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第二章 紗栄子・高1 

35 女子たち

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「もうやだ、こんな関係。」
 セックスが済んだ後。
 蓮は、彼女である聡美に制服のシャツを投げつけられた。シャツを投げつけられたところで、物理的なダメージなどたかが知れている。
 蓮は痛みや怒りを感じるでもなく、静かに長い息を吐いた。
「こんな関係って?」
「週末、ご飯食べて、エッチして、解散、みたいな。」
 下着姿の蓮は、すぐに返事をすることもなく、投げつけられたシャツを着始めた。内心、肉体的にはもう1回したいところだったが、どうもそういう流れではない。気分的にも萎え始めた。
「お前、エッチしたくないの?」
 ゆっくりと。蓮の指がボタンをはめている。すると、聡美が今度はクッションを投げてきた。蓮は“仕方なく”ボタンをはめる手をとめる。
「こんなに大事な話してるのに、目も合わせないで服着てんじゃないわよ!」
 ———めんどくさいな。
 思いつつ、我ながらサイテーだなとも蓮は思った。
「私に全然興味ないでしょ。」
 仕方なく、蓮は聡美の顔を見つめた。
「…そんなことないよ。」
 全然、ということはない。好きなアーティスト、好きな俳優、好きな食べ物、そういったことは把握済みだ。
 でも、多分、聡美の言ってることはそういうことじゃない。
「まるでセフレみたい。むなしい。もうやだ。」
 蓮はボタンを最後まではめ、制服のスラックスを履き、ネクタイを装着して紺のブレザーを着た。
「じゃあ、俺たち終わりにするか。」
 予想はしていたが欲しくなかった言葉が蓮の口から飛び出して、とうとう聡美は泣き出した。蓮が自分をちゃんと好きなら。うろたえて慰めるものだろうに。
「今までありがとな。」
 蓮は憎らしいほど落ち着き払った声でそう言うと、聡美の部屋を出た。



「…?」
 部活終わり。今日は紗栄子と一緒に帰ろうと約束した日。
 簡易温水プールの出入り口の近くで、制服姿の女子が3人ほどかたまって話をしているのを大志は見つけた。
「ホント、青山くんサイテー。」
「聡美の心をもてあそんで、ひどいよね。」
 2人の女子に慰められているのは、そういえば青山の彼女だ、と大志は思い当たった。
 ———元カノになっちゃってるかもしんねえな。
 こういうことには大志も身に覚えがある。紗栄子と付き合う前に決まっているが。
「失礼しまーす。」
「お疲れ様。」
「お疲れ~。」
「青山。」
 大志が蓮を呼びつける。紗栄子の前でずけずけと話す話ではないと判断した。
「お前の彼女…なんだっけ。飯塚?だっけ?」
「あー…うん。」
「友達引き連れてそこにいるけど。」
 蓮がうんざりという顔をした。
「なんで女ってのはベラベラ喋るかな。その上当事者じゃない“オトモダチ”が出しゃばってきやがって。」
「ホントだな。まあ、頑張れよ。」
 ぼそぼそ話す男たちに首を傾げながら、紗栄子は出入り口に向かった。
「じゃあ、蓮、施錠と消灯お願いします。」
 男たちの返事を待たずに紗栄子が外に出ると、女3人の鋭い視線にさらされた。
「青山くん、まだ?」
 これはなんだか色々大変そうだなということは、紗栄子にもすぐに分かった。勉強も部活も真摯に取り組む蓮だが、女の子との“交友関係”にはそうでもないことは聞こえてきている。
「そろそろ出てくると思うよ。」
 立ち去ろうとする紗栄子の手首を、聡美がつかむ。
「いたっ。」
 簡易プールの電気が消され、大志に続いて蓮が出てきた。困惑している紗栄子の様子を見咎めたのは大志だ。
「紗栄子、どうした?」
 大志の問いに紗栄子が答える前に、聡美が口を開く。
「蓮と工藤くん、2人にチヤホヤされて楽しい?」
 聡美の赤い瞳が紗栄子を睨む。
「チヤホヤって…。」
「おい。」
 蓮の手が聡美の手を紗栄子からはがした。少し乱暴に。
「いたぁい…!」
 聡美の声があんまりわざとらしいので、蓮はイライラする。
「紗栄子は関係ないだろ。」
 聡美の手から紗栄子が逃れたので、大志がすかさず紗栄子を自分の後ろにする。
「“紗栄子チャン”のためなら怒るんだね。別れ話の時はすごく冷静だったくせに。」
「紗栄子だから怒ってんじゃねえよ。無関係な人を巻き込むな。あと、無関係な奴らをプールに連れてくんな。」
「無関係じゃないわよ。私たち、聡美の友達だもん。」
「そうよ。聡美を傷つけて、許せない!」
 友達思いなのはいいことだが、彼女たちに蓮を責める権利などない。恋愛関係のことで、他人があれこれ言う余地などないのに。
 聡美が、大志の後ろにいる紗栄子をギッとにらんだ。そしてその視線を蓮にずらす。
「寝言で“紗栄子”って言ってたくせに…。」
 それは蓮自身も初耳で、思わず肌が粟立った。胸のあたりが奇妙にヒヤリとする。大志まで、胸がざわざわする。
「寝言くらい何だよ。バカバカしい。」
 蓮は、懸命に、平静を装った声を出した。“装った”ことに紗栄子が気づきませんようにと願いながら。
「見ればわかるだろ。紗栄子は工藤とラブラブだし。俺にとっちゃ紗栄子は同じ水泳部のマネージャーなんだよ。」
 大事なマネージャーだが、さすがにそのままいうのは避けた。一方で、“ただのマネージャー”とまで言うこともできなかった。
 大志が、紗栄子の手のひらに自分の手を滑り込ませ、恋人つなぎをしてみせる。
「そういう話は当人同士だけでやれよ。紗栄子を巻き込むな。」
 聡美はぽろぽろと泣いている。自分に落ち度があるとはいえ、正論はきつい。
 くるりと背中を向けると、謝るでもなく聡美は歩き出した。“主役”がそんな様子では仕方がないので、“オトモダチ”もあとに続く。
 すると、聡美が冷たくつぶやいた。
「川原さんと工藤くんがどんなにラブラブでも、それと蓮の気持ちが反比例の関係とは限らないんだからね。」
 聡美の言葉は妙に理屈っぽく、核心をついていた。
 女子3人が姿を消し、なんとも気まずい空気があたりを包む。
「ごめん。俺のせいで二人とも巻き込んで。」
「ほんとだよ。うまく別れろよ。」
 大志の声音は言葉そのものよりは軽い。
「紗栄子は?つかまれたところ、大丈夫か?」
 蓮が手を伸ばすが、紗栄子は手首を反対の手で包むようにした。
 なんとなく、今の蓮には触られたくない気がした。チームメートとしての彼とは違う、冷徹な男性としての一面を感じさせられたからだろうか。
「大丈夫。なんともないよ。…着替えてくる。」
 紗栄子が女子更衣室に姿を消すと、蓮も着替えることにした。
「俺も着替えて帰るわ。ホント、悪かったな。」
「お疲れ。」
 だるそうに歩いていく蓮の背中を見送りながら、大志の頭の中では同じ言葉が繰り返された。
『川原さんと工藤くんがどんなにラブラブでも、それと蓮の気持ちが反比例の関係とは限らないんだからね。』
 これは蓮に対して渾身の一撃であり、大志に対してもそうなってしまった。
 紗栄子はこの言葉をどんな風に受け止めただろう?
「蓮、帰った?」
 ずいぶん手早く着替えたようで、紗栄子はあっという間に更衣室から出てきた。
「ああ、うん。なんかぐったりしてたな。」
 大志は笑いながら言ったが、紗栄子の表情は渋い。
「金魚のフンしてついてくるお友達は確かにどうかと思うけど、蓮もあんまり乙女心を傷つけないでほしいわね。マネージャーとしては。」
「マネージャーとしては?」
「こうやって返り討ちにあって、練習にひびいたら困るから。」
 紗栄子の言葉があまりにも紗栄子らしくて、大志は笑い出した。
「なんで笑うの…。」
「紗栄子らしくて。飯塚への同情、一ミリもなし。」
「一ミリもないわけじゃないけど…。私はやっぱり水泳部のマネージャーだから。」
 紗栄子の様子にほんの少しだけ安心して、大志は紗栄子の手を取った。
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