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6.存在しない記憶

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 昨夜あんなに輝いていた光たちは、眩い朝日にすっかりかき消されていた。
 揺れる車内でマネージャーの多々良が持ってきた服に着替える。昨日と同じ格好で現場に行けば、揶揄う男と嫉妬する男とがいる。女は案外気にしてなくて、商品としてのカスミに淡々と触れ合ってくるだろう。
 夏澄は別に何も気にしてないが、マネージャーはいつも気にしている。

 脱いだサルエルパンツから落ちる銀の塊。

 こんなものあのホテルに置いてくればよかったんだ。

 今更なことを思って、夏澄は新しい短パンに足を通す。

 あいつはどんな気分で朝、目を覚ましたんだろうー

 余計な思考を振り払うように頭を振った。



 「遅刻してすいませんでした!!!」
 白衣に着替えた夏澄はスタジオに入るなり、勢いよく頭を下げた。監督に近づき、個別にも謝罪する。
 言い訳はしない。この世界での遅刻は時に命取りになる。理由はどうあれ真摯に謝るに尽きる。
 昨夜面倒ごとを夏澄に押し付けた張本人でもある監督は居心地が悪そうに怒るでも許すでもない曖昧な返事をし、最後に「ま、今日も撮影しっかりね」と夏澄の肩を叩いて話を終わらせた。
 全てを察している遠藤が眉を下げた顔で近づいてくる。
 「遠藤さん、すいません。本日もよろしくおねがいします」
 「あ、ああ...」
 遠藤は自分の頬を人差し指でポリポリとかいて、夏澄の耳元にささやく。
 「昨日は家に帰ったんだよな...?」
 コテンと首を傾ける夏澄。
 「どうでしょう」
 目を見開く遠藤。
 「...!おまえ、あいつに手を出すのは流石にやばいぞ...!」
 ふわりと笑って見せる。
 「手を出したのはぼく、じゃないかもしれませんよ」
 息を呑んだ遠藤から離れ、張本人のもとに近寄る。
 ディレクターズチェアに深々と座り、共演女優と楽しげに言葉を交わしてるやつ。

 「獅子堂さん、遅刻してしまい、申し訳ありませんでした」
 深く、深く、下げる頭。
 返ってこない言葉。流れる沈黙の中、顔を少しあげて蓮介の顔を見た。
 自身の分厚い唇を左手で隠し、目を逸らす蓮介。

 ああ、よかった。

 その様子にたしかに安堵してる自分がいるのを感じた。

 こいつは無かったことにはできないタチだ。

 覚えてはいない昨夜の記憶を必死で漁り、結局何も掴めないままタバコを一本燻らせ、逃げるようにホテルの部屋を去った蓮介の背中を想像し、夏澄は口元がにやけそうになる。
 今度は声を潜めて続ける。
 「昨夜のこと、ぼくは気にしてないですから...獅子堂さんも、忘れてください」
 眉を下げ、哀しげな表情をつくる。
 蓮介は一瞬、キッと夏澄を睨みつけ、そしてまた、目を逸らす。
 その目は、揺らぐ。
 覚えてない昨夜の記憶、
 存在しない昨夜の記憶をまた、探す旅に出ているようだ。

 可哀想に。

 「すいませんでした。本日も撮影よろしくお願いします!」
 最後にもう一度、頭を下げて夏澄は背を向けた。
 弱みを握られた獅子ライオンがこの後どう出てくるか。夏澄は楽しみで仕方がなかった。

 4歩歩いて、白衣の左ポケットに手を入れる。
 チャンッ。
 軽快に金属音が鳴る。
 ジッポの蓋が開く音。
 きっと獅子堂に届いている。

 小さく息を呑む気配を背後に感じる。

 ああ、見たい。

 無防備に目を見開く獅子ライオンの顔を。
 自分の手のひらで転がされているその顔を。

 ああ、見たい。

 夏澄は心底楽しそうに笑った。
 その笑顔はスタジオにいる誰にも見えていない。背中だけでは表情は推測できなかった。

 もう少し、我慢しよう。
 ぼくは、好物を最後に取っておくたちだから。
 
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