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第三章 美央高1・紗栄子高2

14 過去の女

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 県大会が始まった。前回の地区大会とは違い、日程に少しだけ余裕がある。と、まあ時間的余裕はあるものの、これからは‘勝ち抜く’ことを要求される大会である。どの競技も決勝レースで6位以内に入ることが、地方大会への出場条件だ。3年生にしてみれば最後の大会になるかもしれない。
もちろんそんなことは気にならない選手だっている。拓海などはこの大会でも、予選最終組・センターコース=エントリータイムが一番速い立場、だ。城北高校は男子のリレー種目も強いので、予選最終組が当たり前だ。
「拓海ー、ひさしぶり。」
「藤堂くぅーん、ひさしぶりぃー。」
 地区大会同様、たくさんのお友達とたくさんの黄色い声が飛ぶ。そんな中、‘KOGYO’とプリントされたジャージの男子が城北高校の休憩コーナーに近づいてきた。
「へーえ、今年のマネージャーも可愛いじゃん。顔で選んでんの?」
「ああ。うち、そういう部則あっから。」
「羨ましいよなあ。また内輪で手ぇ出すなよ。」
「悪いけどうちには恋愛に関する部則はねえんだよな。」
 といいつつ、美央の体を引き寄せる。
(ちょっと、こんなところで!)
「マジでー?いいよなあ、拓海は。なあ、マネージャーちゃん。だまされんなよ。こんな尻の軽いイケメンより、優しい俺のほうがいいよ?」
 まったく、拓海の友達もお軽い。



 そんなこんなで最終日。今日は100m背泳ぎがある。予選レース直前、美央はいつものように拓海のマッサージをしていた。ぶつぶつと、拓海がストローク数を数えている。となりでは悠季が音楽を聞きながら、ストレッチをしている。
 悠季は拓海以上のスピードで成長を続けている。美央は自分がその役に立てていると思うと、本当に嬉しかった。
 さて、最後に足をもう少し、と思ったときだった。
「拓海?」
 すごくしっとりとした声が聞こえてきた。途端に、拓海の体に変な力が入る。
「拓海でしょ?」
 拓海はゆっくりと体を反転させ、声をかけてきた人物を見上げた。
「やっぱり。久しぶりね。」
「…お久しぶりです。」
 声をかけてきたのは大人っぽい女性だった。きれいなロングヘア。薄くお化粧をした、すごい美人。知らないはずの美央にも、誰だかすぐにわかった。
 
 ―――この人が、礼子先輩だ。

 礼子は拓海の隣にいる美央に視線を動かすと、にっこりと笑った。
「こんにちは。はじめましてだわ。1年生ね?」
「はい。」
「どうも。喜多城礼子です。水泳部の元マネージャーよ。」
「こんにちは。マネージャーの橘美央です。あの、すごい先輩だって、お聞きしてます。」
「やあだ、なにそれ。」
 ころころと転がるような綺麗な声。そして、礼子の後ろから、男が現れた。
「久しぶりだなあ、拓海。調子はどうだ?」
「こんにちは。…ぼちぼちですよ。」
 こっちは石田といって、去年の部長だ。二人とも、東京の清徳大学に通っていて、今日は一緒に遊びに来たらしい。
「まあ、美央は経験者じゃないの?それでちゃんと続けてるなんて、頑張ってるのねえ。紗栄子なんて毎日泣いてたけど、あなたは大丈夫?」
「はい、私もちょっと前までは泣いてましたけど、春菜先輩や、紗栄子先輩からたくさん教わって、少しはマシになったので続けてます。」
「へーえ。紗栄子も先輩かあ。一人前になったのねえ。」
「つうか、紗栄子を毎日泣かせてたのはおまえだろうが。」
「やだ、人聞きの悪い。泣かそうと思って泣かせてたんじゃないわよ。ねえ拓海、これからレースなの?」
「そうですよ。」
「何?」
「100です。」
 拓海は平坦な声で答えている。美央は、その感情の抑え方が、すごく不自然な気がした。
「あと何分くらい?」
「5分くらいで召集始めるんじゃないすかね。」
「そう…。」
 礼子はすっと立ち上がり、どこで城北学校が応援しているのか確認した後、振り向いた。
「後半の持久力は改善したの?」
「そうすね。レース見てください。」
 大変優雅に礼子は休憩所を後にした。拓海は見事に不機嫌な顔をして、ため息をつく。と、あたりが小さなさざ波を立てるようにひそひそと内緒話をしている。
 きっと狭い世界だから、礼子と拓海が付き合っていたことなんて、有名な話なんだ。悠季まで拓海の表情を窺っている。こそこそしている様子がとても煩わしい。
「先輩、悠季、そろそろいきますか?」
「あっ、うん。」
「…そうだな。」
 今日は暑い。それでも拓海はTシャツだけは羽織り、ゴーグル・キャップなどを確かめ、召集所に向かう。
 二人を送りだして、みんなが応援している所へ行こうとした、そのとき。階段の上り口に、礼子がいた。美央の姿を目に留めると、にっこりと微笑む。
「あ、あの、石田先輩は…。」
「ああ、先に応援席に行ったわ。二人で話がしたくてね、待ってたのよ。」
 どき、と心臓が鳴る。なにか、マネージャーとして注意でもあるんだろうかと思った、そのとき。
「拓海と付き合ってるんですってね。」
 唐突にこんなことを言うので、びっくりした。いったい、誰からそんなことを聞くんだろうか。
「…はあ。」
「いつからなの?」
「はあ、あの、地区大会からです。」
「ふうん…。」
 パァン!とピストルの音がする。まだ、二人のレースまで時間はあるはずだ。
「彼と、……した?」
 一瞬、何を言ってるのか理解できず、固まってしまった美央は、何度か頭の中で礼子の言葉を繰り返し、ようやく意味を理解し、その途端顔が真っ赤になってしまった。
「とっ、とっ、とんでもありません!!!」
 慌てふためく美央の顔を見て、礼子はさもおかしそうに笑った。こんな話題なのに、なんて優雅に笑うのだろうか。
「やぁだ、そんなに真っ赤になっちゃって。あなた、まだなの?」
「そ、そ、そうですよ!」
「そぉ。まあ、でも安心して。彼はすごく上手よ。なんてったって、私がちゃあんとお世話してあげたから。」
 ヒールの高いサンダルが、階段をゆっくりとのぼりながら、こつこつと音を立てる。
「拓海ねえ、私が初めてだったのよ。」
 礼子が応援席の方に行くのを見送り、美央も後から向かう。
 ―――きれいな人だしマネージャーとしてはすごい人らしいけど、わざわざ変なこという人だなあ。
「美央?」
 応援席に行くと、紗栄子が心配そうに美央を見ている。
「あ、すみません。大丈夫です。」
 ———礼子先輩に何か言われたかな。
 思いつつ、美央が自分から言わないので紗栄子は深追いしなかった。
 100m背泳ぎ、拓海はベストこそ出なかったけれど、順当に優勝した。
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