アマノジャク

藍川涼子

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第一部

07 お芝居 (飛鳥視点)

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 エミちゃんの送別会があったあとの休み明け。
「飛鳥さん、あの後大丈夫でした?」
 無邪気に笑いかけてくる同じ秘書課の理恵子ちゃん。
 大丈夫ではなかったけど、いいこともありました。とは言えません。
「うん、栄子と塔宮課長には迷惑かけちゃった。エミちゃんも心配してくれてありがとう。」
「あー、塔宮課長、ひょいっとお姫様抱っこしちゃって、かっこ良かったです。」
 理恵子ちゃんはうっとりしたように上を見上げる。
「ねー、頼もしかったねえ、塔宮課長。飛鳥は覚えていないだろうけど。」
 意味ありげに笑う栄子の顔ったら…!
「あのあと顔合わせる機会なかったでしょ?次に顔合わせたらよーくお礼を言うのよ?」
 なにそのウインク。
 でもそうだ。そうなんだった。あの後何かがあったなんてみんな知らないんだから。
 今まで通り、私は“塔宮課長を煙たがる飛鳥さん”でいないといけないんだった。



「高橋さん、ここよろしいですか。」
 社員食堂で、塔宮課長はいつものように爽やかな笑顔で現れた。ちょっとテンション高く。このテンションも仕事のために作っているものだと思うと、頭が下がる。
 塔宮課長、今日もスーツが似合って爽やかで素敵。すごくドキドキする。でも、ダメダメ。“佐藤飛鳥”は“チャラい塔宮課長”に見惚れたりしちゃダメ。
「飛鳥さん、お隣いいですか。」
「どうぞ。」
 いつものように、上杉さんを迎え入れる。絶対に上杉さんに気づかれちゃだめだ。
「飛鳥さん、今日お昼何ですか?」
 サクッと問いかけてくる塔宮課長。
 A定食にしました。和風ハンバーグが美味しそうだったので。
 笑って答えそうになるけど、ダメダメ。
「はあ…。A定食、です。」
「おそろいっすね。おろしでさっぱり食べたい気分じゃないっすか?」
 はい!
 って、元気よく答えたりしちゃ、絶対ダメ。
「はあ…。」
 事情が分かっていてうっすらにやつく栄子と、何も知らずに苦笑いの上杉さん。
 これはなんとも大変なお芝居が始まってしまいました。



≪俺は今まで通りで平気だけど、飛鳥さんは大変だね。≫
 同情するような、ちょっとからかうような塔宮課長の声音は電話越しでもわかる。
 お互い仕事で遅くなって、会うのは躊躇われるけど声を聞きたい夜。
「栄子がにやにやしてるのは腹が立つけど、事情を知ってる分ちょっと楽かもしれないです。」
≪上杉にも言っちゃおうか?≫
「やめてください!恥ずかしいです。」
≪あいつは肝心なところでは口は堅いよ。俺に彼女ができたことを言いふらすことに、あいつにも営業部にもメリットはないしね。≫
 メリット。
 そうなんだよね。営業課としてはね。塔宮課長がフリーなことで得られるメリットはあってもね。
 お芝居、頑張らないとな。
≪で、デートどうしようか。≫
「デート…。」
 やだ。照れちゃう。
「映画とか…。ベタな感じでもいいですか?」
≪ベタいいね。何が観たい?≫
 気になる映画のタイトルを告げると、塔宮課長が小さく笑う声がした。
≪社会派。しぶいね。≫
「好みじゃないですか?」
≪俺も観たいと思ってた。気が合ってうれしい。≫
 ホントかな。合わせてくれてるんじゃないのかな。ホントかな。だったら嬉しいな。



「塔宮課長。」
 待ち合わせ場所に現れた私を見て、貴志さんはとても驚いた顔をした。
「飛鳥さん…これは…。」
 髪の毛は結ばずに、丁寧にブローしてみた。眼鏡は、コンタクトレンズに。そうしたら、きっと会社の人に気づかれにくい。
 貴志さんは、意図が分かったように小さく笑う。
「飛鳥さん、ちゃんと見えてます?」
「コンタクトレンズにしたから大丈夫です。」
「わざわざ買いに行ってくれたんですね。」
 右手が優しくほほを撫でる。
「そういう気遣いがうれしいです。でもちょっと口惜しいな。」
「えっ?」
 口惜しい?どうして?
 困惑している私の耳元で、貴志さんは囁く。
「飛鳥さんの素顔を見られるのは俺だけの特権かなって思ったから。」
 もう。
 照れちゃうじゃない。
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