドさんというか、表情を変えず静々と部屋から出て行く。一様に目を伏せ視線が合う事も無い。
「・・・さて。彼の事だが」
少しの音も立てずに扉が閉まった。
元々静かだったが人の気配が薄くなった部屋に殿下の抑えた声だけが聞こえる。
少し、緊張した。
「彼は、私たちの希望となる存在だ」
「・・・」
殿下の言葉に、侍従長さんが俺を訝しげに見た。
殿下が俺に誑かされておかしくなったかのように感じたのだろうか。
まあ、ちゃんとした神官に治癒を受けている王子のところに、いきなり部外者を連れてきて「希望」なんて言われたらどこの詐欺師に騙されたのかと思うかも知れない。
場所は陰謀渦巻く王城な訳だし。いや、ここの王家の内情は良く知らないけれども、物語では王家と言えば中々にドロドロした陰謀が渦巻いてるじゃん?
「おそれながら、殿下。希望とはどういった・・・」
「彼は治癒魔法を使う」
「・・・神官なのですか?」
「神官の治癒など比較にならない。人払いをしたのは彼の力を外に漏らさせない為だ」
「・・・殿下の言われる事とはいえ、俄かには信じられません」
「信じられなくとも、今は黙って見ていてくれ。ああ、毒見には協力してもらうか」
「毒見!?」
「ああ、これだ」
この状況で毒見だなどという物騒な言葉に少し驚いたのか、侍従さんの声が先程より大きくなった。
自分でも気付いたのか「失礼いたしました」と小さく頭を下げている。
しかし殿下はそんな事は気にもせず、側近さんが差し出した俺の涙入りの水のグラスを侍従長さんに見せた。
「これをエドワードに飲ませる事により、彼の治癒魔法がより効力を増す。見た目はただの水だが」
「王子殿下によく分からないものを飲ませる訳には・・・」
「分かっている。しかし私だとてエドワードを助けるために彼に来てもらったのだ。信じてもらわねば。
お前が飲まぬというなら私が飲もう」
「なっ!殿下にそのような事をさせる訳には参りません!わたくしが致します!」
殿下の「私が」発言に侍従長さんが叫ぶように言うけれど。
そこは俺が飲むのが一番いいんだと思う。
側近さんの傷の治癒を見ている殿下は完全に俺の力を信用してくれてるけど、侍従長さんは初めましてだし、俺はどう見ても平民の子供でしかない。
ベッドの上でじっと俺を見ている王子殿下も、その方が安心だと思うしな。
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