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7.今夜、話をしようか
しおりを挟む風が吹く。葉っぱがカサカサと乾いた音を立てて落ちる。冷えた空き缶を持つ手が冷たくて、もうそろそろホットを買わなきゃなんて、思う。
街を歩く人の足どりが速くなって、息がたまに白くなって、みんなの顔がどこか寂しそうで。
秋は嫌いじゃない。
馬鹿みたいな声量で、馬鹿みたいな話をしている奴がいなければの話だけど。
「うん、今日はそっちに行くよ。ごめん、ごめん。うん。撮影なんかすぐ終わらせるから。愛してるよ」
相手は女だろう。
蓮介はそれを隠すわけでもなく、スタッフの前で平気な顔をして電話をしていた。
外ロケ。下手をしたら街を歩く一般人にも聞かれかねない状況だが、気にしたそぶりは一切なかった。
電話を切った蓮介に案の定、女性スタッフが声をかける。
「彼女さんですかー?」
「うん、まあね」
白い歯を見せて堂々と答える蓮介に、スタッフはきゃ!っと声をあげて近くのスタッフと楽しげに情報を交換し始めた。
夏澄はその様子を少し離れた場所から、自前のディレクターズチェアに座り、みつめていた。
目が合う。
夏澄がにっこりと微笑むと、蓮介の表情が一瞬で強張る。柔らかかった目は切れて吊り上がった。
それでも、夏澄はにこりと微笑んだまま。
先に目を逸らしたのはやっぱり蓮介で。
もっていた缶コーヒーを一気に飲み干し、スタッフに空き缶を渡した男は、のそりと立ち上がった。
夏澄に近づく。
何?
と言う前に、左腕を強く掴まれ勢いよく引っ張られた。
持っていた缶が滑り落ち、地面に叩きつけられ、道路にオレンジのしみができた。
「っ...!ちょっと!何ですか!?」
声をあげてみるも、蓮介は無反応で。周りのスタッフの視線も気にせず、その長い脚はズンズンと進む。
夏澄は腕を振り払おうにも力が強すぎて、勝てなかった。
連れてこられたのは建物の陰の、喫煙所だった。止まった足に、夏澄は冷静さを取り戻していた。
「なんだ、タバコ吸いたかったの?言ってよ。あげちゃうのに」
ほら、とポケットからタバコの箱を取り出す。今朝ホテルの部屋に置かれていた蓮介のものだ。
蓮介はタバコをじっと見つめて、ふいと目を逸らした。
「同意はあったのか...?」
急な疑問符。
こんどはじっと夏澄が蓮介を見る番だった。
首を傾げてみせる。
言葉の意味も意図も本当はほとんどわかっていたけど。
夏澄の左腕を掴んだままの蓮介の手のひらはじっとりと濡れていた。
「...昨夜のことだよ」
蓮介の瞳は地面を映している。
夏澄はふっと息を吐いて笑った。
「同意があったって言ったら?」
目が合う。
「同意がなかったって言ったら?」
目が逸らされる。
「どっちも困る質問は、しない方がいいよ。全くもって意味がないでしょ」
にこり。
「...目的は何だよ」
地面に落ちる寸前の疑問を、夏澄が掬い上げる。
「知りたい?」
「週刊誌に売るのか?ネットに晒すのか?警察か?俺はなんにも覚えてねえし...無理矢理だったって言われたら...俺は...終わりだ」
掴まれた左腕がぎりりと痛む。
苦しそうに眉をひそめる整った顔に、心が躍る。
「じゃあ今日の夜、少し、話ししよっか」
男は顔を顰めたまま、小さく頷いた。
罠にかかった音がした。
「場所は...俺が用意する」
「りょーかい!」
元気に返事をして、続ける。
「じゃあ、電話番号はーゼロハチゼロ」
蓮介は慌てて手を離し、自分のスマホを取り出すと、夏澄の言った通りに番号を打ち込む。
その様がおかしくて、夏澄は自分の顔がさらに綻ぶのを感じた。
番号を全部言い終わると、箱を振って器用にタバコを1本だけ取り出す。
「いる?」
蓮介は小さく首を振って、背を向けた。
「後で連絡する」
去っていく大きな背中を眺めながら、ジッポを鳴らしてタバコに火をつけた。
紫煙が高い高い秋の空に登ってゆく。
「たのしみだなぁ」
夏澄は、煙を吐き出して微笑む。
デートをすっぽかされるどこかの女を思いながら。
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