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第三章 美央高1・紗栄子高2

28 冬季スポーツ大会③

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 ―――ピーッ!

 多少のメンバー交代があり、後半が始まった。
 疲労が蓄積されているはずなのに、迫力は変わらない。

「悠季!」
「パス!」
「逆だ!」
「雅哉!」
「リバンッ!!」

 選手たちの余裕のない声と、止むことのない黄色い声援。
 残り30秒と迫って、同点。ボールは1年チームの手中。パスまわしをいっそう速くしていく。ゴール下、大洋から悠季へのワンバウンドパス、危ういところをどうにかこらえて、シュートへ。
 雅哉がその動きを完全に捉えた。その時だった。
「かわせ悠季―ッ!」
 美央の大きな声が響く。紗栄子は思わず口元を抑えてしまった。
蓮は蓮で、口元を緩めた悠季の表情に苦笑する思いだ。似たような立場同士だから。
 その時拓海は、悠季に飛んだ美央の声に妬いている場合ではなかった。完全にディフェンスできたと思っている雅哉に対し、悠季がにやっとわらって腰を落とすのを見ていたからだ。
「フェイント!」
 しかしその注意は間に合わなかった。横に流れていく雅哉の体を乗り越え、悠季の手がシュートを放つ。

 ザシュッ…。

 ピーッ

 キャアアアアアアアアー…

「悠季、あと10秒!」
 大洋の声が飛ぶ。
 2年9組チームは、慌てずに対応した。フェイントを仕掛けられた雅哉でさえも。あっという間にボールが渡っていく。
 雅哉から大志へ、そして、拓海へ。3ポイントエリアギリギリだ。あわてて戻った大洋が、拓海を阻むも、タイミングをずらされる。悠季が到着するその前に、拓海は優雅にボールを放った。

 ザシュ…ッ

 残り2秒。主審の指が3本立てられる。3ポイント。

 ピ、ピ、ピーッ

 試合終了のホイッスルが鳴り響く。2年9組、1点差で勝利。体育館がひっくり返りそうなほどの、歓声。

 挨拶を終えると、拓海達はひっくりかえった。悠季がぜえぜえ言いながら歩み寄る。
「…お疲れ様でした。」
「お疲れ様だよ、ホントにもう。死ぬかと持った。」
 大洋も同じように大志に声をかける。こちらも息を切らして汗だくだ。
「キャプテン、お疲れ様でした。」
「おお、まじでやべえよ。」
「しかしおまえ、あんな場面でフェイントこいてよー。性格悪いよ。」
 雅哉が、バシッと悠季の背中をたたく。
「そうでもしないと勝てないっすもん。」
「どんだけ本気だよ、たかが冬スポに。…こっちもおんなじか。」
 ははは、と笑い合って、ようやく起き上がる。と、汗だくながら、涼しい眼をして、悠季が拓海の顔を見る。
「本気も本気ですよ。これくらいは、勝ちたかったんですから。」
 雅哉や大志、大洋がぎょっとして目を見開いた。拓海も一瞬虚を突かれたといった表情を見せたが、にやりと笑って深く息を吐いた。
「…そうはいかねえよ。簡単に譲れるか。」
「そうですよね。…決勝、頑張ってください。」
 


「…悠季ってばそんなこと言ったの?」
 大志からの報告を受け、紗栄子は目を剥いている。
「ホントホント。今の再現はかなりリアル。」
 大志は自分が見聞きしたことを、大げさに再現するのが好きである。
 それでもさすがに、一応拓海に気を遣ってか、大志と紗栄子は拓海から距離を取っている。
 一緒に話していた蓮に、紗栄子が一瞬視線を投げる。蓮も‘驚いたな’というように眉を上げた。
「ま、とにかくおめでとう。決勝も頑張ってね。」
「…うん。」
「ん?疲れちゃった?」
 大志は紗栄子の頭を撫でた。
「疲れたけどな。平気だよ。」



 冬季スポーツ大会、男子バスケットボール、決勝戦。
 黄色い声援が響き渡る中、紗栄子は座ったまま試合を眺めていた。2年9組側のゴールがバンバン決まる。準決勝より楽なのは明らかだ。紗栄子は隣にいる蓮を振り返った。
「さっきの試合の方が、ハラハラして見応えがあったね。なんて、贅沢だけど。」
「だな。つうか、お前もうちょっと盛り上がれよ。彼氏の出てる試合だろ。」
「それを言うなら蓮こそ。自分のクラスのくせに。」
「そういえばそうだな。」
 蓮からコート内に視線を戻すと、ちょうど大志がシュートを決めたところだった。紗栄子に向かって拳を突き上げてみせるので、慌てて手を振ってみせる。
 ‘工藤くーん’という声があちこちから上がっている。
「大志~!!かっこい~い!!」
 ふざけた調子の蓮の声が響く。大志の口が‘バーカ’と動く。
「何やってんのよ、蓮…。」
「だってお前が言わねえからさ。部活の時にはすげえいい声出すくせに。」
「そりゃあ、部活だもん。」
 ‘部活’と聞いて途端に熱が入る紗栄子の様子を見て、蓮は苦笑するしかない。
「わかってねえよなあ、お前。」
「なにが?」
「‘工藤くーん’って叫んでる女の子達はさ、お前の立場がメチャメチャ羨ましいっていうのにさ。‘大志~’って呼べる   立場になりたくて仕方ないのにさ。」
 蓮がそんな風に言っているそばから、‘工藤せんぱーい’などという声が上がっている。
「そうなんだよね。大志にもいつも言われる。紗栄子は素っ気ない、って。」
「‘今までの女に比べて’?」
「そこまでは言われないけど。」
 私はそういうのが不器用でごめんね。もし、そんな私が嫌なら無理に付きあわなくてもいいから―――と言いかけてひどく怒られた。そういうことをアッサリ言うなと。
 紗栄子には自覚がないのだが、大志は紗栄子に振り回されている。
「紗栄子!!」
「紗栄子!!」
 急に、あちらとこちらから鋭い声が飛んだ。ボールがすごい勢いで飛んできたところだった。幸い蓮がかばってくれ、当たらずに済んだ。
 相手チームが場外に出してしまったボールらしく、大志がスローインのためにやってくる。
「当たらなかったか?」
 大志が紗栄子の頭に触れる。遠くの方で小さな悲鳴があがった。
「大丈夫。蓮が避けてくれたから。」
「じゃあ、いいけど。つうか、もうちょっと応援してくれよ。蓮とばっか喋ってないで。」
「そうだね。ごめん。」
 審判係のバスケ部員が、はやくプレーに戻るよう、警告の意味で笛を吹く。
 舌打ちをこらえて指示に従う大志を見送り、蓮はフンと鼻で笑った。
「ほら見ろ。大志の奴、俺なんかにヤキモチ焼いてるぞ。」
「まさか。大志ー!頑張ってー!」
 とってつけたような言葉だが、それでも大志は嬉しそうに手をあげている。
「優勝したら、紗栄子からは何かご褒美やるんだろ?」
「えー?」
「‘かっこいい、素敵、大志大好き’って言ってやればいいだろ。」
「やだ、恥ずかしい。」
「純情だなあ。」
 結局蓮と2人でおしゃべりをしているうちに時間は過ぎ、9組が圧勝した。
「紗栄子!!」
「うわぁ。」
 駆け寄ってきた大志の勢いに負け、紗栄子は倒れこんだ。
「優勝したぞ!」
「お、おめでとう。頑張ったね。」
 大志を労う紗栄子の顔を見て、蓮が笑う。
「‘汗くさいよ~’って顔すんなよ、紗栄子。」
「してないよ!」
「水差すなよ、蓮~…。」



 その晩、ひとみから美央にメッセージが届いた。
<津久井君に、告られちゃった。ちょ~~~~~幸せ♪>
 ふっと笑って、返信を打つ。
「よ、か、っ、た、ね、…と。。」
 本当によかった、と思う。ふたりなら、お似合いだ。そういえば悠季は知っているのだろうか。



 机の上で、悠季のケータイがメッセージの着信を告げた。ベッドの上に寝転がって雑誌を読んでいた悠季は、おっくうそうに起き上がり、のろのろとケータイを手にする。チェックしてビックリした。美央からのメッセージだったから。誰も見ていないのに、口元がほころぶのを、こらえる。
<今日は本当にお疲れ様!かっこよかったよ!ところで、ひとみと津久井君、うまくいったみたいだね。よかったね。>
<聞いたよ。よかったよな。まだはっきりしないようなら、カラオケにでも誘って告るチャンスつくってやろうかと思ってたけど。>
<そういえば悠季、歌うまいもんね。今度、また行こうね。>
 今度、行こうね。
 社交辞令に過ぎない言葉が、文字が、悠季の心を嬉しくさせる。
 ―――そうだな、一緒に行こう。いつにする?次の日曜はどうかな。
 頭の中で美央への文章を練って、そこで、自嘲気味に笑う。
 橘美央は藤堂拓海先輩の恋人で、しかも学校でも有名な公認カップルで、ラブラブなんだから。
 わかりきったことをあえて自分に言い聞かせる。
「報われないよな…。」
 <そうだな。>
 素っ気無く返信をし、悠季は雑誌に意識を戻す。すると、もう一度、ケータイが音を立てた。
<あ!行く気ないでしょ。ホントに行こうね!おやすみ~~~>
「もう…勘弁してくれよ…。」
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